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2015/10/21~2016/04/10にかけて、やまりゅさんとtwitterのDMでしてたなりちゃです。

初めてtwitterのDMからコピペしたものを整形したりしたので、通常の会話部分が残ってたらすみませぬ。

 

 

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ここは劇団「ブレーメン」。獣人による劇団だ。

多種多様な獣人たちによるオペラ劇はなかなかの人気があり、いよいよ長期公演の打ち合わせが始まろうとしていた…のだが。

 

ダンチョー「というわけで、今回の脚本はこれだ」団長から頂いた脚本は…なんというか。確かにメイン側のキャラではあるが、いまいち大活躍とは行かない役処だ。動きはあるが、台詞が少ない…。

 

エルゲ(トップを狙うにはまだまだ力不足というわけか・・・)

 

だが、エルゲの内心では充分過ぎるほど努力をしており、何故という疑問でいっぱいだった。一体今の俺に何が足りないと言うんだ?

 

 

ダンチョー「そいじゃ各自よろしくネ」行き渡ったのを確認すれば、忙しいお仕事に戻り…

 

シュヴァイン「いよぅ、なんか納得いかねえって顔だな」ブヒヒ。と豚獣人特有の笑いかたをしながら、先輩がやってくる。丸々とした図体に、お世辞にも整っているとは言えない…所謂ややぶちゃいくな顔立ちをしているが、わりと面倒見はよくエルゲも目をかけてもらっている。「せっかくの長期なんだからもうちょいいい役欲しかったなって辺りかい?」一方こちらは上機嫌だ。

 

 

エルゲ「俺だってずっと努力してきたんだ。なのに全然役回りが変わらないなんて」

肩を落とすエルゲ。正直シュヴァインのことは若干煙たいのだが、彼の風貌に勝る実力は折り紙付。だからこそ、こんな見た目でも大役を頂ける。そこだけは渋々エルゲも尊敬していた。

 

 

シュヴァイン「なぁに、お前が頑張ってんのはよく解る解る」ぱしぱし。と背中を軽く叩いて励ますように「ま、俺はもぉっと努力してるわけだがね」ムフフフッ。と笑って見せる脚本の役割は、悪役の大ボス。風貌もあって最適役と言える。丸々とした体躯は貫禄もあるし、響く声色は今は軽々しいものながら…いざ舞台にたてば地を震わすようなドスも効くのだ

 

 

エルゲ「ふんっ」と臍を曲げたように。

だが彼の影ながらの努力は噂には聞いている。ほんとかどうかは分からないが、この地位を築くために敢えて今の体型になったなんてのも・・・

 

どちらにせよ、エルゲが目指すのは不動の地位。現状には完全不服だった。

 

 

シュヴァイン「ま、本気でいい役が欲しいなら…」あぐ、と間食に魚のジャーキーをかじりながら「俺が少しくらい努力の内容を教えてもいいが…」ニヤニヤ。「お前、この仕事に関して何でもやるつもりはあるか?あるなら、俺なりの努力や訓練をこっそりつけてやるよ」かなりとんでもない申し出だ。彼にメリットもない。善意100%でしかあり得ない話だが…

 

 

エルゲは悩んだ。技術を教えて貰えるのは嬉しいが、訓電となればそれはつまり、シュヴァインを師に置くようなもの。イコール、距離が縮まってしまうわけだが……それに俺は耐えられるだろうかと必死に頭の中の天秤で答えを見極めた。

 

 

そして見いだした答えはこれだった。

エルゲ「……お試し体験はありですか?」

 

 

シュヴァイン「しょうがねぇなあ」ぱしぱし、と背中を叩いて「立派な顔が泣いてるぞ?ま、お試ししたいならそれでいいがな」きっぱり決めた方がかっこいいぜ。とはいいつつも、試しを受け入れた

 

 

エルゲ「ありがとうございます」

まだ若干気に迷いはあったが、もしやめたいと思えばやめればいい。お試し期間なんだから、そう思うと気が楽になった。

思えば、シュヴァインとは常に距離を置いていたゆえ、彼がどういう一日を送っているのか、自分では何一つ知らなかった。

 

 

シュヴァイン「そんじゃあ今日はうちに来な、1日しっかり見せてやる」ぶひひ。と楽しげに笑ってみせたり

 

 

エルゲはこくりと頷いた。

 

 

と言うわけでわりと劇場から離れたシュヴァイン宅。そこそこの一軒家である。結構な図体な割に、規模は一般的な家庭の独り暮らしと変わらないように見えた

シュヴァイン「とりあえず飯を入れたらすぐに訓練に入るがいいよな?」のしのし、と中を案内。整理整頓はされてないが、あちこちに楽譜やら詩が貼られておりさながら苦学生の受験前の様相。

 

 

エルゲ「え、えぇ」(へぇ……部屋の感じは雰囲気どおりだけど、思ったよりちゃんとしてるんだなぁ)と心の中で思った。

やっぱり役を貰えるというには、それだけの下地があるわけで、それがこの家の中ではまざまざと見せつけられる気がした。

 

 

シュヴァイン「菜食主義とか無いよな?」奥に行き、がちゃりと冷蔵庫を漁る。中にはみっちりと食料があるが…いずれも良いものだ。また、所謂栄養補助な食料が結構多い。「長丁場だと体力も要るし」どさどさ、とテーブルに広げる食料は一般的な食事からしたら【食い過ぎ】に入る量だ

 

 

エルゲ(あー……やっぱりここは見た目どおりだな)「え、ええ。基本的に嫌いな食べ物はないです」

確かにこの世界じゃ、これだけ食べる人もいるにはいると思うが、やっぱり自身とのこの差は驚かざるを得ない。

 

 

