赤竜(せきりゅう) M 俺 デスモア Dethmor
黄竜(おうりゅう) M 俺 バーグ Berg
紫竜(しりゅう) F 私 アムワー Amwer
緑竜(りょくりゅう) F 自分 ヴィッグ Vigg
青竜(せいりゅう) F 私 フィラード Philard
白竜(はくりゅう) F あたし ラピ Lapi
藤竜(とうりゅう) F あたい リード Reed
バーグは、いつものようにレベル1のデブカフェにいた。レベル2の資格はとうに取得していたが、デスモアとは違い、彼はこの場所が一番楽しめた。
「ふぅ〜、いい体してんな」と、道行く女性従業員のお腹や背中を、ぷにりと掴む。全く相変わらず楽しませてくれるじゃないかと、彼は満足げに頷いた。
「おっ、久しぶりじゃないか」
ふと後ろから声をかけられ、バーグはその方を振り向いた。するとそこには、周りの従業員と同じエプロンを着用するが、大きなお腹のせいで臍下までしか届かず——臍の位置自体、ぶら下がり気味のお腹で少し下がってはいるが——更には大きく脇が余り、通路の幅半分にまで太った赤竜が立っていた。
これほどまでにデブい知り合いなんていたかな、とバーグは首を傾げ、そして答えた。
「悪い、俺は男には興味がないんだ」
「すっとぼけるなよ。俺だよ俺」
「ん、前に会ったか? そんな特徴ある体してるなら、忘れるはずがないんだが」
「おいおい、随分と寂しいこと言うな。俺だよ、デスモアだ」
「です、もあ……! お、お前! お前、会社辞めたと思ったら、一体どうしちまったんだよ!?」
「そんなに吃驚することか?」
「当たり前だ! まさか、デブカフェで働いていたなんて」
「へへ、まぁな」
「だが……だが、大丈夫なのか?」
「大丈夫って何がだ?」
「その体さ。お前、見ない内に何があったんだ?」
「簡単な話だ。前々から注意されていたこの腹のせいで会社を解雇され、けどおかげでここに再就職出来た。今じゃ気兼ねなく食いたいものを幾らでも食えるし、ストレスも溜まらなくて最高だぜ」
同僚のこの発言と、変わり果てた彼の容姿が重なり、バーグは完全に言葉を失った。しかしそんなことすら気にもとめなくなったデスモアは、こう冗談をかました。
「バーグ。なんなら俺のケツでも触るか?」
「——ば、馬鹿ヤロ! お前のケツなんか誰が触るか! 俺はな、女物しか用がないんだ」
「ハハハハ! げぷ」
「なんだ、仕事中に摘み食いか?」
「ああ。さっきピザを二箱も食ったからな」
「に、二箱? そりゃあれか、昼飯か何かか?」
「ただの間食に決まってるだろ。それが昼飯だったら、余りに物足りな過ぎる」
「そ、そうか……デスモア。お前にはここが、一番適した職場かも知れないな」
「俺もそう思う。んじゃ、またな」
そしてデスモアは、他の女性客達にぺたぺたべたべた触られながら、奥へと引き返していった。
それからも、ちょくちょくとバーグに出会いながら、デスモアはレベル1スタッフとして仕事をこなし、同時に食べることも欠かさなかった。初めは驚いていたバーグも、徐々に目が慣れていったが、それでもデスモアのことを憂慮せずにはいられなかった。
二年後。デスモアの体には、ある重大な変化が訪れ始めていた。普通に店内を歩いているだけなのに、息が切れるようになったのだ。
「ふぅ、ふぅ……はぁー、疲れたあ」と、従業員室にある二幅対の専用椅子に凭れるデスモア。汗も止まらず、それを何度も何度も拭いたタオルハンカチは、洗濯機から取り出したばかりみたいだ。
「大丈夫?」店長のアムワーが近付いて来た。
「はぁ、なんとか。でもこれが仕事だし、ふぅー、仕方がない」
「そう。どうやらそろそろ、レベル2に昇格のようね」
「えっ? もうなのか?」
「だってこのままいけば、その内レベル1の店内を歩けなくなるでしょ。それに道幅も、あなたにはいっぱいのようだし」
「すると店長、ふぅ、俺はどうなるんです?」
「とりあえず今日は、頑張ってレベル1の仕事を終わらせて。翌日からは、社員証を使ってレベル2に来て頂戴」
「分かりました」
