たまにはダークな太膨を——と思って書いてみたら、成り行きで肉塊じゃなく水膨張的な感じになってしまいました。まっ、これもたまにはいいかな?
戒めの言葉、落ちてはならぬ場所——ボトムレス・デプス
・第一編
世の中に、もしもう一人の自分がいたら……そう考えたことはないだろうか
そして仮に、そのもう一人を、自分の道具として使ってしまったら?
今回の物語は、そんなことをしてしまった、とある鮫のお話です
†もう一人の自分がいる†
「あーあ、面倒くさ」
ワーキングチェアに凭れかかり、デスクにあるパソコン用のディスプレイを眺めながら、鮫はだるそうにした。なんでこんなことをしているんだろうか、最近良く思ってしまう考えだ。
「おい
ベップ 、ちゃんと仕事をしろ!」上司に怒鳴られ、渋々体勢を直すベップという名の鮫。営業の時は良かった、例えノルマを達成出来なくとも、少し寄り道をして一服出来たものだ。
だが三年前、この事務の仕事に異動されてからは、憂鬱になることばかりである。健康ブームとやらで、社内ではどこも禁煙。事務という仕事の関係上、社外に出ることもなく、彼はその日から、至福のひとときを失った。しかもその欲求不満を何処に爆発させたかというと、食事の方だった。
周りでも良く聞くのだが、突如禁煙などを始めると、どうもストレスが溜まるようで、多くが過食気味になるという。営業時の同僚も「たばこを止めたら食べ過ぎちゃってさ、これじゃたばこ吸ってた時の方が健康的じゃん」と言う始末。
そんなこともあり、三年前までかっちりとしていた体は、今じゃ見るも無惨な中年太りになってしまっていた。しかもまだ二十代だというのにこれでは、彼に取っての中年太りとはどんな体になってしまうのか。最悪百貫デブにもなりかねない——想像するだけでも畏怖嫌厭だ。
かったるい仕事も終わり、ベップはだらだらと自宅に戻る。そこには、淋しい一人暮らしの表れがあった。ちらかった室内のソファーに、無造作に下着がかけられ、唯一まともなのは、たった一つの癒しの場所であるテーブルだけだった。
ベップはそこに、帰りのコンビニで買って来た弁当の他、つまみの
鯣 とピーナッツに500mlの缶ビールを幾つも並べ、ソファにどっかりと座り込んだ。向かいのテレビの電源をリモコンで点け、ゴールデンタイムのお笑い番組に腹からストレスを発散させる。そしてそのあいだにちまちまと、弁当やらつまみを摘み、それらをビールで流す。更にはここでしか吸えないたばこも、今日一日分一気に吸ってやる。だが時折、こんな生活に疑問を抱く。なんで俺は、こんなことをしているのだろうかと。それと同時に、もしもう一人の自分がいれば、そいつに全てを押し付けて、自分はとことん遊び呆けられるのになと——だがそれは夢のまた夢。
ベップは、家での孤独な娯楽を堪能し終えると、テレビを消し、もう寝ようとソファーにごろりと寝そべった。そして天井照明から長ーく伸びた紐を引っ張って明かりを消すと、明日もまた仕事だと溜め息を漏らしてから床に就いた。
夢を見た。不思議な夢だった。どういうわけか、テレビしか見たことのない、他国の鼠が現れたのだ。しかも相当年の食った。
「お主、もう一人の自分が欲しいのかえ?」とその鼠が、唐突に聞いて来た。
「なんだよ爺さん。これは俺の夢だろ。だったらそんな穢らわしい姿を出さずに、美人の女を出してくれよ」
「ほっほっほっ。まあそう慌てなさんな。もしもう一人の自分が出来れば、女と接したい放題じゃぞ」
「何を馬鹿なことを。夢だからそんなことが言えるんだ。現実じゃそんなことは不可能さ」
「そうかのう? じゃったらまあ、それでいいんじゃが——もし、お主がそれを実現したいと考えておるのなら、これを飲むが良かろう」
老鼠は、懐から小さな小瓶を取り出した。ラベルは一切貼られておらず、中にはコーヒーのような黒い液体が入っていた。