シュヴァイン「なら、食え」ずい。と半分突き出す。「腹から声出すのは自分が思ってるより遥かにカロリーを消耗する。長丁場だからこんなのあっさり消えるぜ」さらりといってのける。確かに歌唱のカロリー消費は目を見張るものがあるが、それにしてもこれは多すぎるような…

 

 

エルゲ(……だからその体型なんだろうな)と思わず納得。

「じゃあ、頂きます」と言われたとおり手を付け始める。

……うん、味は確かに美味い。良い役に良い体型のシュヴァインにはぴったりな感じだ。

モクモクと、いつもどおり食べ進めるエルゲ。でもさすがにこれ全部は食べ切れ層にないぞ……

 

 

シュヴァイン「(もっしゃもっしゃもっしゃもっしゃ)」わりとシュヴァインは早いが、わりとよく噛んでたり…どんどん山が切り崩された

 

 

エルゲ(は、早っ)

エルゲ「いつもこれだけ食べてるんです?」

結構もうお腹いっぱいなんだが感を出しつつ、シュヴァインに尋ねる。

 

 

シュヴァイン「そうだ。これだけ食ってそれだけ消耗してるんだぞ」ゲフーッ、と息を吐いて「舞台に立つ時間の10倍は訓練して初めて100%の力に近づくってもんだ」バフバフ、と自分の腹を叩いて。でっぷりとしたお腹はますますもってせり出した

 

 

エルゲ(いや、消耗しきれてないだろ……けどさりげなく重要なこと聞いた。舞台に立つ時間の10倍は訓練する……この人、普通に努力家なんだな)

エルゲ「へぇ。俺自身は結構頑張ってると思ったんですが、シュヴァインさんに比べたら全然でしたね。そういった努力が一つの成果に繋がるわけですね」

 

 

シュヴァイン「そういうこった」げふぅ。「うし、食い終わったら地下室にいくぞ。デカい声だすから近所迷惑になるからな」利にかなった話である。オペラ歌手は平気でオペラ座に響き渡る声量。そりゃあ地上で練習したらうるさい。

 

 

だが、そんな当たり前と思えるようなこと、エルゲの目からして、思ってたシュヴァインとは違っていた。そういう近所とか気にする感じではないと考えていたが、まさかしっかりとここまで気をつかうなんて。

エルゲ「そのために、わざわざ地下に練習場を作ったんですか」

 

 

シュヴァイン「おうとも」のしのし、と地下室行きらしい扉を開けながら「俺達は声域が上から下まであるからな。よく通るわけよ。あんまりにでかすぎてガラス割ったとかの逸話があるくらいにはなっ」有名な逸話ではある。実際オペラ座の広いホールに響き渡る声域は尋常じゃないわけで

 

 

エルゲ「シュヴァインさんだと、簡単に割りそうですね」

その腹と常に大きく豪快な声ならありえそうだと言った。

 

エルゲ「それにしても、有名になればこんな立派な家を建てられるのかぁ……」

 

 

シュヴァイン「ああ、その度に弁償ものだったがな」ふははっ、とそれでも誇らしげに笑い「ああ、まあ所謂月賦払いで作ったんだが…もうしばらくで払い終わるんだ」要するにローン組みらしい。「大成して払いきる気で自分を追い詰める意味もあったな、尻に火がつくと無理やりにでもやる気が湧くだろ」なかなかに根性論。だが実際効き目はありそうだ

 

 

エルゲ(まじすか……)

冗談まじりが本当で逆に呆れるというか……しかし「なるほど」とその後の彼の言葉に思わず何度も頷く。生きものは誰しも死に直面したら生存本能で否が応でももがく。

だが、難しいのは自らをそこに追いやる勇気。シュヴァインの性格が為し得た風もあるが、それにはひどく関心

 

 

シュヴァイン「さてと」地下は地上に比べてかなり殺風景。いかにも「練習の舞台」という形で、壁際にいやに年季の入った棚と黄色くなった紙束があるくらいでただただ広い。見れば反対の壁際に燭台やらがあり…「まずは基本から…」燭台に蝋燭をたてる。火を灯すと戻ってきて、紙束をぱらぱらと開き…

 

 

エルゲ(え、何、何かの儀式?(汗汗)

エルゲは少し焦りはじめた。どんなギャップがシュヴァインにあろうとも、こんなことは予想もしてなかった。

「あ、あの、基本って、何するんです?」

 

 

シュヴァイン「【端まで届くような声で歌う】っていうだろ」紙束は良くみれば発声練習の基本が書かれている本だ「腹に意識して…」すぅぅ、と豚の鼻から目一杯息を吸い込むと、服を突き破らんばかりに腹が膨れ上がっていき…「腹式呼吸で吸い上げたら…」口を開き。「ふぅっ!」一瞬衝撃すら感じるほどの大きな声をあげる。…ゆらっ と、ここから部屋の端までは結構な距離があるにも関わらず、蝋燭の日が ボッ と消えた「息継ぎなしで歌うにも、肺活量を鍛えるにも、こういう基本から鍛えるってことよ」すううっ、と吸い上げては、再び別の蝋燭がかき消えていく。恐るべき肺活量。ふだんから声がデカイのはおそらくこの修練で鍛えられたタマモノだろうということが想像できた

 

 

しかし初めはどうなることかと思った。祈祷でも始めるのか、何か儀式を始めるのか、ちょっとばかし怖かった。ここ地下だし。

でも、こんな基本的な訓練をこつこつと……シュヴァインって、案外努力家なんだな。

そう思ったエルゲ。「俺もやってみて良いですか?」と、自分も練習への参加を求めた。

 

 

シュヴァイン「ああ、頑張ってみな」見守るようだ。ちょうど、あと3本ろうそくは残っている…

 

