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  著者  :脹カム

 作成日 :2009/07/22

第一完成日:2009/07/25

 

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 いつものようにマグダレンは、惑星ドーガンのモーゼにあるベイテムの家で過ごしていた。無闇に外を出歩き過ぎれば、神経を尖らせているであろう秘密組織達に捕まる可能性があるからだ。だから食材などは、ベイテムが仕事終わりに大量購入し、それを彼女が調理していた。しかし彼女は、二年半ほど前までの地球宇警としての束縛に比べれば、今の状況でも充分自由に値していた。

 そんな彼女は、彼と一緒にいられて本当に幸せだった。勿論結婚は出来ない。しかし彼がそばにいるだけで、彼女は何よりの心地よさを覚えた。それは、彼の大きくて柔らかなお腹のおかげかも知れない。彼も彼で、彼女のあらゆる行為が何より嬉しかった。

 玄関の扉が開き、そこからは、以前よりも格段にぶっくらとしたベイテムが帰宅して来た。どうやらかなり疲れているようで、彼女の最高に美味な料理を食べ過ぎ、太り続けたのがとうとう(=たた)ったのかも知れない。

「買って来たぞ、マグダレン」

「ありがと。それじゃ早速料理するわ」

「いや、ちょっと待ってくれ」

「何?」

「少し外を散歩しないか?」

「散歩? 珍しい事を言うわね。それにあなた、結構疲れてるんじゃない?」

「はは、そうかも知れない。でもだからさ。仕事場の同僚に『さすがにお前、このまま行くと動けなくなるぞ』って言われて、運動を催促されたんだ」

「なんだそういう事。そうね、あなたまた太った見たいだし、そのツナギもきつそうだし」

「そりゃあなんてったって、君の料理が美味過ぎるからな」

「褒めてるの、それとも貶してるの?」

「まさか! 褒めてるに決まってる。同僚の助言が無かったら、このまま君の料理を食べ続けて、そして言われた通り動けなくなってるさ」

「確かにあなた、食欲だけは一段と凄いものね。それなら分かったわ、少し外を散歩しましょ。でも運動で疲れて、いつも以上に食べたら元も子も無いからね?」

「分かってる分かってる。なるべく注意するよ」

 そして二人は、ベイテムが荷車で買って来た食材を特大冷蔵庫にしまい込むと、家の近くを散歩し始めた。彼の仕事終わりなので、時刻は夕方。元々空が暗いここでも、この時間になると街灯無しでは歩けなくなる。

 しかしそんな時間だからこそ、作業員も周辺住民達も家に滞在しており、散歩には適していた。異種族(特にドーガンが敵対する地球人)と歩くベイテムが、当然のように怪しまれ、秘密組織にもばれる可能性があるからだ。

「……なあ、マグダレン」

「なぁに、ベイテム?」

「その、さ……俺達、宇宙共通法に基づいて、あまりこう、嫌らしい事はして来なかっただろ?」

「え、ええ。そうね」とマグダレンは、唐突な内容に少し焦った。まさかここで、そんな事を?

「それでさ、俺達はもう二年半近くもこうやって一緒に過ごしてるだろ? だから、その、一度だけでも良いから――」

「口付けを交わそう、って事?」

 答えを先に言われ、今度はベイテムの気が動転した。元々この言葉自体、彼にとっては動揺の要因なのだ。

 すると、意を決したのか、マグダレンは自ら両目を瞑り始めた。彼の胸はドキっと高鳴り、散歩という運動に因るものの他に、ひんやりとした汗を掻き始めた。

 彼は、静かに項垂れた。諦めたわけではなかった、しかし、彼には出来なかった。

「……! ちょ、ちょっと何をす――!?」

 マグダレンは、背後から近付いていた何者かに、突如クロロホルム的な物を浸み込ませた何かを口に押し付けられた。咄嗟に目を開けようとしたが、そこも強く手で押さえられ、彼女は暗い視界のまま、力が抜けてその場にどさりと倒れてしまった。その後数秒間は意識があったが、辺りには静寂だけで、なんの音も(=・・・・)しなかった。