デスモアは、今日一日はどうにか、レベル1スタッフとしての業務をこなした。だがそれが終わると、彼の両脚はほぼ棒になり、暫し従業員室から動けなくなった。ただその間も、食事だけは欠かすことがなかっため、再び動き始める時には、彼の体はまた少し増量していた。
レベル2スタッフになると、仕事が大いに楽になった。エプロンは不要で、私服のまま店内に望めるし、あとはただお客と個室で食事をするだけ。強いてもう一つ挙げるなら、客次第でちゃんと会話をし続ければ良いだけで、こんなに苦労のない職場があるものかと、疑問符さえ頭に浮かんだ。けど実際ここにあるわけで、その恩恵を彼は諸に受けた。
「ケーキ、ハンバーグ、ピザ……うーん、どれも外しがたいなぁ」
「デスモア、なんで悩むの? いつものようにジャンジャン頼めばいいじゃない」と、常連客の女性が促す。
「実は今日、食糧運搬車輌が渋滞に嵌って、まだ食材が届いてないんだ。それで従業員達は、少し食を控えるよう指示されてるんだ」
「可哀想……そんなお腹してるのに我慢だなんて。でも、あなたには無理なんじゃない?」女性はそう言いながら、デスモアのお腹を、木版画の
馬楝 のように摩った。昔は触る側の彼だったが、どうやらその逆の立場になっても、興奮度は頗 る好調のようだ。「へ、へへ、そ、そうだよな。うっし、抑えるなんて糞食らえだ、どんどん食っちゃる!」
「そうその意気よ!」
女性もエキサイティングになり、デスモアを豪快に抱き締めた。そこには、大声を上げた反動で息が荒々しくなり、膨張と収縮を繰り返すお腹があって、それに女性は
現 を抜かした。
またある日は、こんなこともあった。
「大丈夫?」と女性客に心配されたデスモア。実は前の客が物凄いドSで、とにかく自分が注文したものも彼の口に押し込んだのだ。ハグは表上禁止となっているが、そのような行為は店の規約違反にならないので、デスモアは客の成すがままになり、これではレベル3と変わらないのではと、彼の心は深く感じた。
だがそれも、今回はどうやら奏功したらしい。限界までパンパンにお腹が膨れたため、目の肥えた今の常連客が、彼の腹部を熟視して舌舐めずりをしたのだ。中々手厳しい彼女も、今夜はデスモアの虜のようだ。
「ねぇ、デスモア。お腹、触ってもいい?」
「あぁ——ぐぇっぷ! し、失礼」
「いいのよ」
そして女性は、デスモアのポンポンを、価値のある壺のようにその曲線美を味わった。
「……はぁ、たまらないわ。この張ったお腹に、生地の柔らかい脂肪の感触。今日は随分と食べたのね」
「そうだな。というより、うっぷ、食わされたんだが」
その時、彼の辛い表情にいじらしくなった女性の目が、ふと嫌らしいものに変わった。
「デスモア。もっと食べる気、ない?」
「え”っ……」
デスモアは彼女の言葉に、背筋が凍りそうになった。まさかこの客も、そのタイプだったのか!? 確かに良く刺々しい言葉で何やかんや言われたこともあるが、けどまさか、そんな——
「ステーキを三皿、私が奢ってあげるわ。だから絶対、残さないでね」
とまぁ、色んな客がいるわけで、色んな目に合うのは仕事柄致し方がない。やはり働いていると、こういった辛さもあるんだなと、デスモアはしみじみ痛感した。
だが、挫けず、努力に忍耐を重ねて頑張った甲斐もあり、気が付けば彼の体は、痩せていた頃と見比べて
篦棒 な変化を、それこそレベル2のヴィッグを越え、まるでフィラードのような、お腹の先がテーブルに付くまで贅肉を纏 い付かせた。ただそうなってしまうと、店内を一日歩く以前に、通勤するだけでも気息が乱れるようになる。そんな状態が日に日に早くなっていくデスモアだが、もはや彼に残された人生路は、分岐点のない単なる一方通行。それに後戻り出来るほど、彼の持久力はなく、完全に衰えて——というより、重さで持久出来なくなっていた。
レベル2スタッフとなり一年目。つまりデブカフェに入社してから四年目、その存在を知って七年目のことだ。もはや住んでるマンションの一室は、デスモアにとって狭くて狭くてならない。