 

エルゲは、シュヴァインをまね、鼻から目一杯息を吸い込んだ。だがその時間も量も、シュヴァインには到底及ばない。腹部もほとんど膨らむことはなかった。

「ふぅ!」

思い切り息を吐いたが、彼のような衝撃はおろか、3本の蝋燭はゆらりともしない。そりゃ、こんだけ距離があるし普通は無理だよな。

 

 

シュヴァイン「難しいだろ。俺も長らく訓練したからな」肩ぽむぽむ。仕方ない、とフォローしたり。なんかいい先輩ぽさが出てきた

 

 

エルゲ「そうですよね……こんな練習はしたことなかったし」

ちょっと言い訳がましく言うが、実際問題練習をいくら積み重ねても、この業が出来る想像すら出来ない。

エルゲ「やっぱり、そういう基礎の積み重ねも、大事なのかぁ」

 

 

シュヴァイン「そうだ、そして基礎を重ねるにゃ資本がいる。そうして蓄えた資本がこの身体って訳よ」はっはっはっ!と笑いながら腹を叩いてみせ「でかく低く響く声を出すにはデカい身体は必須だからな」

 

 

エルゲ(いや、その説だけは確証されてない……と助かるんだが)

エルゲ「で、でも細め(とは言っても一般的には細くはないか)の人もいるにはいるし、一概にそうとは」

シュヴァインからの指導方針の一つに彼の体型のようになる、というのがあると怖いので、それを避ける意味合いでもエルゲは言った

 

 

シュヴァイン「だいたいそういう体型だと高く響くだろ?」はっはっはっ「低く響くにはデカくなきゃいけない。俺ら男優にはだいたい響くには低いほうがだいたいじゃないか」希望的観測はなかった…

 

 

エルゲ「は、はぁ」(いや、別に低く響かせる側を目指してるんじゃないんだが・・・)

若干シュヴァインの圧力に押され気味。

ふむむ、今更そっちの方向に行くというか、オペラで太った鷲はいないし――全員シュヴァインの言う「高く響く」側である――俺、そっち側は向いてないってことか?と苦悩。

 

 

シュヴァイン「さて、今日も肺活量は絶好調…次はこいつかな」…糸に吊るされた音叉を並べたような器具を引っ張りだしてきた。見るからに声域に関する装置なような

 

 

ただこんな装置は生まれてこの方見た事がなく、エルゲは首を傾げながらそれを見つめた。

 

 

シュヴァイン「あれだ、理科でやったろ、音波の振動ってやつ。音域次第で揺れるのが決まるやつさ」揺れを止めてから「…オォーッ」発声練習のように、ビリビリと肌が震えるように響く声を出す。長い糸に吊るされた音叉が、…リィィン…と共鳴しながら揺れる。ゆら、ゆら…ゆらゆらゆら、と次第に広がるように他の音叉も揺れたりしていく

 

 

エルゲ(なるほど……これを使えば、一定の音域を保つ練習も出来るな。こんなの見たことがないが――シュヴァインの自前だろうか、何気に細かいことやってるんだ……)

と関心。

とりあえず、これなら失敗ということもないだろうとエルゲは「これも、俺やってみていいですか?」

 

 

シュヴァイン「勿論」手で音叉を止めて「やってみな」エルゲの前にずいっ、と。2mばかりの距離を開けて配置した

 

 

エルゲは、出来る限り空気を取り込み、そして「あぁーー」と、声を出し続け、シュヴァインのを参考に低い方から、徐々に高さをあげていった。

息の持続は必然的に鍛えられているため問題はなかったが、一番低い音叉はともかく、そこから動かせたのは、中央付近の音叉までだった。

 

 

シュヴァイン「やっぱり低めだな」ふむ、ふむ、と「低音域が向いてるようだ」にやにやり

 

 

エルゲ(いや、それだとシュヴァインコースになりかねない;)「も、もう一度」と、今度は高音域から発声するも結果は然程変わらず。

大体こんな特訓普段はもうしない。必要な範囲のみ発声練習だ。

本来の鷲は、高域を奏でるのがこの界隈の通説で、頑張れば俺だって出ると思っていたが――悲しくも、これが限界のようだ。

 

 

シュヴァイン「おいおい、あんま無理するな。高い音を出すのは喉に負担がかかるんだ」 どうどう、と背中をさすり「喉潰しちゃ訓練以前の問題だぞ?」 ほら、とハチミツたっぷりの蜜蝋の巣(巣ごと食べるはちみつ)をくれる。喉に効くということでこの界隈では嗜好品にして特効薬だ

 

 

エルゲ「す、すみません」

とりあえず、確かに喉が痛いので、それを戴いて喉を癒す。

エルゲ「はぁ、高域は無理なのかぁ」正直高域は希少価値があり、いつかはそこ――ある種の鷹式エスカレータコースに乗れると思っていたが、ここに夢断たれ。通常音域じゃあ今のザマ……彼に従うのが唯一の道かっ。

 

 

シュヴァイン「ま、持って生まれたものはしょうがないのさ。俺だって豚族の生まれだからハナから高いところは無理だしよ」よしよし、と慰めるように背中を撫でてやり「じっくり修練と行こうぜ?」

 

 

エルゲ「そう、ですね」

しかし裏では「豚族ならそうかも知れないが、俺は鷲族だぞ……知りうる限りその種族での低音専門は未曾有なんだぞ」と。

だが諦めるなら今。彼の年齢的に今そうせねば、恐らく方針転換をするには遅過ぎ。

渋々ながらエルゲは、シュヴァインの提案を受け入れるしかなかった

 

 