 

「オーベイテム、これで分かったよな?」

「は、はい。しかし俺は、ちゃんと引き止め役として責務を果たしたはずです」

「しかしお前は、随分と本気だったじゃないか。本当に恋をしていたんじゃないのかね? ドーガンとしてのプライドを捨てたような悪言もあったしな」

「そ、それは……」

「とにかく、これ以上屁理屈を漏らすようなら、お前の体をもっと肥やしても良いんだぞ」

「そ、それだけは勘弁して下さい! それでは仕事どころか動く事が――」

「お前は彼女の料理を貪り、動けなくなるんじゃなかったのか?」

 ベイテムは言葉を呑み込み、口を閉ざした。

「安心しろ、君もゴードンという犬族を見ただろ。特殊(=・・)な脂肪による肥満化は見事に成功している。それに何より君は生粋のドーガンだ、彼らよりは肥満耐性が強いはずだが? まあ今回は、自分の過ちを確りと反省する事だな」

「はい……失礼しました」そう力無く返答したベイテムは、踵を返すと、この部屋を出て行った。その動きは以前よりもつらそうで、えっちらおっちらとしており、彼が普段身に着けているツナギは、いつの間にか新品同様の物に代わっていた。

 そんな彼を見送った謎のドーガンは、静かに独言を吐いた。

「肥満化に関しての実験は大成功。そして今度はマグダレンという大きな材料が手に入った。彼女は蜥蜴族――DNA構造が似ている犬族より、よっぽど素晴らしい実験体だ。新しくカプセルも新調したし、彼女のおかげで『ドーガン化』の完成はもはや目の前……くふふ」

 忍び笑いを漏らしたそのドーガンは、机の抽斗(=ひきだし)を開けると、そこから捕獲用の光子網銃を手に取った。それを身に纏った白衣のポケットにしまい込むと、彼はゆっくりと安楽椅子から腰を持ち上げて、ベイテムと同じく部屋を去って行った。

 

 気が付くと、マグダレンは何処か見知らぬ部屋にいた。いや、正確には彼女は、その部屋にある、透明板に囲まれた何かに収容されていた。体中に纏わり付くのは水のような液体。その浮力のおかげで、彼女の体はぷかりと軽くなっていた。

 だがしかし、彼女には体中でずしりと来たり、また何かが揺蕩(=たゆた)ったりするような、甚だ奇妙な感覚も感じていた。

 一体これはなんなのだろうか。彼女は気になって、頭と目線を下に下げた。

「――!? こ、これ……な、一体なんなのよ」

 彼女の目には、大きく突き出たお腹のようなものが映り、更にそれらは多くの毛で覆われていた。勿論蜥蜴族である彼女に、毛などが生える筈はない。

 試しに彼女は、自分の体を軽く揺すって見た。すると視界に映った物も、水中で踊るように波打ち、その感覚が神経に伝わって来た。

「そ、そんな……これが、自分の体だって言うの? う、嘘、嘘よ――いやぁぁぁあ!」

 マグダレンの体は、カプセルの半ばほどにまで膨れていた。その姿は、空気を入れた風船見たいなものではなく、食欲に執着し切った化身のように、その体構造を壊してしまうほどに、常識を逸脱して脂肪が身に付いていた。まるで水中という今の環境が、尚も彼女を食べる事に溺れさせようとし、全身に毛が生えている事から、犬族にも成りつつあるかのようであった。

 ふと、彼女は理解した。少なからず今の状況は、ゴードンと同じ実験をされているのではないかと。だがそうと分かった所で、彼女には特別何も出来なかった。闇雲に動こうとしても、全身を特殊繊維の紐で羽交い締めにされ、身動きが取れないからだ。

