赤竜(せきりゅう) M 俺 デスモア Dethmor
黄竜(おうりゅう) M 俺 バーグ Berg
紫竜(しりゅう) F 私 アムワー Amwer
緑竜(りょくりゅう) F 自分 ヴィッグ Vigg
青竜(せいりゅう) F 私 フィラード Philard
白竜(はくりゅう) F あたし ラピ Lapi
藤竜(とうりゅう) F あたい リード Reed
「暑いなぁ」
夏の日差しのもと、デスモアはタオルハンカチで額を拭いた。今まで普通のハンカチしか持ってなかったのに、今じゃこれが必需品だ。扇子も常に胸ポケットに携帯し、それらがないと汗が滴り落ちてしまう。
会社に着くと、再びタオルハンカチで顔を拭き、頭部も軽く拭いた。まだ出勤したばかりなのに、もうスーツの襟元がびしょ濡れになる有様。思えば、いつからこんな風になったのか。
「よぉデスモア。大丈夫か?」とバーグがデスクから挨拶。やはりデブカフェに行き始めてから、彼も少しふっくらした感じがする。でも感じだけで、目立たない程度なのかも知れない。
「ああ。今日は特に暑いな」
「そうか? いつも通りだと思うが」
「ん、そうなのか」
「……お前さ、確かにあのデブカフェは楽しいけどよ、少し女達のペースに呑み込まれてるんじゃないのか?」
「どういうことだ?」
「その腹だよ。お前、二年前は全然スリムだったじゃんか。それが今じゃどうだ、中年太りには早すぎるだろって腹だ」
確かにと、自身のぽよぽよしたお腹を見下ろすデスモア。ピシッと決まるスーツのはずが、もはやその太鼓腹を隠せない状態に、彼は顔を顰めた。
けど、仕事が終われば、彼の意識はあのデブカフェに直滑降である。そして今日もまた、隠れたレベル3の世界へと彼は足を運んだ。
白竜の女が、バクバクと食事を進める。ピザを一枚、二枚、三枚……だがこれは、客に会う度にやる事。きっとこの前にも、沢山の料理を頬張っているはずだ。
「うー……と、届かないわ」
そんな彼女が、腕を前に差し伸べてお腹の上に乗せると、デスモアは彼女の両手に宴会用の大皿を渡した。そしてそれを、彼女がいつものように食べる。その受け取る際の彼女の表情が、非常に申し訳なさそうなもので、それがなんとも愛郷をそそり、彼の心を大いに
擽 った。「美味しいかい?」とデスモアは、笑顔で尋ねた。
「美味しいわ。でもごめんなさい、今回はお風呂にも入れて貰っちゃって」
「良いんだよ。君のその無垢な色は美しいし、それが汚れるのを、俺は見てられないんだ」
「ありがとう……それで、あの……」
「なんだい、ラピ?」
「その、ジュースが飲みたいわ」
「ハハハ、お安いご用さ」
デスモアは台所に向かい、業務用冷蔵庫から2リットルのオレンジジュースを手にし、それを白竜のラピに渡した。彼女は蓋をあけると、グビグビと豪快に中身を
呷 り、一回で全部を飲み干してしまった。レベル3には、こんな肥満竜達だけが住んでいる。男も女も、みな一律でこの脂肪率なのだ。その中でラピは、まだまだレベル3の序の口であるが、ここに来て初めて出会ったのが彼女なのに、その時のデスモアと言ったら、衝撃のあまり腰を抜かしてしまっていた。今では毛頭そんなことはないが、あれから9ヶ月、彼女は着実に肥えていた。
彼女の特徴は、綺麗な色白の体色と、その謙虚っぽさ。一歩下がった言葉に、欲しいけど言えない困ったような躊躇っぷりが、デスモアの興奮の源を刺激する。彼はそんな彼女に対し、身をもってなんでもしてあげた。
「あの……デスモアさん」
「んっ、どうかしたのか?」
「その、一緒に食べませんか? あたしばかりだと、なんか申し訳なくて」
「うーん、そうだなあ。それじゃ、一緒に食おうか」
「はい♪」