シュヴァイン「よし、それじゃ次は…」と、わりかし次から次へと新たな道具が出てくる。やはりというか、これだけの数を毎日こなしているのだろうか。

実力は確か。これで見てくれのいい種族なら、もっと人気の出ているだろう話である。努力家である…。

 

 

エルゲには秀でているものがない。それも彼を次のステップに行かせない原因。シュヴァインの「見えない」秀でた努力は、彼に地位という結果を齎すように、エルゲに対しても効果を与えるだろう。

エルゲ「はぁ、はぁ……」太ったシュヴァインより先にへこたれるもそれが嫌で、必死に課題をこなした。

 

 

 

…そうして、彼の宅にて修行を続けたエルゲ。

例の舞台では、まざまざとシュヴァインの胴に入った魔王芝居を見せつけられた悔しさもあり…打ち込むこと、1か月。

シュヴァイン「おぉっ…消せたぞ」ようやく1本蝋燭を消せるようになった頃には、エルゲの体型は激変していた。腹はシュヴァインよりはマシだが太鼓染みたぱつんぱつんな太鼓腹になり、全体的にミッチリと所謂ガチムチ…筋肉もあるが上に隙間なく肉が詰まった体型になってしまっていた。

 

 

エルゲ「はぁ、やっとだ」(とはいえ、この腹はさすがに……形状は整っていると言えば整ってるけど、その内シュヴァインみたいな感じになるのか?)

そんな不安でお腹をさするも、結果がついてきてるだけに、これを害とはみなせない。

エルゲ「でもまだまだ、全部消せるようにしないと」と前向きに。

 

 

シュヴァイン「よし、一旦今日は休憩するか。汗だくだぞ」ぽふ、とバスタオルを渡しつつ。歌唱はわりとエネルギーを使う。あれだけ食っても、訓練が終われば腹の底が見えてしまう空腹に襲われるのだ。「いつもの蜂蜜ソースで仕込んだ焼肉でいいか?」夕飯はいつも、その空腹を諫めるためにお互いド迫力な食卓になってしまう。シュヴァインも一回り膨れ、エルゲとは逆に柔らかそうに腹を揺らすように

 

 

エルゲ「すみません、それでお願いします」

初めは濃いー味のそれに馴染めなかったが、使用したエネルギーを回収するためにいつの間にか当たり前になっていた。

全身の羽毛で蒸れるので素早くタオルで体を拭いた。そしてこの時が一番、自分の体の面積が大きくなっているのを実感できた。

 

 

シュヴァイン「んじゃ焼いてくるから待ってな」いそいそ、と厨房に一人向かう。

待つ間に拭いている身体は今や体積を2倍近くにしていた。むちむちと弾力の強い脂肪が突きだし、腕を目一杯回す範囲ギリギリになりつつある。服もあっという間に変えるはめになり…今はまだ大活躍とはいかないエルゲの資金の関係上、シュヴァインの(今よりはかろうじてだが)痩せてた時代のお古を頂いた。そしてそれがやや緩い程度にぴったりなのがますます変化を際立たせた

 

 

エルゲ「そのうち、これが丁度良くなって、次のサイズのお古を貰う――ていうループが怖いな」とぼそり。

それにしても、やっぱさすがのシュヴァインも昔は痩せていたのかと、そのお古で分かった。まさか本当に、努力の一環であの体型にしたのか。いくら種族云々があれど、その心意気には感銘した。

 

 

シュヴァインからしてみれば、種族の違いの認識の違いもあれど…やはり「当然な努力」なのかもしれない。あれでプロへ向けた根性が凄まじいのはこの2ヶ月でまざまざと見てきた。

しばらくして…

シュヴァイン「出来たぞう」どさ、と山盛りなサラダを添えた、山盛りな焼き肉。パンとライスもたんまり添えた、特大ご飯だ。バランスがわりと考えられているのがマメである

 

 

初見は腰を抜かしたが、目は慣れ、胃袋もだいぶ慣れていた。まだシュヴァインみたいな量は当然無理だが。

エルゲ「いただきまぁす」

早速肉をぱくり。シュヴァイン特性のこれは、程よい甘みが疲れを癒し、だがお米とちゃんとあう絶妙なバランスがあり、これだけはカロリーを忘れるほどの虜だった。

 

 

勿論バランスを考えサラダも大量に頬張るが、いかんせん、この特性焼き肉だけは手を抑えられなかった。

 

 

シュヴァイン「しかし大分基礎力が高まってきたようで」むしゃりむしゃり。「何よりだ。やっぱ向き不向きはあるよ」こちらは菜っ葉で焼き肉を包んで頬張りつつ。実際あれだけスランプだったのが、シュヴァインの訓練はさながらスポンジに水を垂らすように身体に染み込んでいる

 

 

体型的には、若干与えられていた役には不釣り合いになったり周囲には驚かれたが、評価は急激にあがって――元々が低いということもある――それもまた周囲に驚かれた。正に身に染みて、あやゆる変化を実感している。

エルゲ「ありがとうございます」

師匠(無意識)に褒めら、れ少し照れながら答えた

 

 

シュヴァイン「もうじき、次の脚本が刷られる時期だ…もっと技術を磨けばもしかしたら…だぜ。ダンチョーもわりと目覚ましパワーアップに目をみはってたからな。どうだい、もっとがっつり修行していくか?」にひひ

 

エルゲ(もっとがっつりって……色々とがっつりしちゃいそうなんだが)

とは言いつつ、それはもう漫才のツッコミに等しく(嫌疑な)感情などなかった。

エルゲ「お願い、できますか?」

 

 

 

 

シュヴァイン「よっし。それじゃ今日からメニューをもうちょい増やして…それと、その身体の手入れもしないとな」ポンポン、とシュヴァインよりもパンパンに張ったお腹を軽く叩いてやり「張りっぱなしだと負担が強い。少し緩めたりも必要だし、肌も手入れしないと臭いとかあるからな。俺たち豚族も、位が高いと香水をバンバン使うはめになるし」実際、多くはないが存在する貴族的な存在となってくると臭い消しが欠かせなくなってきているらしい、とかはどこかで聞いた気はする。おかげで逆にすごい甘い臭いだったりするのが評判だそうな

 

 

エルゲ「は、はい」(そういえば気付かなかったけどシュヴァインからは豚族独特の匂いはしてなかったな。単にそれは日頃の気遣いだったのか……俺は全然意識してなかった――それも、仕事に直結していたのか?)