 地球宇警を辞め、この惑星ドーガンで救いとなる人物はたった一人。それはそう、夫のベイテムである。しかし彼の手は、紛れも無く彼女に届く事は不可能で、それを知る由もない彼女は、ただこのカプセル内で、自分の体が見る見ると肥え、犬のような容貌にへんげして行くのを、ただ只管(=ひたすら)味わうしかなかった。

 彼女は、頭の中でベネディクト警視の事を思い出すと、彼に「ごめんなさい」と無言で謝った。

 

 

 

 ベネディクトは今、総合宇宙センターの宇宙港にいた。地球で言う小学校を卒業し、立派に成長したビリーを待っているのだ。最後に彼と会ったのは、私的な事で怒鳴ってしまった三年前。あれ以来彼はどんな風に変わったのか、ベネディクト自身非常に楽しみだった。

 海洋星では、ビリーほどの年齢になると、一人前の大人として認められる。勿論中学校に値する教育機関もあるが、既に彼は、父フォ・ロラ宇警警視監と同じ職場に就いており、勤めもちゃんと果たしていた。

 そんなビリーが、昔と比べて如何ほど大人になったのか、ベネディクトがあれこれと想像を巡らしていると、宇宙港のゲートから、一際大きくあからさまに肥満したドルフィニアンが、のっそのっそと現れた。ベネディクトよりも身長は高く、渾円(=こんえん)としたその体は、正に巨大な脂肪岩そのものであった。

 そのドルフィニアンは、地球の海豚族とは違って汗水を垂らしつつ、大層なお腹を左右に大きく揺らしながら大仰に歩いており、異星人の強堅さを仄めかしていた。

「ベネディクト警視!」そう彼は言った。

「やあビリー、久しぶり。それにしてもまた、随分と大きくなったな。今や私以上じゃないか」

「でも職場じゃ、身長が二メートルに行ってないんで、未だ子供扱いですよ」

「そりゃあ仕方が無いさ。地球宇警局海洋星支部に入って間も無いんだから。それでも、随分と大きな子供ではあるがな」

「そうなんですよ。自慢じゃないですが、体の大きさは職場で一番なんです」

「あっはっは! 昔から君の体は、並外れて大きかったからな」

「やっぱり、九〇〇キロはさすがに重過ぎだって言われましたね」

「きゅ、九〇〇!? それじゃあビリー、君はもう体重だけでは、お父さんを優ったわけか」

「えへへ、そうなんですよ――父も『ここまで大きくなるとはな、少々甘やかし過ぎたか?』って言ってました」

「しかしそれでも、お父さんは君を溺愛してるんじゃないのかい?」

「ええ。入職祝いに食べ物を百キロも社宅に送って来て、置き場に困った程です。でもやはり、亡き母を思う気持ちなのかも知れませんね」

「なるほどな。しかし君からそんな立派な言葉が聞けるなんて、ほんとに成長したんだな。私も嬉しいよ」

「ありがとうございます」

「さてと、ここで長話もなんだから、砂漠・海エリアで泳いで行くかい?」

「いえ、それよりも食堂でヴィーラさんの料理を食べたいです。もうお腹ぺこぺこで」

「はははは、君の体じゃあ無理もないか。良し分かった、それなら食堂に行こう」

「はい」

 ベネディクトは中央エリアへと戻り始め、そのあとにビリーが従った。道中で彼は、背中で明らかに巨大な存在を感じていたが、それはその者自体の大きさの他に、今尚成長している逞しさなど、内面的なものも同時に感じ取っていた。

 