嬉しそうに目を細めた彼女の笑顔。暑苦しそうな肉厚な顔なのに、その白さが爽やかさを醸し出し、そして際立たせた。寧ろこの場において、中年太りを越えそうなデスモアの方が見苦しいかも知れない。
そんな彼女とたっぷりの食事を済ますと、今日は泊まる目的で来たので、デスモアは彼女と一緒に寝室に入った。勿論彼女に手を貸し、その温もってぶよぶよな体を思う存分触って触感を堪能し、あとのお楽しみもそりゃあ沢山したが、その事については控えておこう。
とにかく、ベッドの横にいるラピに、デスモアは熱気を浴びつつ、一層心底に眠る興奮を呼び起こした。
基本料金1000円、一時間延長ごとに500円。つまりこのデブカフェで彼女と半日を過ごすと、料金が7000円となる。同業の店としてはかなり安価ではあるが、二人で寝るのは時間がもったいないようにも思える。だがこの事について、デスモア曰く、ぐっすり眠って起きたあと、
側 に彼女がいると、仮想生活をより現実に近付け、最高の目覚めとなるんだそうだ。だが、こんなことを続けていて、やはりあの問題が浮上しないわけがない。
ある日のこと。デスモアは社長室に呼び出されていた。
「デスモア君。一年前私は、君に注意を促したよな?」
「はい」
「だがそれを、君は守っていると言えるのか?」
「けど、それは俺以外にもいますし、まだ大丈夫かと」
「しかし君の場合は、変化が顕著過ぎる。いいか、あと一年、君に猶予をやろう。これは注意ではない、警告だ。それまでの間に——」
「やぁいらっしゃい、デスモア」
そうレベル3の部屋で待っていたのは、藤色をした、物凄くでかい女竜だった。体型はかなりでぶく、彼女の座る1.5m幅のソファーは、全て彼女の体で埋め尽くされている。そんな体だからか、テーブルなんて根っから用意されておらず、全ては客に頼って食事をするのだ。しかもラピとは対称的で、かなり相手に対し積極的なため、次から次へと料理を注文してくる。でも高圧的な性格ではなく、高飛車嫌いなデスモアも彼女は非常に好みであった。
そんな彼女に、普段通り台所に用意された料理を渡すデスモア。それを意地らしく口に掻き込む彼女。だが一度、口内の物を全て飲み下すと、彼女は彼に聞いた。
「どうしたの、今日は全然食べないじゃない」
「あ、あぁ。ちょっと、色々あってな」
「なら食べなさいよ。そういう時こそ、食べて食べて嫌なことを忘れるのよ。それにあたい一人だけじゃ、なんか淋しいじゃない」
「けどなぁ」とデスモアは、今朝の社長の言葉を思い出す。ストレス発散に暴食するのも今更悪くはないが、それが生み出す結果が今の問題なのであって……
「ほら、早く食べて。あんたが食べないと、あたいも食べないわよ」
「そんな! それじゃここにいる意味が——」
「そうして欲しくないのなら、一緒に食べてよ」
「うーん……」
必死に脳内で葛藤するデスモア。しかし、リードという藤竜が料理皿を差し出して来ると、デスモアには「まあいっか」という気持ちが生まれ始めた。正直なところ、彼は空腹にも耐えていて、彼女の食事風景を羨ましく見ていたのだが、やはり我慢は良くないと、結局は彼女の為、という意味合いも兼ねて皿に手を出してしまった。
11ヶ月後の社長室。
「デスモア君。全く、三年前までのスリムな君はどこへいった? 今じゃ当社一、醜い体をしているぞ」
そう社長に言われ、ただただ項垂れるしかないデスモア。太鼓腹という言葉だけで済まされない、垂れ下がるお腹は重
々 とし、その体のせいで、出張やら営業やらで足に支障が出ていることを、彼は重々 承知していた。「もし、ダイエットする気がないのなら、どうなるかは分かっているな?」
社長は更に問い質し、椅子の背凭れに体重を預けた。それにデスモアは、深々と頷いた。