シュヴァインには常々驚かされる。尽きることない勉強にエルゲは一日も飽きがなかった。

 

 

シュヴァイン「とりあえず今日の訓練はいったん切り上げて…俺の行きつけのエステのところでも案内しよう」ふひひ、と笑って「香水は人によって会う会わないがあるからな、やすものだとキツくなっちまう。用意できたらいいなよ」さらっ、とすごいことを。そういえば結構一人で謎の時間が昔はあったものだが、こういうところに費やしていたのだろうか

 

 

体型に似合わず、シュヴァインの日常はやることで詰まっているようだ。

エルゲ「はい」

エルゲは食事を済ますと、ちょっとワクワクしながらエステを楽しみにした。元々やったことないし、しかも今のような風貌でいくなんぞ考えもしない。だがシュヴァインの行きつけなら、今のエルゲでも安心である。

 

 

と言うわけでのっしのっし、と二人して連れ立つと…

シュヴァイン「ここさ」規模としては余り派手さはないが、なかなかこぎれいな感じだ

 

 

エルゲ「へぇ……エステなんて初めてだから、基準が分からないなぁ」

まだ満腹なお腹をさすりながら漏らした。

とりあえず、ここは手慣れたシュヴァインに身を任せようと既に決めていたので、彼の言うままに動いた。

 

 

シュヴァイン「まあ今日は俺の普段なコースを体験かな」中に入れば受付のウグイス嬢(文字通り)がハキハキと受け答えし、中に通される。どうやら常連が勧誘、体験に通すスタンスになったようだ。中はやや湿った空気がしており、植物由来の油の甘い香りがする…

 

 

エルゲ(あっ、良い香り・・・)

思わず鼻をくんくんとさせた。偶に嫌な香水のにおいとかあって顔を顰めることはあるが、これは全然真逆。てかここに、デブ二人が来ているなんて不思議な光景だな。

エルゲ(……次は、どうなるんだ?)

不慣れな場所に、そわそわと挙動不審にあたりを見回した。

 

 

見渡すと幾らかのベッドがあり…その中のいくつかには、所謂砂時計体型なお嬢様ぽいのやら、ちびっちゃい割りにむちむちした奴やらが白衣を纏った女性や男性にマッサージされており。

シュヴァイン「今日は宜しく」シュヴァインが挨拶した先には

牛娘「はぁい、いつもありがとうございますぅ」ぽわわん、とした雰囲気の牛娘。複乳もあってかシルエットはシュヴァイン達にひけをとらぬ太さである。「そちらの方が、噂の?」

シュヴァイン「ああ、エルゲだ。最近めきめき頭角を現してる、な」にやり、とエルゲに笑ってみせ。どうやら評判が上がってるらしい。

 

 

エルゲ「い、いや、それほどでもないです」

謙遜するも、内心ちょっと嬉しい。

エルゲ(それにしても……自分の知ってるエステの雰囲気じゃないなぁ。きっと、俺らみたいな体型の人が主要なんだろうな――けど、これなら安心して通えるかも)

 

 

牛娘「それじゃあ、下半身の下着だけになって仰向けに寝てくださいね?」香油らしい瓶を棚から取りだしながら促し。

シュヴァイン「とりあえず今日は合う香水探しと体験だからな、気楽に気楽に」ぬぎぬぎ。ボタンがはち切れそうな服を脱いであっという間に半裸に

 

 

エルゲ「は、はい」

にぎこちない動きで服を脱ぎ仰向けに――あ、俺女性の前で半裸になるの、初めてかも。

エルゲ(それにしても……出たなぁ、俺の腹)

体は綺麗な山なりをえがき、もう鷲族らしさは無かった。

しかし隣を見れば、もっとどっしりな奴がおり、それだけで不思議と安心感がわき出た。

 

 

牛娘「それじゃあ始めていきますよぉ」ほこほこに蒸された濡れタオル…温湿布で身体を拭き拭き。温かく気持ちいい。ある程度拭かれたところで、小瓶を取りだし…たらー、と甘い香りな香油を手にとり、エルゲの腹に触れる。香油でしっとりした手のひらはもちもちな触感で、柔らかくなった腹に吸い付くようになり…むにむに。と小麦粉生地でも捏ねるように脂肪を解してくる

 

 

エルゲ(うっ、擽ったい……)

なれない接触に崩れそうになる顔を必死に堪える。

隣を見ると、彼以上にお腹が揺れ動き、スライムのようにむにょむにょと揺れる体を披露する豚族の姿。こうやって横から見ると、やっぱすげーやシュヴァイン。けど、平常を保つところはやはり慣れ親しんでいる証拠だな。

 

 

シュヴァイン「んっふー…」こちらはまた別の、羊族らしいふかふかなエステティシャンがマッサージ。

牛娘「どうですか~?」なんだか次第に張りつめたパンパンな感覚が和らぎ、楽になってくるような気もする。しっとりと香油が馴染み、肌にしっとりした保湿が施され…

 

 