「やあヴィーラ」とベネディクトが食堂に入るなり、厨房で働く鷲族に声を掛けた。

「あらベネディクト警視。それとそちらにいるのは……えっ、もしかしてビリー?」

「はい。ヴィーラさん、お久しぶりです」

「なんて立派に成長したのかしら。今もまだ学生なの?」

「いえ、今は海洋星の地球宇警局で働いてます。父と同じ職場です」

「そうなの、凄いじゃない! でもほんと、吃驚したわ、こんなに大きくなっちゃうなんて。少し前はあたしよりも小さかったのに、今じゃ警視よりも大きいなんて」

「しかもヴィーラ、ビリーはフォ・ロラ宇警警視監よりも体重が重いんですよ」とベネディクトが補足。

「あらま、じゃあそこだけは遂に父親を越えたのね」

「あまり誇れる物じゃありませんが」そう言いつつビリーは、嬉しそうに頬を赤らめた。

「それにしても、丁度良かったわ。実はね、あたし今日限りでここを辞めるのよ」

『な……なんですって!?』

 ベネディクトとビリーは、驚きに声を合わせて叫んだ。それにヴィーラは、沈着な返答をした。

「ここの厨房はね、もう人手が充分なのよ。だけど近くで人手が足りない場所があって、あたしはそこに行く事にしたの」

「そこは、何処なんだ?」とベネディクト。

「三年前に警視が助けた、あの夫婦の所よ。あたしはちょくちょくフレッキと話したりするんだけど、最近料理の手が回らないらしいのよ」

「ああ、それはきっとゴードンのせいだな。褒賞として家と永久生活費を受け取って以来、彼は食事に徹してるって噂だ」

「でもそれは、実験材料にされたからなんでしょ?」

「まあな。だがそれはフレッキにも言える事だ。少々ゴードンは、向こうで甘い汁を吸い過ぎたようだな」

「ふーん、なるほどねえ。まあとりあえず、そういうわけであたしは今日で仕事を辞めるの。だからこの時にビリーが来てくれて嬉しいわ。お祝いに今から、タダでたっぷりと料理を作ってあげるわよ」

 その言葉にビリーは、声を弾ませながら答えた。

「やった! ヴィーラさんの料理は僕の中で一番好きですし、最後になるんでしたら徹底的に味わいたいです」

「覚悟しててねビリー。あなたのそのお腹が破裂しちゃうぐらい、ふんだんに作っちゃうわよ」

「えへへ、宜しくお願いします」

 やがて、ビリーの元には、ヴィーラ特製の山なり料理がこれでもかと運ばれて来た。そして宣言通り、それらを限界まで味わったビリーのお腹は、ただでさえパンパンなのに、余計に膨らんで本当に破裂しそうだった。

「ちょっと作り過ぎちゃったかしら?」と、コックコートを脱いだヴィーラが、彼の大きく膨らんだお腹を優しく摩った。

「う、うひゃ――ヴィ、ヴィーラさん、(=くすぐ)ったいですよ」

「あらごめんなさい。ついうっかり、こんな真ん丸なお腹を見てたらねえ。やっぱりドルフィニアンって凄いわ」

「いや、多分僕だけですよ。それに今日は特別な丸です。ヴィーラさんの料理がこれで最後なら、(=とく)と食べておきたかったんで」

「ありがと。それと御免ね」

「大丈夫ですよヴィーラさん。でも、また会えた時には料理を作ってくれますか?」

「勿論よ。それじゃあビリー、またね。それとベネディクト警視も」

「ああ、頑張ってなヴィーラ」

 

 テレビを見ると、犬族の俳優が、もう一人の犬族と決闘する場面が流れていた。甲冑を着た両者は、間合いを取りつつ、静かに時を見定め、お互いの波長が一致した正にその時、相手目掛けて勢い良く駆け出した。

 両者は刀を鞘から引き抜くと同時に、打ち合い、鍔迫り合って再び打ち合い、双方の緊迫した死闘が始まった。

 暫くして、俳優の犬族が刀を大きく振り翳すと、渾身の力で相手の刀を叩き落とし、その返しで相手の鎧を断ち切ると、残りの勢いで三度目の斬り付けに入った。すると見事、刀が向こうの体にめり込み、相手は本当に切られてしまったかのように出血して、そのまま俯せに倒れた。

 息絶えた相手を見下ろす勝者。かっこよく刀を鞘に収め、キリっとした目付きで明後日の方を向くと、静かに「我が名は眼義(=ガンギ)、正義を見定める者」と締め括り、画面がフェードアウトした。

