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デブドラゴン 男 グラップ

デブ鮫    男 ルアム

子鯱     男 ダハ

鯱      女 オーパール

 


「武器を複製するために買ったあの機械、食糧にも使えるなんて、ビルミートは言ってなかったよな?」

「ああ。おかげでケータリングの必要はなくなったし、すぐに飯も食えて便利だと思ったんだが……まさか、あんなことになるとはな」

「しかし一体どういう仕組みなんだ? 質量保存の法則とかなんたらかんたら、とにかく物理的には不可解極まりない」

「馬鹿な俺達に、そんな難しいことなんか分からないだろ」

「そうだな……ただ、正常なのは俺達ぐらい。分かることは、解決策を握ってるに違いないあいつらから情報を聞き出せるも俺達だけ、ってことだな」

「そういえば、あの時ビルミートは、侵入者に対し微動だにしなかった。もしかしたらグルなのかも知れないな」

「もしくは、あいつらがひっそり仕組んだなのか……良し、息も整った頃だし、そろそろ潜入するか」

 ありえないほど、それこそマンガみたいに太った二人は、段差から重い腰を苦労して持ち上げた。

 ルアムのパーティーは大盛り上がりだった。同じ富豪仲間を呼び寄せ、グラップが勤めるレストランが出張してわいわいがやがや。そんな中ルアムは、病院食から解放され、思う存分食べていた。富豪仲間達も身を肥やした太っ腹な人達が多かったので、料理の材料が予想以上に減ってしまっていた。

「あー、まずいなぁ。こりゃ食材が不足するぞ」とシェフ。ずっと料理を作り続けているので、太った体からは汗もたっぷり。まあ、いつものことなのだが。

「ならルアムに聞いてきます。きっと何か食材があると思いますし」とグラップ。

「それは助かる。けどいいのか、そうは言ってもルアム様は顧客なんだぞ?」

「大丈夫です、親友ですから」

 そう答えてグラップは、もぐもぐと肉を頬張り、同じく富豪仲間——珍しく痩身のネズミである——と会話をするルアムに声を掛けた。

 一方その頃、このパーティーが開催されているルアムの家に、招待されていない二人が、少人数ながらビッグな侵入者として台所に向かっていた。

「おいピィル、早くしろ!」そう叫ぶのは、驚くほどぶくぶくに太ったドラゴン。ルアム以上の体付きだ。

「待ってくれよぉ、ぜえ、ぜえ」と答えたのは、ピィルという名のカワウソ。彼もまたルアム以上で、このドラゴン並みに脂肪たっぷりだ。しかも全身獣毛に覆われているので、その暑さたるや想像し難い。

「たく、だらしないぞ。早くしないと奴らに見つかっちまう!」

 そうドラゴンは言うが、対して彼も素早くない。ノソノソとその巨体を揺り動かしているだけで、正に五十歩百歩だ。

「ちょっ、待ってくれよブリッツ。少し休憩——」

「ふざけるな、こんなところで……」

 その時、通路の先の十字路から、声が聞こえて来た。誰かが来る。慌ててブリッツという名のドラゴンは動き、それに続いてピィルも、摺り足で壁に手を付きながら、最高速でどうにか台所に入った。

「にしても、まさか食糧が不足するとはな」

「ルアムとかが食べ過ぎなんだよ。こんなの、ビルミート達の所でケータリングして以来だよ」とグラップ。

「ハハハ! まああんだけ、体の大きい奴が集えばそうなっちゃうわな。けど良かった、幸い俺の家にはたっぷりと食材がある。ジャンジャン使ってくれ」

 そしてルアムが先頭で、台所へと入った。

 刹那、ふと両脇から、二人に何かが飛びかかってきた。相手の動きはのろかったが、体が大きいルアムは同様にして反応が遅く、何者かに捕まってしまった。幸いグラップの方は、ルアムほどでかいわけでもなく、一応常に立ち仕事を続けているので、どうにか身を(=かわ)すことが出来た。

「しっかりと押さえてろよ、ピィル!」ドラゴンのブリッツが叫んだ。

「け、けどよぉ……ブリッツ、俺もう脚が……」

 ピィルは、なんとかルアムの腕を取っているが、先ほど急いで台所に駆けた結果、既に足が棒になっていた。

「畜生! なんなんだよお前ら!?」ルアムは喚いた。

「とうとう見つけたぞ。お前、あの倉庫で俺達の取り引き、覗いてたな?」とブリッツ。

「な、なんの話だ?」ルアムは態とらしく惚けた。

「嘘を言ったって無駄だぞ。お前、俺達に何を仕掛けた?」

「仕掛けた?」

 これにはルアムも、本当に首を傾げた。何せ、仕掛けるような恐ろしい真似事など、するはずもないからだ。ましてやこんな裏社会の連中など。

「いい加減にしろ! 見ろ、俺達の姿を。俺達の仲間はみんな、まるで取り憑かれたように飯をバクバクと頬張り続け、ブクブクに太っちまった。身動きも取れない。これは一体どういうことなんだ?」