エルゲ「はい……とても、気持ちいいです」

まるで天国――そんな世界当然未体験だが――にいるような気持ち。うとうとと目を瞑れば、外の喧騒から切り離された静かな空間に良き香りが鼻をつき、柔らかな感触から生み出される温もりが、そんな世界にいるかのように錯覚させ、とうとう眠気もピークに。

 

 

ふっ、と意識が一瞬離れると…

牛娘「エルゲさん、そろそろおしまいですよ」ゆさゆさ、と揺らされる…と共に身体がたぷたぷたぷ、と揺れる感覚。腹の突っ張った感じが弱く楽になっている。ほんのり自分の身体から、リラックスする匂いがする事に気づいたり…

シュヴァイン「よく寝てたな」となりにたつシュヴァイン。時計を見れば…1時間も経ってる。気持ち良くて意識を手放していたようだ

 

 

エルゲ「え、ええ……ふぁぁ……」

大きく欠伸をし、片翼を伸ばす。いやぁ、正直ほとんど記憶はないけど、物凄く体をすっきりした。仕事や練習疲れも全て吹っ飛んでいた。

エルゲ「いやぁ、物凄く気持ち良かったです」

 

 

シュヴァイン「だろう?会員になっておけばいつでも気楽に来れるぞ?」

牛娘「あ、それとこちらをどうぞ。香水です」 ほんのり爽やかな柑橘系の香水だ。太って香る汗などの香りが打ち消されていい感じ

 

 

変にきつくないし、柑橘系って、大概嫌いな人はいないしね……と、エルゲは香水を受け取る。

エルゲ「じゃあ、会員になっておこうかな」

ここなら気兼ねなくこれそうだし、ただシュヴァインに「はまってるな」って突っ込まれたくないからほどほどに、となんやかんやで心の中ではすっかり嵌っていた。

 

 

牛娘「はーい」ではこちらの書類にサインを。と簡単な記帳を求める。会員カード的なものを作るらしい

シュヴァイン「いいもんだろ、エステって」こちらもすっかりつやつやしている。

 

 

エルゲ「ええ。ここなら、俺でも気軽に来れそうだし」

手早く作られた会員カードを受け取り、

エルゲ「このあとはどうするんです?」

いつもよりは一段と元気な声色で、シュヴァインに尋ねた。

 

 

シュヴァイン「そうだな、結構時間立ったし…」というところで、牛娘とシュヴァイン  そしてエルゲのお腹が ぐぅううううっとなったり

牛娘「…あはは、ごはん時ですね」

シュヴァイン「メシにするか?」にっ、と笑ってみせた

 

 

けど内心……食べれるかも、とエルゲ。マッサージと熟睡により、だいぶ胃袋にあったものは消化されていた。

しかし彼女もお腹の虫をならすとは、なかなか可愛い……

エルゲ「そう、ですね」

 

 

心の奥底では、食べ過ぎないように気をつけないとと思っているが、今のエルゲなら、きっと今までで一番多くの両方が、本当に食べれそうだった。

色々と恥ずかしくて少し顔を赤らめるが、心も体も空腹には嘘がつけなかった。

 

 

シュヴァイン「よしっ、そんじゃ食いに行くか」服を着直し、整える。…少しきつそうになってる気がしたが気のせい…なはずだ

 

 

エルゲ「はいっ」

心の底で喜びが湧いた。だがそれをまだ表に出せるほどの領域にはまだ達していなかった。

 

 

 

 

そんなこんなで、半年ちかい時が過ぎて。

今は世間は年末近し。来月にはクリスマスが今年もやってくる時期だ。

シュヴァイン「もうすぐ次の脚本の打ち合わせが来る時期だな…」

どすん、どすん。

稽古を申し出たあの日からすっかりシュヴァインの体型は横につきだした。サスペンダーで吊ったズボンで腹は持ち上がるが、歩くたびに左右に柔らかく揺れたり。

 

 

本来の時間軸が大きくずれた結果だ。その要因は稽古して貰うエルゲに他ならない。だが彼自身も逆に、シュヴァインから多くの影響を受けた――いや、受け過ぎていた

エルゲ「そうですねぇ……はむ」

肉まんを頬張りながらシュヴァインの横を歩き、上下の肉付きでは優った腹をだっぷだっぷと揺らした。

 

 

シュヴァイン「前回は大成功だったからなぁ。お前の声、本当によく響いてたし振る舞いも貫禄が出てきたってダンチョーも誉めてたし…修行の甲斐があったなぁ」にひひひ。こちらもむしゃむしゃとハンバーガー片手に。「次はひょっとしたら俺みたくかなりな大役になるかもしれねぇぜ?」ポンポン、と腹を軽く叩いて。今やシュヴァインは吊らないと尻は地面すれすれ、腹は下腹部が足にのし掛かるほど…エルゲもまた、それを上回ってしまいつつあった。だが、それがさらに深みあるオペラを産み出しているのだ…もはやその体に恥はない。ただただ、立派な実績を物語る誇らしさを語るのみ。

 

 

エルゲの心の奥底では、先天的に根付いた鷲族としての誇りが幽かな灯火を抱いていたが、もう元には戻れないと自身の進むべき道を見定めた瞬間、消え失せた。

エルゲ「そうですねぇ、師匠みたいになれれば、色々と楽になりそうですし――ごくりっ」

師匠という言葉を無意識で発しながら肉まんを完食。

 

 

シュヴァイン「ようは重いなら支えられる筋肉つけちゃえばいいんだからな」実に脳筋な話だが、実際シュヴァインはこれだけデブな癖になんやかんや舞台では仰々しくも軽快に右へ左へ歩き回ってみせる訳で「エルゲも鳥人に属してる訳だから元々筋肉には自信があるだろ。なら後は鍛練さえ怠らなきゃ俺よりも…な」くふふ。鳥人の種族は羽ばたく為に腕から胸筋にかけてが特に際立つ。シュヴァインは豚族故に全身満遍なくあるが、総量としてはあまり変わらない。結果的にエルゲもシュヴァインも、一般人の倍どころじゃない肉を抱えながら補助もなく動ける。それもまた、人気の1つなのかもしれない