 どうやらエンディングに入ったのか、次にはテロップが流れ始めた。様々な役柄と本名の名前が流れる中、先ほどの主人公と(=おぼ)しき眼義の役をしていた犬族の欄に、括弧付けで事務所の名前が出されていた。

「あっ、俺がいた事務所だ」

「何ゴードン、あんた役者やってたの?」とフレッキが、信じ難くも尋ねた。

「ああ。だがロボットにばかり良い役とか迫力あるシーンをやらせて、俺のような下っ端は脇役の雑魚の、更に目立たない死に役ばかりだったから、嫌になって辞めたんだ」

「それは仕方無いじゃない。さっきのような斬られ役だったら、あんた現実に死んじゃうでしょ」

「まあな。それは分かってはいたが、でも当時はロボット達が本当に憎くかった。けど今思えば、俳優なんかしてなくて良かったと思ってるし、彼らのおかげだと思ってる」

「なんで?」

「あいつらがいなければ、俺は今でも俳優を目指して体を張っていただろう。だが実際、こうやって食べたい物を好きなだけ食べて寝るだけの生活が、一番幸せだって分かったんだ。それに、羞花閉月(=しゅうかへいげつ)な妻も持てたしな」

「それって眼義の台詞じゃない。そんなお世辞を言ったって、お代わりは出さないわよ」

 図星だったのか、ゴードンは「ちぇ」と漏らした。

「あんたにばっかり食事をやってたら、あたいの分が無くなっちゃうでしょ」

「そうだけどさ、俺は腹が減ってるんだよ。あーあ、女将の時は良かったな、否が応でもどんどんと飯を作ってくれたじゃないか」

「住民達の手伝いもあったからよ。今じゃ一人だし、それに昔と違ってあんた、あたい以上に太っちゃったじゃない」

「それはあれだ、実験のせいさ」

「あたいだって同じよ。全く、だから男は怠け者なのよね。食い意地ばっかり張って食べてるだけじゃない」

「そう言って、実はちゃんと俺の事も考えてる癖に。知ってるぞ、俺の為に調理師を呼んだんだろ?」

「あら、ばれてたの? でもそれはあたいの為でもあるんだからね。あたいだって腹いっぱい食べたいのよ」

「それじゃその内、俺達は二人共、ドーガンでも驚愕のデブになっちまうだろうな」

「あんたはもうその域でしょ。太り過ぎで動けないんだから」

 するとその時、呼び鈴が鳴り、フレッキは玄関口に向かった。

「どちら様?」

『あたし、ヴィーラよ』

「あらヴィーラ! 今回はありがとね、態々来てくれて」そうフレッキが玄関の扉を開けると、そこには脹雀(=ふくらすずめ)のように丸々と太った、彼女よりも身長が低い女鷲の姿があった。

「当然よ。総合宇宙センターの中央エリア食堂は、人手がもう充分だからね。それにデブの事は、デブが一番良く知ってるって事」

「もう、あなたがデブって言っちゃったら、あたい達はなんなのよ。まあいいわ、とにかく上がって。あなたの部屋は二階で良いのよね、それなら丸々使って頂戴」

「いいの?」

「褒賞でこの邸宅を貰っても、あたい達はこんな体だし、上まで行けないのよ」

「でも実験では、動けるように体が出来てるんじゃなかったかしら」

「構造上はそうでも、やっぱりここまで脂肪が身に付いちゃうと、階段でどっかの肉が突っ掛かっちゃうのよ」

「それは大変ねぇ……分かった、なら遠慮なく借りるわ。それに助手達も来る事だしね。それとゴードンは何処かしら、惑星ドーガンに旅立つ前に食堂で一度見た切りだし、挨拶だけはしとかないとね」