「全く、こんな無駄話を夢の中でも聞かなきゃならないのか」
「無駄かどうかは、お主が決めることじゃ——」
カーテンのない窓から、ベップは太陽の温もりを感じていた。彼は目を覚まし、大きくあくびをすると、ベッド代わりのソファーから足を下ろした。
「……ん?」
俺の視線に、何やら小さな小瓶が目に入った。こんなもの、昨日買っただろうか……中の色は黒っぽく、強いていうなら——
「——コーヒー……いや、そんな冗談が」
俺は首を横に振り振り、もう一度その小瓶を、今度は熟視した。ラベルは貼られておらず、明らかに一般的な商品ではない。そして夢で見たものと、驚くほど瓜二つだった。
「これは、飲んでも、大丈夫なのか?」
そんな不安を抱きながら、ベップは自然とそれに手を伸ばしていた。そして夢現つに蓋を外すと、中の香りを嗅いでみた——匂いはない。
次には彼は、小指を中に入れて、味をぺろりと確かめてみた。無味だった。逆に言えばそれは、不味いとも解釈出来る物だった。だが決して、飲めなくはない。
小瓶に口をあて、彼はゆっくりと中身を飲み始めた。すると踏ん切りがついたのか、その後はあっという間に謎の液体を飲み切り、空の小瓶をテーブルに戻した。
そのあとにすぐ、彼は異変に気が付いた。視界が揺らぎ、ふらふらとソファーに倒れ込んだのだ——まさか毒だったのか!? 彼はそんな恐ろしい考えを浮かばせながら、意識を遠のかせた。
気がつくと、あの変な感覚は治まっていた。意識も戻り始め、ベップはゆっくりと、ソファーから上体を起こした。
「あれ、ここは……」
だがその声は、ベップのではなかった。
「だ、誰だ!?」
彼の目の前には、一人の鮫が立っていた。そして思った。なんとなく俺そっくりだな——だらしない体に太鼓のようなビール腹が、まさに特徴的だ。しかしその人物は、なんというか、凄く子供のように純粋な感じがした。
「ぼ、僕?」その鮫が聞き返した。
「お前しかいないだろ。一体何処から来たんだ?」
「……分からない。気がついたら、ここにいて」
「記憶がないのか?」
「う、うん」
「そうか……なあ、お前の名前は?」
「名前、ですか? 僕はベップって言います。それであの、ここは何処なんですか?」
まさかと、ベップ(本物)は思った。夢が、現実に? もう一人の俺が出て来た? 色々な事が脳裏を駆け巡るが、ふとこれが、人生の転機かも知れないと、この好機を見逃せないと彼は思った。
「お前、自分がしたことを忘れたってことか?」
「えっ、は、はい……もしかして僕、何かやらかしたのですか?」
「ああそうさ。俺に色んな貸しがあるんだ」
「そ、そんな! じゃ、じゃあどうやって、それをお返しすれば!?」
夢が現実となった、正にその瞬間だった。偽ベップは本当に、無垢そのものだった。白でも黒でもない、澄んだ透明色なのだ。そしてその色を塗るのが、本物であるベップなのだ。なるほど分身と言えども、中身はすっかりない状態なわけか。
「まず一つ、ここは今お前の家として借りている。お前は仕事をして、主人である俺を満足させれば良いんだ」
「満足……でも、どうやってです?」
ベップは、普段仕事で使っている大きめのスーツを示した。体型が同じだから、勿論ちゃんと使えるそれを偽ベップに着させると、ベップが普段やるべきこと——即ち昨日まで彼がしていたことと同じことを、分身に教え込んだ。仕事は勿論、念には念を入れ、ICカードによる電車の乗り方から財布のことまで、事細かく教え込んだ。
それから偽ベップは、主人であるベップの言葉通り、会社へと出勤していった。
「……マジ、か。だがこれで、俺は自由の身ってわけか」
そう呟いたベップの心の中では、言い表せない歓喜の声が上がっていた。これで俺は、仕事をしなくても遊んで暮らせる——しかも一日中!