 

 

エルゲ「えぇ……でもまぁ、これだけ体が重けりゃ、普通に演技してれば、自然と筋肉なんてついちゃうますよね」

実際、前にシュヴァインから肺を鍛えて貰ったおかげで必要な酸素は今の体型でも容易に取り込めるため、体に見合った息切れには全くならず、結果人並みの行動ができるわけである。

 

 

シュヴァイン「そういうこった。言わば生体ウェイトトレーニングを日常的にやってる訳だからな」くふふふ「とりあえずダンチョーと打ち合わせがもうしばらくしたらあるから、そろそろ行くか?」

 

 

エルゲ「ええ」

二人は、ダンチョーの元へと向かう。

 

 

 

というわけで、オペラハウスに着いて…

ダンチョー「二人ともますます貫禄が出たねぇ」むふぅ。こちらは二人とはまた逆の巨大さ。昔はさらにマッスルだったらしいとかなんとか「脚本についての話なんだが…エルゲ君。ちょっとこっちに」手招き。個室に誘う

シュヴァイン「二人きりでですかいダンチョー」

ダンチョー「少しねぇ。いいかな。シュヴァイン君」

シュヴァイン「構いませんよ。エルゲ、失礼ないように、な?」

ダンチョー「まあまあそんなに固くならずに」にこー、と柔和に笑って

 

 

闘牛種の面影など全くない笑み。どうやら今まではシュヴァインがいたから安心していたようだ。助け船の無い中に行くと分かり、舞台以上の緊張が襲った。

エルゲ「え。えぇ」

返事も表情も明らかに強張っている。全身にある弛んだ脂肪が筋肉になってしまうほどに。

エルゲは、恐る恐るあとに従った。

 

 

ぱたり。ドアが閉じられ…変な乱入もないように鍵までかかる。

ダンチョー「さて、話なんだが…」振り向き…「最近頑張ってるねエルゲくん…シュヴァインも君を目にかけてるし…二人して今や大人気なんだ…そこでだ…」わしっ。と腹をわしづかみにしてきた。「今度の脚本でラスト飾って見る気はないかね?」衝撃的な発言。そのままセクハラじみた腹揉みを繰り返す。「私は常々大きい事はいい事だと思っていてだね、君も背丈だけじゃなく横も大きくなって歌唱力も大きくなってきてピンと来たんだ」話がうまく転がりすぎではないかという話だ

 

 

ドキッと心臓が飛び出そうになるエルゲ。今までこの腹はシュヴァインとマッサージ店員だけしか触らせたことないし――その考えも変だが――、そして何、ラストだって? 少し前までは下っ端のような役割ばかりだったのに……

エルゲ「ほ、ほんと、ですか?」

ダンチョーの圧力に負け間ながら答える。

 

 

ダンチョー「君さえ乗ってくれるなら、一つ浮かんでる脚本があるんだ」むにむに…と腹のデカさを実感するように揉みながら。「その脚本で君とシュヴァインに大役を張ってもらいたい。今話したように、君が文字通り「トリ」を勤める形でだ」眼差しは真剣だ。「私はね、大きな事は良いことだという理念があるんだ。それをぶつけた脚本になる。どうだね?君さえ良ければシュヴァインも必ず受ける確信があるんだ」実に熱心な誘いだ…

 

 

エルゲ(き、緊張過ぐる・・・)

嬉しいことだが想定外の(相手の行動含め、舞台以上の)緊張が襲う。しかしこの機を逃せば、もうチャンスはやってこないかも知れない。

エルゲ「は、はははい! おお、お願いします!」

 

 

ダンチョー「そうか!良かった!宜しく頼むよ!」親愛のハグ。ぎゅむーーーと力強く抱きしめられた

 

 

全体的にエルゲ以上の体躯の持ち主ゆえ、エルゲが包み込まれそうになるほどで、エルゲは非常に苦しかった。だが、これを機に躍進してやろうと苦も無く決心した。

 

 

 

 

と言うわけで、出世街道をかけ上がらんというチャンスを得たエルゲ。ダンチョー曰く…「シュヴァインは張り弱めに、エルゲはパンパンに」大きくなって貰いたいらしい。と言うのもシュヴァインの役は悪い役らしく、「私腹を肥やす」なイメージで。エルゲには対比的に垂れる事なく…言わば完成された「球」の体型をしてもらいたいそうだ。脚本にはしっかりと体型の差別化がなされており…つまり、今までよりもますます一杯に、腹のみならず全体を肥やし、さらに張りを維持という話だ。太るといってもかなりハードである。それだけダンチョーは期待しているのだろう。

 

 

エルゲ(……)

そんな言葉と雰囲気を感じたエルゲは思案したが、これと言って太る努力は必要ないと分かった。確かに堕落云々言われる肥満体だが、その体型を維持ないし増量は丈夫さを加味しても容易くはない。要努力と言えよう。しかし彼が今の体型になったのは師匠にシュヴァインを置いたがため。

 

 

今もシュヴァインを師とし、彼の指導に従っているうちは、必ずや太り続けること間違いないのだ。前の公演中だって、その短い期間に普通はハードワークさから痩せる人もいる中、エルゲとシュヴァインは逆、しかも大増量を果たしていたから、もう確実に信頼と実績のある肥満環境なのであった。

 

 

ダンチョー「と言うわけだが、とりあえず年末までにサイズを倍くらいにはしたいんだ」さらり、と「勿論そのための実費は経費を使おう」うんうん。かなり手厚サポートらしい

 

