完成日:2006-11-21
いつもいじめられてばかり
貧弱な体が嫌だった
絶対にいつか、立派な体になってやると誓った
俺は今、力自慢大会の真っ最中だ
今年も俺が優勝間違い無しだ
昨年も、そのまた昨年も、俺はこの大会で優勝している
そしてやはり、今年も俺の優勝だった
優勝賞金は一生遊んで暮らせる大金
これでまた、俺の体を立派にするための資金が増えたというわけだ
昔の俺とは違い、今の俺の腕や足は筋骨隆々
まっ、腹は太鼓腹だが、腹筋なんてそう使うもんじゃない
必要なのは力だ! この力さえあれば、俺は十分満足だ
俺は意気揚揚と家へと向かった……そのときだった
―― キキーー! ドン! ――
目を覚ますと、そこは病院だった
「……お、俺は一体……?」
辺りを見回すと、そこには看護婦が、包帯などの医療道具を片付けていた
「なあ、俺に何があったんだ?」
「あっ、目が覚めたんですね。あなたは車に跳ねられたんですよ、それで足が折れてしまって――」
「く、車に……足が!?」
俺は驚いて、自分の足がどうなっているか見ようとした
だが、自分の太鼓腹のせいで、足の状況を見ることが出来なかった
「そ、それで、どのくらい悪いんだ?」
「複雑骨折ですから、かなり……しかもその際、神経を少々切ってしまったようで……」
「――うそ……だ」
あまりにも衝撃的だった
(俺は一体これからどうすれば? せっかく鍛えた体が……)
複雑骨折なら数ヶ月程度かも知れない。だが、神経を傷つけたのとなると……
きっと俺は、この病院での生活で体が訛り、一生チャンピオンの座に着けなくなるのだろう
大会は、常に追い越せ追い越されの戦いであり、その差は僅差だ
わずかなトレーニング時間のロスが勝敗を決めてしまう
俺が貧弱な体からチャンピオンの上り詰めたのは運が良かったが、これからはそうはいかない
俺は足を折ってしまっているので、歩くことが許されなかった
なので、近くにある特殊な自動販売機(手の届く範囲にある)で、食べ物を買うしかなかった
最初は食欲が出なかったが、このままだと体に悪いと思い
せめていままで通りの食事をすることにした
だが、いつも通りの食事を取り始めてから一ヶ月
「俺、もしかして太ったか?」
体を動かすことがほとんど出来なかったので、いまいち感覚が分からなかったが
腕に付いていたあの立派な筋肉は、やや衰えを見せていた
それだけでは無い、そこには少しばかり余計な肉がついているように見えた
(やっぱり動かない分、食べないようにしないといけないのか……)
しかしその後も、食事の量を押さえることは出来なかった
いつもは一日20kgの食事をしていたのだが(これは一般的な竜の20倍)
それでも運動を適宜にしていたので、全くと言っていいほど、腹を除いては太ることがなかった
だが今では、動かない分、一般竜よりも少なめな食事量で無ければならない
毎日20kgの食事を1kg以下に下げるなんて、俺としては我慢できることではなかった
少し食事の量を減らすと、すぐに腹がなってしまう
「は、腹が……あーーもう、我慢できねぇ!」
そう言って、結局は今まで通りの20kgの食事を取ってしまうのであった
しかし気付いてみると、今ではそれ以上の食事を取っていた
動けないストレスと、今の自分の体に対してのストレスが、俺の食事を加速させていた
三ヶ月、六ヶ月と時が経つに連れて、俺の体は、見る見る立派な筋肉体系からぶよぶよ体系へと変化していった
そんなときに、やつは現れた
「ぷ……はぁーーはっはっは! なんだその体は! 見舞いに来てやったら――ははは!」
「だ、黙れ!」
「三年連続のチャンピオンが、今ではこんなぶよんぶよんの体系だなんて、笑えるぜ!」
やって来たのは、三年連続で二位を取った竜だった
「これなら、今年から俺は一位の道をまっしぐらだな! ま、俺の栄光でも見ときな、あばよ!」
「く、くぅ……」
俺は言い返せなかった
こんな体にしたのは自分のせいだし――もう、もう元には戻れないのか?
