「うん、確かにこの味、素朴さも兼ねてて懐かしいわ。こっちの方は、ほどよい甘さが結構好みかも」
「そうか? 私にはもっと甘さが欲しいところだが。それに流行もない」
「だな。しかし古くささもそうだが、世界を回った私には、少し物足りない感じがする」
デザートは、賛否両論だった。シェフから言われた一言も思い出した。
「決して万人を満足させることは出来ない。しかし万人を満足させることを目標にすることは可能だ。如何にして、その数を万人に近付けるかがコックの腕の見せ所となる」
つまり味の賛成もあれば否定もある。その中で否定をどうやって減らすかがコックの心構えなのだという。つまり今回の、賛否両論という五分五分な反応は、彼がコックであることは認められているが、まだ未熟であることを意味していた。
「まあ気にするな。俺は君の料理が、最高に美味いと思っている」と、あのでっぷりな鮫が気遣ってくれた。
「ありがとうございます。今後はもっともっと腕を磨き、満足出来ますよう尽くします」とグラップ。
「そうだな。それで、次回のパーティーでもデザートを作って貰えないか? もう少し君の味を確かめたいんだ。それ次第では、次々回のパーティーで、君が働くレストランに料理全般を任せようとも思うんだが」
「ほ、本当ですか!? でも、それはかなり僕に責任がありそうですね」
「ハハハハ! 気にするな、気楽にやってくれていい。それに君の所のレストランは評判が良いと聞く、現に俺の突然の注文にも確りと答え、その単品1kgのフルコースは非常に美味だった。次々回でなくとも、いつか料理を頼む日が来るさ」
「はい! その時は、是非宜しくお願いします」
こうしてグラップは、華々しいとまではいかなかったものの、実りある初体験をして、次回も頑張ろうという意気込みの動力源となった。
厨房の後片付けは、ここに来た時の執事に任せて貰い、グラップはまた別の執事に頼んで呼んでもらった専用タクシーで、自宅へと向かった。
そして家に着くと、彼はまず、今晩の食事を食べ始めた。今朝パーティー用に腕ならしにと作っておいた分。だがそれは、業務用冷蔵庫に入っており、相当多量なものであった。それを大きなこれまた業務用のレンジで温めると、グラップはモグモグとそれを食べ始めた。
フォアグラ500gにたっぷりのスープ。ぱつぱつに脂の乗った鰹にネィパージ産の牛肉に、ドレッシングたっぷりのサラダ。最後にお得意のデザートで、メロン丸々一つの代物だ。あとはミルクコーヒーで甘ったるく締め、彼は満足そうに特大の椅子にもたれかかった。
「うーん、美味しかったぁ……幸せ……げぷ。僕も、あの鮫みたいになっちゃうかも——」
その時、またまた彼は、肝心なこと思い出した。
「——あっ! またあの人の名前、聞くの忘れてた……はぁ、今度こそは聞かないと、お得意様になるかも知れないってのに。
……それにしても、やっぱり大富豪のパーティーとなると、このアサイリーマじゃ太い人がたっくさんいるなぁ。でもやっぱり、あの鮫が一番太ってな〜」
うとうととし始めたグラップ。いっぱい食べて眠気に襲われる、良くあることだ。彼はちゃっちゃと洗い物を済ませ、そのまま就寝することにした。
そして、目覚めたグラップ。ふと目を上げると、そこは冷たい感じのする、コンクリート式の天井。
(あ、れ……おかしいな、僕の家の天井は、白い木製のはずなんだけど……)
お腹の脂肪が邪魔で上体を起こせないので、むっくりと体に横に倒し、ベッドから足を下ろしたグラップ——そこは、見知らぬ狭い部屋だった。
「こ、ここは……」
そんな彼の目に、更なる衝撃が走った。目の端に映る何か……それが見えるよう、首を右に回すと、そこには——
「——ああ! この人は……」
驚くのも無理はない。そこにいたのは、あのお金持ちの、非常に肥えたあの鮫だったからだ。どうやら彼は、まだ就寝中のようだ。しかし体には、前日に見なかった無数の傷があり、何かが起こっていることは間違いなかった。
その時、扉の外から何やら話し声が聞こえてきた。良く聞き取れないので、グラップは忍び足で扉に耳をあてた。
「——んでよ、今日は海外の方から、向こうじゃ有名の同志達がやってくるそうだ」
「なるほど、それで取引をするわけか。しかし随分と、今回の金額は大きいよな」
「それほど俺達には必要だってことさ。あれがありゃ、テロを起こすことだって容易くなるさ。へへ、そのための誘拐ってことよ」
「にしてもよ、あいつらなんであんなに太ってるんだ? おかげで運ぶの大変だったんだぞ」
「それはよ、俺達のボスの右腕にも言えることだし、一概には言えないだろ」
「まあ、そうだな。大体ボスは、なんであんなデブを右腕としてるんだ?」
「ボス自身は、動く事に長けている。となると、側近として求めるのは知識の方だ。あいつはあんな体の分、頭の中にもたっぷりと知能が詰まってるってことよ」
「なるほど——おっと、招集がかかったぞ。そろそろ取引の準備だな」
「良し、行こう」
二人の声達は、最後にフェードアウトする足音でいなくなった。どうやら今の状況はとてつもなくやばそうだ。しかし、こんな閉じ込められた状態ではどうすることも出来ない。下手に動けば、謎の敵達に襲われてしまうかも知れない。
グラップは、再びベッドに腰を下ろし、ただ待つことにした。
続