「よし。ならあと一ヶ月だけチャンスをやろう。それを守れない時は、即刻クビだからな」
そしてデスモアは、怖ず怖ずと社長室を去った。
しかしその一ヶ月後。デスモアは完全にデブカフェの魅力に取り憑かれてしまったのか、また一段と贅肉を身に付け、彼は再び社長室を訪れることになるのだ。
同日の夕方、彼はいつもの、デブカフェのレベル3の部屋にいた。そこで藤竜のリードとともに、一時の至福を味わっていた。しかし彼の表情は、いつもと違い浮かない様子で、彼女は疑問に思ってこう尋ねた。
「どうしたの、デスモア?」と彼女。先ほど鯨飲した牛乳が口から溢れ、彼女の胸やお腹には白い筋が出来ていた。
デスモアは、そんなのには目も暮れず、沈痛な面持ちで答えた。
「……実は、その……会社をクビになったんだ」
「えっ、そ、そうなの?」
「はぁー……仕事、どうすればいいんだろうな。こんな腹してちゃ、このご時世雇われるのは厳しいだろうなぁ」
彼の落胆した様子を見てか、ふとリードが、こんなことを口にした。
「なら、いっその事、ここに勤めちゃえば?」
彼女は恐らく、冗談半分でそんな事を言ったのかもしれない。だがそれは、デスモアの運命を大きく左右させる一言で、彼自身も思わずハッとした。
「案外その選択肢も、悪くはないぞ。だが俺は、今までそういう仕事はしたことないし、事実上未経験だ。そんな俺が、急にここで勤めることなど出来るのか?」
「大丈夫よ。ここの審査基準は、まず第一が太り具合だし、見たところ、あなたのお腹は結構良さそうじゃない」
褒められたデスモアは、自分のお腹を見下ろしてみた。以前のぷよぷよな太鼓腹は、パッツパツに膨らみ、腹部を覆うシャツが、巻き沿いを食らってベルトをも覆っている。ジャケットはどうにかボタンを締められるが、全てはそんじょそこらに売ってない、キングサイズ専門店の大きめのビジネススーツである。
前は、そんな自身のお腹に、嫌悪感すら抱いていた彼。しかしそれが今、彼の人生を大きく助けてくれようとしている。そう思うと、この締まりのないだぶだぶボディーを、彼は愛でたくなった。
「……もし、俺がここに就職したら、心置きなく食べられるんだよな」
「そうよ。前みたいに、躊躇する必要なんてない。正直言って、我慢は止めた方がいいわ、それこそ病気のもとよ」
「確かに。本当の所、今日は思いっきり暴食したい気分なんだ」
「良いじゃない。そうとなったら、今日はあたいと一緒にがっつり食べましょ!」
デスモアは「ああ」と答え、ピザ箱を二つ手にし、一つをリードに渡した。彼女は豪快にそれを口へと突っ込んでいき、彼もそれを真似るようにして、ピザを貪り尽くした。そして箱が空になる度、彼は次々と台所から新たなピザ箱を持って来ては、二人でジュースを胃へと流し入れ、追加をかっ食らった。
ふと、彼は同僚のバーグの言葉を思い出した。「お前は女達のペースに呑まれている」そんな風な事を言っていた。それにデスモアは「うん、本当にそうだな」と納得した上で、次なるピザ箱を開封した。
その後、久々に限界まで胃と腹を膨らませ、レベル3の受付へと戻ったデスモア。それにはスーツも観念したのか、ボタンは全て外され、ネクタイはリードの部屋のゴミ箱に捨てられていた。シャツに関しては、上から二つのボタンを外し、ズボンからは完全にアウトされ、そのズボンに至っては、ベルトのフックがだらしなく垂れ下がっていた。もうどんな
為体 であっても、彼は全然気にも留めなくなり、明らかな自暴自棄である。「ありがとうございました。今日は随分と楽しんでくれたようですね」と受付嬢が、にこやかに言った。
「ああ。それで、少し聞きたいんだが」