涙が出てきた
俺は馬鹿だった
事故に遭ったその日から、しっかりと食事管理をしてれば良かったものを……
「……ふん。もうどうでもいい。俺の人生は終わった」
それから俺は、食べることに明け暮れた
もうあの立派な体にはもうなれない
そうと分かれば、別に体に気を使わなくてもいい
まだ足は治っていないので、寝たきりな状態であったが
元々食べることは好きだったし、全然この生活は苦でもなかった
見る見ると俺は肥えて行き、九ヶ月後にはベッドを二つ並べるまでになった
でっぷりと出っ張ったお腹は、寝ていても、重力がかかっていても盛り上がっていた
おかげで、顔を横にしない限りは、見えるのは自分のお腹のみだった
腕もぶよぶよとなり、正直肉が邪魔をして、少し動かし辛かった
この状況に病院側も驚いていたが、別にこの病院は怪我を治療する場所なので
あくまでも病気などに対しての検査などは一切無かった
おかげで俺は、誰からも注意されること無く、縛られること無く自由に太っていった
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そして、あの事故から一年後、ようやく退院を迎えた
その時病院側は、肥満竜用のカートを持ってきてくれた
ベッドから降りるには、大きなお腹を一生懸命揺らして、徐々に体をずらして行かなければいけない
そのため、ベッドから降りるだけで息を切らしていた
だがカートのおかげで、ベッドから降りたあとは歩くのが楽になった
外に出ると、そこには巨大なトラックがあった
普通の車には乗れないので、トラックの荷台に乗せてもらうことにした
「なぁ、あんたはあの、伝説の三年連続のチャンピオンの竜だろ?」
「あ、あぁ……」
運転手の言葉を聞いて、昔を思い出した
何故だか、とても、とても懐かしく、正直あのころは良かったと考えてしまっていた
あの時は体も自由に動かせたし、確かにずんぐりとはしていたけど
普通に暮らすことは出来た
……だけど、今は、そうはいかない……
「まさか、そんな体になるとはねぇ」
「俺は、結局はチャンピオンに相応しくは無かったんだ」
「そうか? まあ誰しもそうなることがある」
「こんな体にか?」
「大体あの大会のチャンピオンのその後は、そんな感じだ」
「……何故だ?」
「当たり前だろ? 今まで運動をして、その分の食事を取ってきたやつが
突如運動をやめて、それでいていつも通りの食事をしてたら、太るのは当たり前だ」
「それぐらい、普通のやつなら我慢できるだろ」
「それもそうはいかないのさ。あんた、タバコは吸うのかい?」
「いいや、体に悪いからな」
「そうか……だけどタバコは、吸うと止められないことぐらい知ってるだろ?」
「それは自意識が弱いんだろ」
「それはお前さんだって同じだろ? 結局止めれなかったじゃないか」
「くっ……」
「……そういうことなんだよ。止めようとしたって、なかなか簡単には行かないんだよ」
「だがそれは……」
「お前さんは――強い」
「――!?」
「普通の竜なら、それが普通だと思い込む。だがあんたは、それが普通ではなく
もっと高嶺の位置を基準としてる。立派だよ」
「……」
「いいかい? あんたは別にチャンピオンに相応しくなかったわけではない。
逆にあんたは、チャンピオンに相応しいんだ」
「だが、結局は自分に負けた……」
「いや、お前さんは普通の竜よりも努力した。普通より、な?」
「あ、あぁ……」
「元気を出せよ。それにそんな体になったって、別に誰も笑いはしないよ」
「……いや、俺は、あいつに笑われた」
「ジムに」
「!!」
「驚いているようだが、ジムは、お前と同じだ」
「……どういうことだ?」
「ジムは大会に優勝した。だがそれ以来、あいつはぐうたらな生活を送っている
久々にやつを見たら、見にくい体だったよ」
「は、はは。やつは結局俺と一緒だってことか」
「そういうこと。そして……お前は、やつらと一緒だ」
「……やつら?」
「――ほら、見えてきたぞ。ここがお前の新しい住みか。ガウン街だ
別名、太竜街」
「太竜街?」
「そうだ。外でも眺めてみろよ」
俺は少し体を起こして、荷台から顔を出した
――そこには、あふれんばかりの太った竜達が街を埋め尽くしていた
