作成 2007-08-06 17:12
完成 2007-08-06 18:04
更新 2007-08-06 18:05
宝籤が人を惑わす。そんなこと、よくある話だ。
だが実際、それが及ぼす影響は個々人、また国によって違う。
金遣いが荒くなったり、友人、親類関係が崩れたり、様々だ。
俺の国では、宝籤はジャックポット形式で、億万長者や株主達も多く参加し、莫大な大金を得られる時がある。
今年、その宝籤の大当たりが来ない十年目にあたる。配当金も、これまで以上に恐ろしいものとなった。
そんな宝籤を、遊び半分で買った俺――だが、まさか本当に当たるなんて!
俺が得た配当金は十兆円。千載一遇の金額だ。おかげで、周りから金目当てで狙われる始末。
しかしそれ以外には問題はなかった。俺には親族も友人もいない。
だから俺は、巨大な邸宅を買い、ガードマン兼使用人をこの有り余る大金で雇い、後は自宅で過ごせば問題無しなのだ。
どうせ俺は元々出不精だったし、問題はなかった。
そして俺は一日中家で過ごした。テレビを見て、ゲーム買ってを遊んで、漫画も買って読んだ。
腹が減ったら使用人を呼び出しデリバリーピザを注文する。残りの時間はお菓子を貪りつつ趣味に没頭。
それでも俺の金は一向に減らない。十兆とは大金だ。使用人にも十分な給料を与えられ、そんな生活が一生続く。
7XLサイズのタキシードが入らなくなった。別に俺は気にしなかったが、使用人達からダイエットの催促を受けた。
俺は切れた。俺の金で雇った使用人に、俺の自由を奪われてはたまるかと、久々に憤激した。
今度は8XLのタキシードを着させてもらい、いつも通り食べ放題の店のように自由に食べ続けた。
俺の腹は膨れ、あっという間に今の服がはちきれそうになった。使用人達は再び俺に健康の御託を並べたので、俺は再び切れた。
健康何てどうでもいい。死ぬときは死ぬんだから、この金がなくなるまで自由に使ってやると断言した。
どの家より良い給料を貰う使用人達は、勿論それ以降何も言わず、俺の命令を躊躇なく聞くようになった。
そして気付けば、シャツがびりびりと破けて行き、それとジャケットのボタンが弾け飛んだ。
俺は面倒だから、タキシードを着るのをやめようとしたが、使用人達の説得で、この意見だけは唯一飲み込んだ。
だから特注の15XLまで伸びるタキシードを作って貰った。これで少しは見た目が良くなるだろうと使用人は思ったらしいが、
俺は見た目何て気にしない。面倒だから全部素手で料理を食べることにした。こればかしはどんな説得でも動じないよう臍を固めた。
おかげでタキシードは食べかすと染みで汚れ、気付けばこのタキシードも、なにやら縛られる感じがした。
だけど俺は腹が空いていたので食べた。そしたら、タキシードが粉々に千切れてた。まあどうでもいいことだ。
俺は動けなくなったので、使用人達全員が俺の手代わりだ。
料理を全て俺の手元に持ってくるようにして、俺はただ飯を食った。だけど最近不思議だ。腹が減る。
だがら料理全てを柔らかいものにした。肉は脂の塊にした。そして俺はそれをすぐに胃に流し込めるようにした。
腹が一杯になった。久々の満腹で嬉しかった。
最近息が苦しい。周りの使用人達も心配そうだが、俺は腹が減っていたので食べ続けた。
いきなり噎せた。喉に食べ物が通らない。俺は空腹に耐えかね暴れた。
だが腕以外の体が全く動かず、俺は声を張り上げた。とても低い声だった。だからか、周りの窓ガラスが砕けた。
慌てた使用人達は俺の喉を押し広げた。その状態で料理を食べれるようにしてくれた。
俺は食べた。けどそれでも満腹にならないので、面倒だから全ての食べ物をシェイクにしてもらった。
飲み易いし、一杯食えるし、腹にも溜まって丁度よかった。俺は満腹で嬉しかった。
最近使用人達が俺の体に乗るようになった。話によると、俺の体がでか過ぎて、俺の体に乗らないと料理を持って来れないと言うのだ。
仕方がないから俺はそれを許した。俺には食べる事があれば十分だったからだ。
体全体が圧迫された感がある。服も着ていないのに、何故かは分からない。だけど空腹が辛いので食べ続けた。
すると轟音と共に、辺りが煙に包まれた。気が付くと、辺りの壁がなくなっていた。
使用人達はそれでも俺に付いて来てくれた。考えれば凄い話だ。
使用人達の案により、俺の口の中に巨大なホースが通され、一日中シェイクを流せるようにしてくれた。
俺は常に満腹で嬉しかった。もう腕も動かす必要がないので、本当に楽だった。
口も開けっぱなしで良かったし、本当に何もしなくて良かったから嬉しかった。
気が付けば俺は、起きて寝ての繰り返しだった。あれ、俺は飯を食っているのか?
