本作品は、2013年の冬コミ用に執筆した「クロス・オーバー・フェスティバル ~ルギア編~」にて、
小説の長さ及び時間的問題から削除したシーン・キャラを再利用するために作ったものです。
前述のは完全なる太膨作品ですが、本作品では現状、太膨要素は一切ございませんので悪しからず。
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ヨノワール=カスドの体験記
「ふむ、ここが会場、か……見た事のない者ばかりだ」
隣の転送室から移動すると、そこは巨大な丸天井の下に群がる人、人、人。だが放浪の旅をしていたヨノワールのカスドは、そこで数多くのポケモンを見て来たにも関わらず、ここに集う招待客の種族を1割も(要はポケモン以外の人物は金輪際)分からなかった。
手にした
金色 の招待カードを見つめ、そこに書かれたタイトル<クロスオーバー交流会>の意味を、彼はこの場で初めて実感した。「あら、ヨノワールさんもここにいらして?」
振り返ると、そこにはキュウコンがいた。ちょっと安心したカスドは、彼女へ丁寧に会釈した。
「どうも。いやはやキュウコンさんも、このような会は初めてで?」
「いいえ、あたしはこれで3回目ですの。最初は慣れなくて緊張しますが、すぐに馴染めますわ」
クロスオーバー交流初心者であることを見透かされたカスドは、彼女にアドバイスを求めた。
「そうですか。因みにこのような会では、一体どのようなことをするのです?」
「交流会によって様々ですけど、今回のは単なるパーティーのようですわ。純粋にお食事と異世界の演奏を堪能すれば宜しいかと。それではあたし、向こうのグリップ族さんを待たしておりますので、失礼致しますわ」
そう言って去った彼女の行き先には、全体的に五芒星の形をした、白と緑の体色を持ち、腹部に金ベースの十字模様の入った人物がいた。キュウコンの声を微かに聞き取ったところ、まず彼女の名前がセラと言い、そして待たしていた彼の名はワイバーストというらしい。その名前はおろか、グリップ族なんてのを聞いたことがないカスドは、彼がポケモンではない異世界の人物であることと悟った。
それからカスドは、とりあえずキュウコンの助言の通り、取り皿を手にパーティー料理を一人で堪能しながら、壇上に設けられたステージからの演奏を聴いていた。辺りには彼と同じように、誰と交わることもなく、この雰囲気を堪能している者が幾分かいた。
暫くして演奏が終わると、入れ替わり別の奏者が登壇し始めた。それは幽霊のような怖ろしげな姿で宙に浮き、楽器と思しきもの――ガラスコップを横に重ねて並べ、それが左右に付いた棒でクルクルと回転する不思議なものだった――で、曲を奏で始めた。
奏者の見た目に親近感を覚えるのもさることながら、彼の作り出すメロディーも非常に妖異で、だが初めて聴くそれは、カスドの心をすっかり虜にした。
一方その頃、この交流会の様子を、広く暗い一室に座って監視している人物がいた。どうやらモニターに集中しているようで、この部屋にもう一人、別の人物がいることに気付いていないようだった。
「そろそろ気付いて欲しいんだが?」
「何者だ!?」
慌ててモニターから声のする方に視線を移すと、先端にフックの付いた杖を持つアライグマが壁に寄りかかっていた。
「そっちから招待しておいて、その主催者の態度は気に入らないなぁ」
「――なるほど、君がスライ・クーパーか。噂はかねがね聞いていたが、さすがは伝説の盗賊と言ったところか」
「じゃまずは、例の物を渡して貰おうか」
主催者は、何かの金属片を抽斗より取り出した。それを受け取ったスライは、後ろから片眼鏡を取り出して覗き込み、付随したヘッドセットで誰かに問いかけた。