彼はまず、何をしようかと考えた。そして真っ先に思いついたのが、キャバクラだった。やはり女たちと遊び尽くしたい、それはご無沙汰だった野生の本能であった。
まだ時刻は午前だが、彼は一日中やっているキャバクラを探すことにした。するとパソコンで簡単にそれは見つかった。しかもこの家の近くにもあった。
ベップはすぐさま、そこのキャバクラへと向かった。そして注文したスリムな海豚と鯱のボディーにお触りしながら、とにかくそこでの遊びを堪能した。だがそれが終わると、満足感だけでなく、彼には厖大な金額の請求書も残された。幸いにもツケが効く店だったので、彼は財布を忘れたと口三味線に乗せ、名前と自宅への住所と電話番号を記入して後払いにして貰うと、慌ててこのキャバクラを出た。
一旦家へと帰り、ベップは深く深呼吸をした。そしてようやく思い返した。そういえば俺には、無限にお金があるわけじゃないと。
「クソ、金と時間の比率が悪すぎる」
これでは充分に余生を楽しめない、そう思った時だ。ふと彼に、ある考えが過った——よし、それなら……
酒やらつまみやらを嗜みながら、ぐうたらとソファーに寝そべっていたベップ。そこに、偽ベップが帰宅して来た。
「ただいま帰りました、ご主人」
「おお、おかえり」
そう言うとベップは、だるそうにゆっくりと体を起こし、続けた。
「実はな、お前に話がある」
「はい、なんでしょうか?」
「今の俺は、全然満足出来ていない」
「——! で、では僕はどうすれば!?」
「そう焦るな。いいか、この家はお前にくれてやる。その代わり俺は、隣の小屋で寝泊まりする」
「えっ……でも、それではご主人が——」
「気にするな。俺はそこで休みを取れれば充分なのさ。それ以外は遊びに向かってるからな。だからそのための資金を、俺にくれればいい」
「なるほど! でも、幾らぐらいですか?」
「それは、給料日あとに教える。そしてその金額分確りと働き、その金を俺に渡してくれ。残りはお前のだ」
「あ、ありがとうございます!」
深々とお辞儀をする分身に、ベップは笑みを漏らさずにはいられなかった。
それからベップは、初めは偽ベップのことも考え、貰うお金を二万程度から始め、それを少しずつ増やしていくことにした。三万、四万、六万、八万……彼は、分身が
音 を上げたら、譲渡金を引き上げるのを止めようと考えていた。しかし偽ベップは、つらい素振りも見せず、逓増するその金額を、しっかりと主人に納めていた。気が付けばベップは、元々の月給に匹敵するほどのお金を受け取っていた。最近の偽ベップは、仕事終わりにも副職として夜間のアルバイトをしており、かなり頑張ってお金を稼いでいるからそれが可能だと、ベップは思っていた。だがそのことに関し、やや罪悪感も感じていた。
しかしながら、一度甘い蜜を吸ってしまえば、そこから抜け出すのはなかなか難しい。今やベップは、すっかり分身に甘え切っていた。
一年が経過したある日。日々遊びまくって金をまき散らす主人のベップは、また少し太ってしまっていた。ズボンがきつく、そのベルトの上に、重さに耐えられなくなったお腹が疲れたように足を乗せる始末。だがこれは、今までの酒太りとは違い、完全なる欲太りであった。
対して分身の偽ベップは、激務の末、少し腹回りが凹み、やつれているようにも見えた。だが主人の前では、心配をかけてはならないと、彼は笑顔を振りまいた。
そんな偽ベップが、本職の仕事を終え、一旦自宅へと帰り着いた時の事だった。主人は既に遊びに出かけており、ここは今は無人のはず——だが玄関前には、二人の男が立っていたのだ。
「よお、ベップ」
そこにいたのは、厳つい顔をした鯱と鯨だった。黒いスーツを纏い、サングラスをかけたりアクセサリーをじゃらじゃらと身に付けたりしており、明らかに良からぬ相手である。