「はい、なんでしょう?」と彼女は、極太のチョコ棒をボリボリと
囓 りながら聞き返した。デスモアも、腹をボリボリと掻いてそれに答えた。「ここは、従業員を募集してたりするのか?」
「あら。もしかして、ここで働きたいんですか?」
出来ることならそうした方が、今後のためにも絶対に良いはず。だが解雇されたとは言え、そんな安易に職業を決めるのは如何なものかと、ここに来て彼は踏み留まってしまった。しかも、この見るも無惨なだらしない格好。これじゃどちらにせよ、書類審査以前の問題だ。
しかしながら、そんな彼を後押しするかのように、受付嬢がこう続けた。
「ふふ、心配なのね。でも大丈夫よ。あなたのような立派なお腹があり、あとは仕事さえちゃんとすれば、見た目を問わず、デブカフェはちゃんとあなたを雇ってくれるわ」
「ほ、本当か!?」
「まだ店長はここにいますし、良かったら今から面接でもします? きっとあなたなら、すぐに認めてくれますよ」
「頼む!」
それからデスモアは、受け付けで
幾許 か待機したのち、現れたアムワーと共に店長室に向かった。彼女の後ろ姿を見ると、昔より少し太ったようにも見えるが、やはりある程度体重を維持してるようだ。何せ店長ゆえ、現場監督もする仕事柄、ある程度動けないと駄目だからだ。久しぶりの再会に、彼は彼女と二言三言言葉を交わすと、それより少ない一言二言で、彼女は面接合格の判を押してくれた。あとは一ヶ月、試用期間としてこのデブカフェで働き、それが済めば正式な社員として認められると、彼女から説明を受けた。
そしてこの翌日。初めは客として足を運んでいたデブカフェが、今日から彼の働き口となった。
まず初めは、フロアには出ず、ずっと厨房で掃除や皿洗いなどの雑用をするとのこと。意外と普通に働くんだなと思ったデスモアだったが、それは時期尚早で、所々に椅子が設けられ、常に座ったまま作業が出来るようになっており、デブカフェらしい仕組みになっていたのだ。
更に三ヶ月後。努力の末、試用期間を終えたデスモアは、遂にあのレベル1のエプロンを着用し、調理をこなしながら——と言っても、冷凍パックされたものをレンジで温めるだけで、本格的な料理は一切なく——まずレベル1フロアには出ず、レベル2のフロアに出た。レベル2は誰でも入れるわけではないため、レベル1よりも客が少なく、フロアスタッフ初体験のデスモアなどには、丁度良い研修となる。つまりはまだ、お客にタッチされる身分ではないのだ。
八ヶ月後。とうとう次の階級、レベル1フロアを担当するまでにデスモアは成長した。入社してから一年が経過したが、本番はここからである。これからは、どこまで太れるかが勝負どころで、それ次第でレベル2、レベル3へとステップアップするのだ。
つまり、このデブカフェの昇進過程は、試用期間→見習い→レベル1スタッフ→レベル2スタッフ→レベル3スタッフ、とこのようになるのである。
デスモアは、一度今までの状況をおさらいした。全く俺は、いつからこんな風になってしまったのだろうと思ったことがきっかけで、色々後先の事を考えると、一抹の不安も覚えた。でも、デブカフェの仕事は以前よりも楽ちんで、太り身にも優しいシステムとなっている。しかもデブい同僚達と居られるし、いつでも従業員の女性を触り放題——勿論仕事に差し支えのない程度にだが、それでも客の時以上に、この職場を楽しむことが出来た。強いて不満を垂らすなら、ガンガン冷房が効いていても、調理場だけはあらゆる相乗効果で暑い事ぐらいだ。
そんなこんなでデスモアは、やはり今の人生路は間違っていないと確信した。やがてそれは、レベル1スタッフとして客と触れ合うことで、尚更確証へと近付き、彼は自らの意思で太ることを選択した。
続