「ベントレー、どうだ本物か?」
『ちょっと待って……うん、僕の計算が正しければ、それは紛れもなくクロックヴェルクの一部だ。ただどうしても、異世界に紛れ込んだ理由が分からないよ。最近
上梓 された突発的空間変動の論文を読んだんだけど――』「ああ分かった分かった、とりあえず本物だと分かれば充分だ」
そう話を強制終了させると、スライは片眼鏡を戻して主催者に言った。
「これがこの建物の見取り図だ。俺が通って来た道は赤で印してある」
そして彼は、主催者に一枚の紙を手渡した。
「ありがたい。この物騒なご時世、やはりプロから潜入ルートを把握しておくのが良いからな」
「だが俺にしてみりゃ、他にも抜け目は沢山あるぜ。まっ、今回のが誰でも入れる一番容易な抜け道だから、そこを押さえておけば概ね大丈夫さ。それじゃ、失礼するぜ」
するとスライは、何かを地面に叩き付け、周囲にぶわりと煙を巻き上げた。とっさに腕を上げて瞼を閉じた主催者。次に目を開けた時には、眼前のアライグマはすっかり姿を消していた。
「……ふっ、楽しませてくれるじゃないか」と主催者は、椅子の背凭れに寄りかかった。
短いようで長い曲が終わり、それでもなおカスドは、壇上を見つめ続けていた。その様子に、不気味な容姿の奏者が楽器を抱え、彼の元に向かい降りてきた。
「どうやら、お気に召したようで」
「ええ。あんな曲や音、初めて聴いたもので……とても、とても美しかった」
「嬉しい言葉だ。俺はゴーストフリーク、また会えたら会いたいものだ」
「私はカスド。その時は是非、その――」
「アルモニカだ」
「アルモニカ、是非その楽器の
音色 を聴かせてくれ」「勿論さ」
頷いたゴーストフリークは、その足――というより実際は足は無いのだが――で会場をあとにした。
暫しアルモニカの余韻に浸ったカスドは、次の奏者の曲を単なるBGMとし、再び料理を堪能することにした。
少しして、彼は料理片手に、離れた所でキュウコンが一人でいるのに気付いた。美しい九つの尾っぽを持つ彼女。その端麗な見た目は遠目でもハッキリと窺え、一瞬カスドは惚れそうになってしまった。
すると、同じくそれに惹かれてか、毛皮で覆われた人物が彼女の元に近付いた。
「ヒュ~!」
軽やかな口笛を放った彼は、羽根付き帽を被り、パステルカラーな布服の背に矢筒を携えていた。その音に気付いたキュウコンは、彼の方を振り向いた。
「姉ちゃん、名前はなんて言うんだい?」
「セラよ」
「可愛らしい名前だ。俺はマッジ、カワウソのマッジだ。俺のいた世界じゃ、君のような美しい種族は見たことないが、なんて種族なんだい?」
「キュウコンよ」
「素晴らしい名だ! 是が非でも君に求婚させて貰いたいね」
「お生憎様。あたし、あなた見たいな不躾なお方は好みじゃありませんの」
「最初は誰だってそうだが、そのうち俺の魅力に取り憑かれるぜ?」
この光景を遠巻きで見ていたカスドは、色んな奴がいるもんだと、最終的にマッジが自身に興味がないと
唆 されて立ち去るのを傍観しながら、料理をパクパクと頬張った。「けぷっ……んむ、少々食べ過ぎたか」
どうやらカスドは、周りの真新しい雰囲気に満腹感が抑え付けられていたようで、気付かぬ内に結構な量の食事を取っていたようだ。
彼は取り皿を返却し、招待カードより本会が自由退場であることを知っていたため、今回はこれにて帰宅することに決めた。
会場をあとにして転送室に戻ると、彼はそこから元の世界へと帰った。テレポートすら知らぬ彼には二度目の転送だったが、もう殆ど慣れた様子で、今日一日を胃袋と共に満足していた。次回からはクロスオーバーな交流会を、もっと大いに楽しめることだろう。
了