「はっ! んなのただの食い過ぎだろ! そんな自分勝手のことを言って、俺にどう答えろと?」

「ふざけるな! いいか、こっちにはこれがあるんだぞ」

 そう言ってブリッツは、なんと鋭利で鋭いナイフを取り出した。本当は拳銃を使うのが妥当だが、悲しいかな、胴体同様図太くなった指は、引き金にすら手が入らなくなっていたのだ。

 しかしナイフとは言え、凶器は凶器。さすがのルアムも、これには背筋を凍らせた。

「お、おい、落ち着けって! そ、その体、俺が金を出して、どうにかしてやるから——」

「さっさと教えろ! 薬か何かあるんだろ、それを使って元に戻すんだ!」

 と、ここで相方のピィルが、何やら体熱の汗以外に冷や汗を掻いて、ふらふらとし始めた。

「お、俺……もう、立てない——」

 そしてそのまま「ずぅーん!」と豪快な音を鳴らし、彼は床に尻餅をついてしまった。そしてハァハァと息づかいを荒くし、大量の汗を滴らせた。更にこの際、彼は握っていた手も力なく離し、ルアムは運良く解放された。

「……形勢逆転、だな。さあて、これでどうする? 一人は脱落、一対二だぞ」

 勝手に数に数えられ、グラップはぎくりとしたが、ルアムは気にせず、相手のブリッツに歩み寄った。幾らナイフを翳しても、体付きからそれを素早く振れないし、相手がのし掛かって、それこそ万事休すだ。

 ブリッツは溜まらず、一歩後ろに下がった。だが「ガタッ」という音が鳴り、彼はふっと後ろに倒れ始めた。なんとテーブルの脚に躓いてしまい、慌てて尻尾で体勢を立て直そうとしたが、支えるには体が重すぎた。

 そして彼は、ピィルの時よりも轟々と、それこそ地を揺らすほどの「ドスゥーン!」という物々しい音を立て、彼は仰向け——というより、脚ほどに太い尻尾に深く凭れる形で倒れてしまった。

「うぁ! く、くそ……畜生、起きろ、起きろこの体!」

 じたばたと手足を振るブリッツ。しかしその行為のせいで、たっぷりと蓄えたお腹の脂肪がぶるんぶるんと左右上下前後に大振りし、人のことは言えないながら、ルアムは思わず吹いてしまった。

 結局、ブリッツとピィルは、手足を縛られるわけでもなく、地べたに座るだけで拘束状態に陥ってしまった。

「さてと、これからどうするか」

「やるならやれ、ルアム! 太らしたいなら太らせればいい!」

 しかし、ブリッツの言葉とは裏腹に、ピィルは寧ろ乞うように言った。

「た、頼む、これ以上太らせないでくれ! そしたら俺達も、仲間と同じになっちまう!」

 それにルアムは、こう尋ねた。

「一つ聞くが、どうしてお前達を太らせる? それに本当に、仲間はみんな肥満で動けなくなったのか?」

「あ、あぁ……知らないのか?」とピィルが聞いた。

「飛んだお門違いさ! なんで俺達が態々そんなことを? 金があるのに、そんな冒険なんかしたくないだろ。しかもお前達みたいな危ない奴らにさ」

 この言葉に、ブリッツが目を円くして言った。

「なっ、まさか本当に、何も知らないのか?」

「正直勘違いされて、いい迷惑だ」

「そ、そんな……」

 落胆した表情で、ブリッツは肩を落とした。そしてこう呟いた。

「どうすればいいんだ。俺達はこのまま捕まって、サツのご用になるのか? しかもこんな醜い姿で」

「いや、待てよ。逆にこの体なら、牢屋に入れず、自宅監禁で済むんじゃないのか?」

「ピィル、そんな恥曝しなことが出来るか! これでも俺ら、アサイリーマきっての裏組織なんだぞ?」

 二人はどうしたものかと、深く溜め息をもらした。世に出れば、色んな意味で周りが囂(=ごうごう)とするだろう。それに彼らは、耐えきれるのだろうか。

 ふとここで、ルアムは何やら閃いた。太り過ぎで殆ど自動が出来ない彼らにとって、お互い利益を生むような名案だった。

「本来なら、ここで警察に引き渡すのが順当なんだろうが」

 意味深なルアムの言葉に、一縷(=いちる)ながら、ブリッツはピィルは希望を見いだした。

「まさか、逃がしてくれるのか?」とピィル。

「いや……お前らにこんな質問をするのは不可思議だが、食うことは好きなのか?」

「——! やっぱりお前、俺達を——」

「早まるなブリッツ。俺がさっき言ったことは本当だ。だが今、お前達がこのままの状態でいてくれるのなら、正直助かるんだ。そしてここを、お前達の保養地に出来るかも知れない」