でも現実は、これでもかなり良い方である。竜には翼があり、それを考慮して、一般的な種族よりも広めに室内が設計されているからだ。なのでもし、竜でない、翼のない別の種族が住む地域に彼が生まれていたら、確実に廊下を通れず、部屋を出られなかったことだろう。
「ジリリリリ」
玄関のベルの音が鳴った。丁度出勤しようとしてた時で、緑のタンクトップの私服姿のデスモアは、6Eのかなり幅広な革靴を強引な形で履くと、その足で玄関をあけた。するとそこには、目をギョッとさせる、スーツ姿の黄竜の姿があった。
「——! でで、デスモアなのか!?」
「見りゃ分かるだろ。ふぅ、久しぶりな」
「お前、最近レベル1で見ないと思ったら……なんなんだ、その体は? 一体どうした、何があったんだ?」
「はぁ、バーグも知ってるだろ。ある程度レベル1で太ったら、レベル2にいけるんだ」
「あ、ああ……けどよ、いくら何でも……まさか、お前が……」
バーグは、ショックのあまり言葉を詰まらせた。デスモアは、額から汗を滴らせた。
「悪いが、ふぅ、どいてくれないか?」
「あ、わ、悪ぃ」
バーグが脇にのくと、玄関目一杯の体を強引に押し出し、デスモアが廊下に出て来た。そして彼はそのまま、目の前のエレベータに乗り込んだ。すると竜専用の大きな籠でも、殆どスペースが残っていなかった。しかしバーグは、むりくり同僚のお腹を押しまくると、どうにか中に入った。
「ふぅ……んふぅ……」と、デスモアの荒い息遣いが聞こえる。そして汗も全身から
滲 み出て、それが彼のタンクトップをジワジワと濡らし、更には密着するバーグのスーツをも湿らした。「……デスモア。お前、本当にそれでいいのか?」
「ああ、ふぅ。これが俺には、一番適してる。それに、はぁ、お前も言ってただろ」
刹那、エレベータが一階に到着した。まず先にバーグが、タンクトップを挟んでデスモアのお腹を擦りながら出て、そのあとをデスモアが、彼の何倍も遅く降りて来た。
「ぜぇ、はぁ……お前、今日仕事だろ。ふぅー、時間じゃないのか?」デスモアが、ぽたぽたと垂れる汗の向こう側で言った。
「あ、ああ」とバーグは、まだ衝撃を引き摺っている。
「なんだ、ふぅ、他にも何かあるのか?」
「……本当に、痩せる気はないのか?」
「へっ、当たり前だ。ふぅ、この仕事はな、俺にとって生き甲斐なんだ」
そう真剣に答えるデスモア。既に疲労が顔に溢れ始め、瞼の上や顳
顬 などを、大量の汗が流れている。「そうか……分かった。それじゃデスモア、またな」と、失望したようにバーグは別れを告げた。
「ああ、ふぅ、またな」
だがバーグは、その場を動かず、デスモアが仕事場に向かう様子を、佇んで眺めた。そして八年前の社員旅行で訪れた南国で遭遇した巨漢の背中を、ふと思い出した。
その場には、まだ痩せてたデスモアも一緒にいて、当時彼はこんなことを言っていた。「あんなでかい図体、どうやって動かしてるんだろうな」と。その言葉を今、彼に思い出させてやりたい。だがそんな気持ちをバーグは堪え、このまま我が道を行かせようと、自身の横幅より倍以上も広い同僚の背中を見納めとした。そのタンクトップは、ほぼ7割が汗ばんでいた。
「んん、くぅー……だ、駄目だ、はぁ、はぁ」と腕を前に伸ばすデスモア。しかし少し離れたところの料理皿に、手がどうしても届かない。手前の奴はもう、全て平らげてしまった。
「大丈夫?」
隣に座る——それでも彼の脇腹によって、間は空いてなくとも距離がある——女性客が、心配そうに彼の顔を窺った。
「ふぅ、ああ。だがもっと食いたい。悪いが、皿を取ってくれないか?」
「いいわ」
デスモアは女性から皿を受け取ると、それを一心に貪った。その様子を彼女は、静かに見つめる。今回の客はどうやら、話すというより、食べてる姿を見たいだけのようだ。これにはデスモアも、普段通りで良いため、かなり気が楽でいられた。
にしても、今日は自棄に腹が減る。バーグと会話し、いつもより少し立っている時間が増えたせいかも知れない。実際出勤後の脚は、疲労で少し痛く感じていた。