「あ、あなた方は……」
「そろそろよ、お前の借金も膨れて困るんだよなぁ。幾らだったか、一千万か、二千万か? いや、利子を付けたら一億かな」
「そ、その、それは——」
「なあベップ、いつになったらその金、返してくれるんだい? このままいけば、一日の利子が十万とかになっちまうぜ? そんな金、お前に払いきれるのかよ? この家を担保にしたって全然足らねえぜ?」
「ご、ごめんなさい、でもいつかは——」
すると鯱が、ベップの肩をがしと掴み、扉にがんと押しつけた。
「いつかじゃ遅えんだよ! ちゃっちゃと金を払わねえんだったら、一つケジメを付けて貰うぞ」
鯱は手を離し、今度は鯨が、偽ベップの腕をぐっと握り締めると、彼を用意していたベンツに拐かした。
「でよ、またそのベップって奴がクソでさ。俺に一億もの借金をしてやがるんだ。だから初めてここへ来た時、俺は金を払えなかったってわけさ」
「そういうことだったのね。でも良かったわ、ちゃんと返してくれてるおかげで、あなたがここにいられるんですもの」
胸の大きな女海豚が、ベップに向かってその部分を頬に擦り付けた。彼は溜まらず笑みを浮かべ、テーブルからドン・ペリニヨンを豪快に一気飲みした。
「げふ! おっと失礼」
「うふふ、お客さん、今日は随分と楽しんでくれてるのね」
女鯱が、彼の膨れたお腹を優しくなぞった。本当だ、どうやら今日は、相当飲み食いしているようだ。
「へへ、そうだな。だが俺にはまだまだ物足りねえぞ。おい、ドンペリをもう一瓶——いや、彼女達のために三瓶だ!」
気前よく自分の女達にもシャンパンを配るベップは、彼女らから多大なる歓声と賞賛の言葉を浴び、益々上機嫌になった。そしてやって来たシャンパンを、再び豪快に呷ると、またお代わり。それを彼は、いつものように何度も何度も繰り返した。
ベンツが到着した場所は、明かりが遠いどこかの港だった。偽ベップは鯨に、そこの波止場まで無理矢理連れてこられ、同行している鯱は携帯電話で誰かと会話をしていた。
暫くして、鯱は通話を断つと、ベンツのトランクから何やら道具を取り出した。コンクリートブロックに、それとロープ——それを見た瞬間、偽ベップは本能的に死を察知した。そして予測通り、彼の鰓、両腕、両足、尻尾はロープに縛られ、特に両足に至っては、ロープの先にコンクリートブロックが括り付けられていた。
「た、助けてください! お願いです、何でもしますから!」
「黙れ。ボスからの伝言でよぉ、お前はもう使い物にならんてさ。だからとっととケジメを付けて海に飛び込みな」
「そん、そんな! お願いです、やめてください、一生のお願いですから——」
「るせえ! さっさと落ちやがれ、この泥棒鮫が!」
偽ベップは、鯱の足でどんと背中から蹴落とされ、海へと落っこちてしまった。
水中で彼は、どうにか浮上しようと奮闘したが、あらゆる運動器が縛られている上、重しとなったコンクリートブロックがあとを引き、体はどんどんと底に沈んでいった。鰓も使えず、息苦しさのあまりに彼は、ごぽごぽと最後の言葉を発した。
「だ、だずげで……」
踠き苦しみ、必死に体をうねらせるが、それは単なる無駄骨に過ぎず、仕舞いに彼は、どんどんと海水を飲み込んでゆき、腹部がはち切れんばかりに膨れていった。しかも不思議なことに、この地獄は予想以上に長く続き、なかなかそこから離れられずにいる彼は、悶えながら計り知れない水量を飲み込んでいった。
やがて、ふと全身の骨がなくなったように脱力した彼は、とうとう安楽の世界へと落ちていった。
「ねえお客さん、本当にお腹、大丈夫なの?」
「ひっく、らいじょうぶ(大丈夫)っれ?」
「相当飲んだんじゃない?」