「この年齢で、保養地か?」

「ああ。どうだ、乗るか?」

 その言葉に、ブリッツとピィルは顔を見合わせた。しかし今のこの状況、それに従うのが最善策だと、二人は一緒にルアムに頷いた。

「んん、美味い、美味い! 本当に俺達、ずっとここに居ていいのか?」とピィル。両手に大きな原始肉を持ち、それを交互に(=むし)った。

「だ、だが、決して俺は、お前達を許したわけじゃないぞ!」

 そう反論はするものの、ブリッツは確りと、用意された料理を次から次へと流し込んでいた。それにうんうんと頷いて様子を窺うルアム。その後ろから、ダハが近寄って来た。

「おっ、来たかダハ。ほうら、これが新しいお腹だぞお」

 するとダハは、嬉しそうにベッドに凭れる二人のお腹にダイブした。ダハも子供ながらかなり大柄なので、さすがの二人も一瞬「うぐっ!」となった。

「わーい! こっちはぷよぷよ、こっちはもふもふしてるぅ! でもまだ、パパより全然小さいよ」

「ハハハ! いつか立派に大きくなるから、それまで見守ってやりな」

「うん!」

 ダハが、オーパールの前夫の部屋を真似て増設したルアム宅の部屋で戯れている中、ルアムはその部屋を立ち去り、こう言葉を(=)いた。

「良かった、これで俺が太らなくて済むな。さすがにオーパールの夫の体重は、大変過ぎるもんな。けどあいつらなら、成し遂げられそうだ。少なからず二人合わせりゃ、それぐらいの肉量にはなるだろ」

 そして彼は、一瞬身震いした。その重量にまで達した時の様子を、つい想像してしまったのだ。しかしどうやれば、あんな体重にまでなれるのだろうか。今の二人のように、何か変なものにでも感染したのだろうか。

 いや、そんなことはどうでも良い。とにかくダハが喜んでさえくれれば、それで充分なのだ。

 どこか、見知らぬ辺境の地に佇む豪邸。その中の暗い一室にて、こんな会話がなされていた。

「長い戦略も、とうとうを幕を閉じたな」

「はい。あのオーパールには申し訳ないんじゃが、しかし罪は罪。そしてビルミートに偽の複製器を作らせ、それを売る方向に動かしながらアルカンと絡ませる。少々とちった部分もあったんじゃが、どうにか終わりにしたぞえ」

「そういえば、あの港から二人逃げた奴がいたらしいが、そいつらはどうなった?」

「それに関しては、問題はありませぬ。何せあの二人は、ちょいと不幸な境遇にあっただけじゃと、調査中に分かったのじゃ」

「つまり、態と逃がしたのか? 下手をしたら、善人の命を落とさせかねないんだぞ?」

「それは……失礼しました。じゃが今は、収まるところに収まっております」

「なら、結果は良しとしよう。今回は良く頑張ってくれた、少し休みを取り給え」

「感謝致します」

 老鼠は会釈し、踵を返して部屋を去った。

 ルアムは、目の前にある二つの大きな肉の山を眺めた。一つは、ふさふさの毛が生えた黄櫨色(=はじいろ)の山。もう一つは、間隔のあいた鱗が縁を覆う、ぷよぷよとした白山で、隣の山より一段とでかかった。

「わーい、楽しいなぁ!」とその二つの山を行ったり来たりするのは、以前よりも急速に成長(体重的な意味で)したダハ。学年に留まらず、学内一の巨体を誇っている。

「よしグラップ。追加の料理を作ってくれ」

 ルアムが囁くと、そばで様子を見ていたグラップが「りょうかーい」と答え、ドスドスと専用の厨房に戻った。

「いつもありがとね、あなた」

「気にするなってオーパール。おいお前ら、今日の特別料理はどうだ?」

「んぐ、んぐ……最高! もっと持って来てくれよ!」とピィル。お腹で隠れても、その表情は声色(=こわいろ)ですぐに分かった。

「ルアム、ふぅ、頼むからこの特別料理、週一にしてくれよ。くちゃくちゃ、月一じゃ体がもたねえよぉ!」

「全く。ブリッツ、お前はどれだけ贅沢すりゃ気が済むんだ。この一食で何十皿食ったと思う? いや、合計すれば何百皿か」

「頼むよ、はぁ、グラップのデザートは最高なんだ、もっと俺に食わせてくれ! ふぅ、ふぅ、頼むよぉ。それにあと五皿、いや、三皿だけでいいからさ、んぐ、お代わりをくれよお!」

 顔は見えないが、きっとこのドラゴンは、相当愛郷のある面持ちをしているに違いない。悪者と絡んでいた時とは違い、どうやら状況状況の色に染まるタイプなのだろう。

「分かった。お前の要望に応えて、この特別料理を週一にしてやろう。あとケーキのお代わりだが、特別に今回は十皿やるぞ」

「マジで!? うげっぷ、ルアムお前最高! はぁ、はぁ、やっぱグラップのケーキは、ふぅ、ふぅ、たまらねぇよ!」

 踊るように揺れる彼の白山なお腹。こりゃ一人で妻の先夫の体重を抜かすなと、ルアムは確信するに至った。

    完


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