しかしそんなことなど忘れ、彼は料理皿を簡単に食べ切ると、客がこう口を開いた。
「あの、お代わり頼みます?」
「そうだな。まだ食い足りない」
女性は頷き、彼の代替でテーブル上のボタンを押した。するとすぐに従業員がやって来て、デスモアは追加の注文をした。それからテーブルの上が一旦綺麗にされると、そこにまたぎっしりと新たな料理が並べられた。
女性客は、帰り際に一度、デスモアに脇からハグをした。汗臭くないかと彼が心配すると、それも肥満者の良い所よと彼女は答え、そのまま彼は、少しのあいだ彼女の為すがままにした。
それから女性は、お別れを言って個室を去っていった。自分も、早く席を離れて従業員室に戻らないとと、デスモアは足に力を入れ始めた。だが——
「んん……ぐ、ぐぅ……お、重い……ぷはぁ! クソ、ぜぇ、ぜぇ、どういうことだ? ……あっ、そうか、はぁ、横移動しないと」
うっかりうっかりと、無駄な労力を使った彼は、体を左右に振り、以前のフィラードと同じやり方で、ソファーの上を尻移動し始めた。
だが、全身の汗によって湿り気を持った皮膚は、拳に「はぁー」と息を吹きかけて殴るような、即ち摩擦を付けるように、彼のでかい尻にも摩擦が発生していた。そのため彼が、どんなに全身を揺すっても、ソファーから体が微塵も動かなかった。
「ぜぇ、ぜぇ……うっぷ……う、嘘だろ。畜生、ふぅー、動け!」と彼は、もう一度移動に挑んだ。だがびくともせず、彼はとうとう従業員を呼ぶことにした。
「どうしたの、デスモア?」
小門をあけて現れたのは、緑竜のヴィッグだった。超肥満レベルにはつい最近達したばかりで、どうやら太ることは、ここいらで抑えているようだ。
「う、動けないんだ……はぁ、はぁ」
「えっ、身動きが取れないってこと?」
「ああ……ふぅ、頼む、誰か応援を」
デスモアの言葉に、ヴィッグはどたどたと裏に引き返した。
少しして、別の人物が彼のもとにやって来た。しかしそれは、以前デスモアを連れ去った筋肉デブ達ではなく、店長のアムワーたった一人だった。
「はぁー……あ、店長」
「デスモア。一人で出られなくなったって、ほんと?」
「はい……あの、ふぅー、ここから出して欲しいんですが」
「当然よ。けどもしそうなったら、どうなるか知ってるわよね?」
「えっ?」
息も絶え絶えに、疲れて半目になったデスモアは、滝のように流れる汗の中に冷や汗を混ぜながら、きょとんと彼女に聞き返した。
「忘れたの? レベル3に昇格ってことよ」
「これが、はぁ、基準なんですか?」
「そう教えたでしょ。まあ良いわ、とにかくおめでとう」
デスモアは、ただ単に太るごとに昇進するとしか聞いていなかったので、実の所何をもって基準にしてるのかを、金輪際知らなかったのだ。そして今の状況を見て、「なるほど、だからレベル3では居住用の部屋が用意されているのか。こんな体だもんな、当然と言えば当然か」と、色々納得するに至った。
そういうわけでデスモアは、ついにレベル3の領域へと足を踏み入れ、新世界の
安逸 を存分に味わうこととなった。
レベル3に入り、デスモアの肥大は益々加速した。ここまで来れば、当然のように自宅へと帰れないため、用意された部屋がレベル3スタッフの家となる。
もうお分かりだろうが、彼らは
楽助 となり、超肥満者達にとってその家は、Uターン禁止の活路である。つまりはもう、後戻りできない状態にまで成ってしまったということだ。動ける者は良いが、動けない者は、同僚達と会うことすら皆無に等しくなる。それでも絶えずお客が来てくれるので、決して淋しくはならない。良く従業員室で談話をしていた、今じゃ籠りきりの内気なラピも、昔のリードレベルを超過して体重を増やしつつも、物欲だけにまみれず、ちゃんと一日を楽しく過ごしている。
そんな彼女も、アムワー曰く、そろそろ寝たっきりになるだろうと語っていた。それが意味するのは、デスモアもその内そうなるということを、遠巻きに暗示しており、その結果……やはり彼は、そうなった。
続