ベップは、自分のお腹を下に見た。確かに、お腹のせいでズボンが見えないが、どうやらそこのボタンがいつの間にか外れているようで、更には服からお腹が出ていたのだ。だが酔っ払っていた彼は、そんなこと気にもとめなかった。
「らいじょうぶらいじょうぶ。おーぅい、もう一本ろんぺりらあ!」
しかしその時、隣にいた女海豚が、彼のお腹を指さして戦いた。
「いや、何これ!」
「ろうしらんらい(どうしたんだい)、お嬢りゃん?」
ベップは、彼女の指さす自身のお腹を今一度見た。するとなんと、彼のお腹がずん、ずんと、まるで赤ちゃんが内側から蹴っているかのように揺れ、そのたびに少しずつ膨れていたのだ! このでか腹は、ドンペリのせいなんかじゃない——彼の酔いは、一瞬にして覚めた。
「ろ、ろうなっれるんら! お、おい、俺に何か飲ませらのか!?」た行の呂律が回らないまま、彼は恐怖に叫んだ。
「し、知らないわ! 店長、店長!」
鯱の女が、慌てて店の奥に戻った。他の女達は、腰を抜かしてその場で硬直していた。加えて回りでも、この状況に気がついた客やその相手をしていた女達が、じっとベップに目線を配っていた。
「う、く、苦しい……ろ、ろうなっれいるんら……」
今や彼の服は、内側からの圧力でミチミチと断末魔の音を出し、遂にはベリッと裂け「ブチ! ブチブチバリッ!」という遺言と共に、ボタンが爆ぜてしまった。すると、拘束を解かれたお腹が自由を求めて飛び出し、膨張が急加速したのだ。
「キャー!」
周りの女達が、ようやく金切り声を上げて逃げ始めた。それを皮切りに、他の客や女達も、一斉にこの店から去っていき、事態を聞いて駆けつけた店長と先ほどの鯱も、今のベップの姿に青ざめ、店の外へと逃げてしまった。
ベップはただ一人、店内に取り残された。自身も外へと出ようとしたが、時既に遅く、足に力を入れても立ち上がらず、体を左右に揺すっても座った体勢からは抜け出せなかった。
全ては“遅過ぎた”のだ。開脚した足を覆うほどに膨れたお腹は、その重量と共に足を制し、やがては耐えきれないほどの至極の重さとなり、彼は恐怖と苦しさに酷く喘いだ。
「はあ、はあ……ぐ、ぐるじい……ひぃ、ひぃー!」
走馬燈のように過去を振り返る暇もなく、ベップは混沌とした地獄を、長きに渡って味わった。
何処まで大きくなったか、やがて腹部の膨張が治まった時、彼はようやく意識を失った。
「……非道な奴……」
そんな言葉が聞こえ、ベップは目をあけた。すると真っ暗な背景の中に、分身の偽ベップが立っていた。
「べ、ベップ? なあ、ここは何処なんだ?」
「僕を、扱き使ってたんだね。聞いたよ、全部」
「聞いたって、何をだ?」
「そんなの関係ないよ。ただ一つ言えるのは、本物のベップ、あなたはずっと、このボトムレス・デプスに落ち続けるってことだけ」
その刹那、偽ベップの姿が、ゆっくりと闇に溶け込み始めた。
「ちょ、ちょっと待て! ボトムレス・デプスって、一体何なんだ?」
「すぐに分かるよ——」
そして偽ベップの姿は、すっかりと暗闇に消え失せた。
直後の事、ベップは一瞬無重力状態になり、そのままどぼんと水中らしき場所に落ちた。彼は慌てて水面に出ようとした——が、手足が動かない。尻尾も、鰓もだ! まるで何かに縛られているようで、泳ぐために必要な行動が一切取れなかったのだ。
「だ、だずげで……!」
その声も空しく、彼は息苦しさのあまり、どんどんと水を飲み続けた。だがキャバクラの時とは違い、一向に意識は遠のかず、苦悶を鮮明に感じながら、彼は水の中でさえ圧迫感を感じるほどに膨れ上がっていた。
遮るもののないこの水世界。彼のお腹は遙か彼方にまで膨らみ続け、それは終わることを知らなかった。
戒めの言葉、落ちてはならぬ場所——ボトムレス・デプス
今日もまた一人、その場所へといざなわれてしまった
・第一編 終