「――こ、これは」
「ここはお前さんのように、力持ちチャンピオンや大食いチャンピオンなどになったやつの、その後のための街だ」
「……俺以外にも、こんなにいたんだな。……って大食い自慢って、元々太ってるんじゃないか?」
「いや、大食いのやつらは大概体が細いのが特徴だ。胃袋が脂肪によって押さえつけられないし
それに基礎代謝が元々とっても高いからな
だがその体は本当に若いうちが限界だ。年を重ねれば、その体にも限界が来る」
「そうなっても大食いが止められないから、太るってわけか」
「そうだ。誰だって、元々食べていた量を減らすのは難しいことなんだ、俺もそうだしな」
「――あんたも?」
「そうさ。ほら着いたぞ、降りないのか?」
「あ、ああ。今すぐ降りるよ」
俺は、荷台の台を降ろし、坂にして、そこを降りた
そして俺はすぐに運転手の方へと向かった
「なあ、あんたもってどういうことだ?」
「……お前さん、このトラック、何かおかしいことに気付かないか?」
「おかしいって――ん?」
俺は目を見張った
そういえば、見れば明らかにおかしい
このトラックは、普通のトラックとは違って、やけに運転席が広く
さらに、俺が乗っていた荷台の下には、明らかに余分なスペースがあった
「分かっただろ?」
「……もしかして、あんたはこんなにも、太っているのか?」
「ああ、私は太りすぎて、ここから出ることが出来ないんだよ
仕方が無いから、それからずーっとこのトラックで過ごしている」
「だが、いつか限界が来るんじゃないか?」
「大丈夫。実際一度来た」
俺はふーん、と、まるでそれが普通であるかのように答えた
この街の状況を見れば、なんだか普通に思えてしまう
「さてと……私はそろそろ出発する」
「もう行くのか?」
「ああ、お前さんのように、太り過ぎで悩んでる竜は他にもいるからな」
「……なるほど。乗せてくれてありがとうな」
「どういたしまして」
俺は運転手を見送った
さてと、これからどうするかだ
とりあえず、この街にいれば一生幸せに暮らせそうだ
「げ……っぷ」
その勢いで、お腹が大きく波打った
「はは、わりぃわりぃ」
今後は笑った勢いでお腹が波打った
ついで、膨らみきった顔もきれいに波打った
「もうー! お行儀が悪いんだから」
彼女は、俺の妻だ
昔の俺なら、スマートで美人なやつを選んでいただろうが
こんな体になってしまってからは、内面重視に考えるようになった
というより、見た目重視で竜は選べないからな
俺の妻は、普通の体系だ。この街では
「はい、おかわりよ」
「サンキュー」
勢い良くがっつく。一瞬にして10kgのフォアグラがなくなった
「うっぷ……おかわりをくれ」
「はい。もう100kg食べる?」
「頼む。今日は俺の誕生日だからな、せめていつもの10倍は食べたい気分だ」
「そう、なら後でケーキも100kg分用意するわね」
「おお、それはいい!」
「じゃあ準備を――あら、赤ちゃんが蹴ったわ」
「本当か? ちょっと触らせてくれ」
俺は肉に埋もれた腕を伸ばし、妻のお腹をさすった
「……ぶよぶよだな。ま、分かる分けないか」
「うふふ、そうね」
そして、俺は再びフォアグラに手を付けた
そして、俺は食べながら考えた
(一体どんな子が生まれるんだろう? 将来は俺よりも太るのだろうか?)
そんな太ることばかり考えながら、俺は100kgのフォアグラを平らげた
「見て! 立派な赤ちゃんでしょ?」
「ああ、素晴らしい!」
妻が産んだ子は、生まれた状態ですでに顔が肉に埋もれていた
これは病院側では初めての出来事だったので、後にテレビクルー達がやって来て取材を受けた
「なんだか、この子の将来が楽しみだわ」
「そうだな。いつか俺を抜かしてしまうんだろうか?」
「そうねぇ~、いつかはそうなるでしょうね♪」
俺はレバーを下げた
電動椅子が動く
俺は、外へと出た。空を見上げた
(こんなに、こんな太った生活をするなんて、あの時は思わなかった
けど、今思えば、この生活は、とても素晴らしいもんだな)
ゆっくりと目を閉じ
そして、俺はいつものお昼寝タイムへと入っていった
再び目を開けたとき、いつものように、目の前には妻が用意した料理が外に並べられているだろう
そのときが、俺の一番の至福のときだった