どうやら一日中ホースからシェイクを飲んでいるせいで、食べるという感覚がなくなってしまったようだ。
一日中俺を空腹が襲う。周りの使用人達が心配そうな目で俺を見るが、それなら早く俺を助けろと叫んだ。
だが声が「がぼがぼ」にしかならず、相手には伝わらなかった。だけど意思は伝わったようだ。
その後、俺の腹に巨大なホースを幾つも貫通させ、それを胃の中へと繋げた。なるほど名案だ。
俺は一日中満腹で、しかもあれ以来数ヶ月間一度も空腹を覚えた事がない。
だけど最近空腹で仕方がない。俺は踠いた。その後、再び使用人達が俺の胃に更なるホースを繋げた。
もう体中がホースに包まれているかのようで、これ以上ホースを胃に直結することは不可能だった。
だがおかげで、久々に満腹になった。
腹が減ったと叫んでも、常に「ごぼごぼ」としか聞こえない。けど俺は飢えた。腹が減って死にそうだ!
だけど誰もそれを助けてくれない。使用人はただただ見守るだけ。
気付けば、辺りにはカメラも沢山設置され、人だかりが出来ていた。俺ってそんなに有名人か?
ちょっと嬉しかった。少しだけ、空腹が紛れた。
俺は体中を揺すった。といっても、腕や脚は勿論動かない。口もだ。
だから俺は体中布団で縛られた奴のように、自分自身の纏まりを全て揺らした。
俺の体が波のように、水平線にまで伸びる俺の体上を進んだ。
それでも空腹は紛れなかった。
気が付くと、辺りには家の壁も、外のあった木々も、背景の山もない。上には空があるが、それから下は
全て俺の体と同じ茶色の”何か”が八方を水平線の彼方まで伸びていた。
だけど俺は空腹だった。あれから一ヶ月間、俺は空腹に苦しまれてきた。
ホースの先はどうなっているんだと思い見て見ると、それは空より高い宇宙に繋がっていた。
何故宇宙かは分からなかった。一瞬考えた刹那、突如俺の体の中に滝の如く食べ物が流れてきた。
一瞬で満腹になり嬉しかった。久々の満腹に優越感に浸っていると、俺はいつもと違う苦しみを覚えた。
腹がはちきれそうだ! 満腹なのに、それでも滝のような食べ物が瞬時に流れ、繰り返した。
俺は嘆いたが、もはや音すら出なかった。目の前にあったもの――それは俺の体だった――が徐々に膨らみ始める。
俺はやめてくれと叫んだが、どうしようもなかった。やがて目の前にある俺の体は天をも覆った。
もう俺の視界には、茶色しかない。
単調な視覚だけの刺激に、一ヶ月ぶりの他の刺激が現れた。
俺は空腹を覚えたのだ! 昔は苦しくはちきれそうだったのに、今では空腹だ!
目の前に映るは茶色の景色だけに、俺は空腹で苦しみつつも、その刺激が快感だった。
だから我慢して、その刺激を堪能した。だが空腹が絶頂に来た時、俺はそれが死ぬ苦しさであることを知った。
我慢し過ぎた空腹は、俺の全神経を乱打した。腹が減って死にそうだ!
……その時、目の前の茶色――これって何だったか? まあいい、これを食ってやる!
知らずに口のホースがなくなっていたことに気付き、同時にやったと思った。
俺は口をあげそれにかぶり付いた。変な味だったが、今までとは違う刺激に俺はついそれを貪り始めた。
不思議なことに、茶色の物体を食べても食べても、どんどん上からそれが落ちて来た。
終わらない茶色の登場に、俺は無我夢中で貪った。
俺は気が付いた。自分の体が無いのだ。そういえば空腹も感じない。
目の前は、何もない虚無。何も感じない。
やがて俺の心は何も感じなくなった。
俺は、虚無と一体化した。
FIN