「そうね。彼なら奥の調理場の隣、あたいの部屋の向かい側よ」

 フレッキに案内され、ヴィーラは廊下を進んだ。そして案内された部屋の前まで来ると、彼女はそこで足を止めた――正確には、それ以上先には進めなかったのだ。

「あらま、あなたがゴードン?」

「そうです。今日から宜しくお願いします」

「それにしてもまあ、なんというか……凄いわね、部屋丸々一つ分太っちゃうなんて。メタモルフォーゼならぬ、メタ(=)ルフォーゼって感じね」

「そういう次元じゃないと思うけどね」と言いつつフレッキは、ヴィーラの冗談に大笑いしていた。

「どうやらあたしの仕事は、早速始まりそうね。大黒柱を満たしてあげないと」とヴィーラが、コックコートも着ていないのに、腕を(=)くる動作をした。

「柱って言うより、あたいの夫は床って感じだけどね」

「あははは! 確かにそうね、このまま行けば彼自身、床になっちゃいそうだしね」

 そんな彼女達の談笑に、話題の中心であるゴードンが「頼むから二人とも、腹ペコで死にそうなんだ、早く何か作ってくれないか?」と懇願した。それに女性同士二人は、くすくすと笑った。

「大黒(=)のご命令ね。じゃっ今すぐ取り掛かるわ。フレッキも自室で待ってていいわよ」

「えっ、でもあたいは――」

「あなただってお腹空いてるんでしょ? それなら待ってなさいって。大丈夫、あたしはビリーっていう超体の大きな海洋族に何度も料理を作ってあげてたから、二人分の量なんて軽く拵えるわ。それにあとで手伝いも来るし、人手は充分よ」

「助かるわヴィーラ。じゃあお言葉に甘えさせて貰おうかしら」

「そうして」とヴィーラは、廊下の奥にある特大の調理場に入ると、すぐさま仕事を開始した。フレッキは彼女に料理を全て任せる事にして、夫ゴードンの真向かいにある自室でゆったりと腰を落ち着けた。

 それからヴィーラは、やって来た助手達に二階の部屋を適当に分配させると、皆と一丸になって盛大な料理製作をおこなった。それらが盛られた特大大皿は、運んでも運んでもすぐに、まるでブーメランの如く手元に返り、厨房とその隣室二部屋の間を、調理師達は世話しなく行き交った。

 

 誰かの家の床を、配達員が歩きづらそうに行ったり来たりしていた。その先には、涙を(=)らして両目を真っ赤に染めた、肉叢(=ししむら)に成り果てたベイテムの姿があった。

 彼は今日も悲しんでいた。騙すつもりはなかった、本当にマグダレンを愛していたから。しかし彼自身の身分によって、愛する彼女は奪われ、不運にも実験材料にされてしまった。そんな悲哀と罪悪感に囲まれ、自らの境遇を呪う彼は、仕事を辞めて自宅に引き籠り、彼女の存在を極微にでも味わおうと、愛妻料理に近い食べ物を必死に貪り続けた。食料が尽きないこの惑星ドーガンだからこそ叶う事だが、それは逆に、彼の体により一層の脂肪を蓄えさせてしまった。

 ベイテムの体は今や、自宅の床を埋め尽くしていた。感情の重圧に押し潰されないよう、自身の体を強大にするかの如く。

 

 

 

「なぁ、<カーフェラッファ>の女将が入れ替わるって聞いて、彼是もう三年以上不在のままだよな。一体いつになったら新しい女将はやって来るんだ?」

「知らないよ。でもここまで待ったからには、フレッキ以上に豊満な体であって欲しいね」

「そうだな、女将としてのあの風格と体付きが、俺達にはたまらないもんな」

 丁度その時、この集合住宅に、見知らぬドーガンが入って来た。重々しい足取りの音に、誰もがそれに気が付いた。

「ん、誰だ?」

 彼らが目にしたのは、周りのドーガン達より六、七倍以上も肥大し、この入り口を通るのもギリギリなほど肉々とした女ドーガン。明らかにカウンターには入れないその超極(=ちょうごく)肥満体な彼女は、一度深い溜め息をついてから、(=おもむろ)にこう答えた。

「自分はここの女将、マグダレンよ」

 

 

 

  完


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