 

エルゲ「分かりました」

一応目標に達しなかった場合が怖いので、あとでシュヴァインに相談はしておこうと思いながら、ダンチョーに了承した。年末までの期間を考えると、既に前の前々の演劇で体重差が倍になっていたし(これからまだ倍となるとその差は全然違うが)無理せずとも行けそうな気がした。

 

 

ダンチョー「よし」うんうん、と頷いて「よろしく頼むよ、エルゲ君。それじゃきちんとした台本を執筆したらまた呼ぶからよろしくね」今は言わば仮原稿らしい。脚本というよりは言わばアイデアノート。…つまり、まあ。ここからさらにハードルがあがる可能性もあるということだ。だがエルゲがそこまで評価されていることに他ならないのであった。

 

 

エルゲ「はい」と、エルゲはシュヴァインのところへ戻り――昔は毛嫌いしていたのが嘘のようだ――簡潔に先程の話をまとめた。

……いや、もしかしたら内心嬉しかったのかも知れない。このような期待をまざまざと受けたのは始めてで、それを恩師にいち早く報告したかったのかも知れない。

 

 

シュヴァイン「おお…!やったなぁエルゲ」ぽふぽふ、と背中を軽く叩いてやり「俺も一緒にサイズアップってことなら一緒に頑張らせてもらわなくちゃあな…頑張ろうぜ!」やる気満々だ。

 

 

エルゲ「はい」

恐らく頑張らなくても大丈夫な気もするが、シュヴァインが頑張るなら俺も頑張らないととエルゲ。

でも頑張るってことはどうするんだろう。やはり沢山食べるだけ――なんだろうな。でも、それもそれでなんか楽しみだった。

 

 

シュヴァイン「そうと決まれば買い出しに行かないとな」くふふ「今までの数倍くらいにしないとペースが間に合わないかもしれないし。しっかり詰め込まないとなっ」こちらもまた、楽しそうだ。エルゲが今まさにチャンスなたち位置に立っているも嬉しいに違いない。何せ手塩に掛けたら見事に結果に出したのだ、こんなに嬉しいことは他にそうそうあるまい

 

 

そんな雰囲気はエルゲもすぐに分かった。けどそんなに努力しなくても大丈夫なんじゃないかと、少し焦りも感じた。数倍って、さすがの俺でも厳しいかもと。

けど……なんだかワクワクした。

 

 

というわけでその日の晩。

シュヴァイン「よしできた…」

テーブルにみっしり、と積まれた、山のような食料。これを二人で平らげようというのだ。

 

 

けれど不思議だ。なんだか、二人となら全然余裕な気がする。感覚がおかしくなったのか――いや、それはとうにおかしくなっている。

エルゲ「……じゅる」

自然と涎が沸き起こった。普通の人なら、恐らく嗚咽してしまうだろう。だがエルゲは、今まで以上に食欲が沸き起こっていた。

 

 

シュヴァイン「平らげたら、また訓練だ。食べるのも修行だし、休む暇はないぜ」にやり「頑張って増量!いくぞ!」拳をぐい、と合わせる、友情!のしぐさをして。互いに目の前の山を、切り崩し始める…それに伴い、互いにただでさえつきだした腹がさらに丸く丸く…

 

 

エルゲ「はいっ――はぐ!」

この光景を端から見たらどうみえるだろうか。それほどの迫力はあると思う。何せ見る見る、目の前の高々とした料理の山が二人の胃袋へと流れ続け、どんどんと巨大化していき、理科の実験で、一方のフラスコからもう一方のフラスコに液体を流動させる実験を思い起こさせた。

 

 

もぐもぐもぐがつがつがつむしゃむしゃむしゃ…と面白いくらいに山がするすると消えていくにつれ、二人の腹はめりめりとズボンの上にいわゆるマフィントップ状態でせりだしていたのが張りを強く前につきだしていく。ずっしり重量級な身体はますます重量を増しながら、栄養をほぼすべて吸収、残さず身体に染み込ませ…

 

 

エルゲ「ふぅ、やっぱ、ちょっときついかも」

満腹まで食べるのは常日頃だが、満タンな胃に追い詰めることはない。足りない分を補うのが日常だからだ。けど今は逆、充足なのにまだ料理があるのだ。でも

(と、止まらない……!)とエルゲは、特急電車のごとく途中駅に止まることはできなかった。

 

 

シュヴァイン「ぐふ…っ、ぐぇっぷ、うぶ…っ」日頃からよく食うシュヴァインですら苦しげな顔。普段は柔らかくズボンから飛び出して垂れる腹が、今や破裂しそうに張り出して。普段は段腹に隠れるへそがきれいに見えるほど、腹は球体に近づきつつあった。

 

エルゲはそんな彼を見るのが、変な気持ちだが面白かった。普段は余裕綽々で食べ物を口に詰めるのに、まるで舞台の最後で勧善懲悪によりくずおれる時の表情だ。これを見続けるには、俺ももっと食わないとな――シュヴァインって、負けず嫌いな一面もあるし。と、エルゲはにやりと閑かに笑った。

 

 

シュヴァイン「むふー…むふー…」ごっごっごっ、とカロリードリンクで喉のつまりを解消、するはいいが「…うげぷっ…」いよいよもう少し、という辺りでついに手が止まる。先ほどみた、『勧善懲悪で崩れ落ちる』ときの表情。ぷるぷる、と手が震えている。実際、努力家ゆえに負けず嫌いなため、エルゲに負けじとしているが…w

 

 

エルゲ(こういうのも、悪くはないな……にたり)とちょっといじわるそうにその表情を見つめる、エルゲもだいぶ苦しいが、頑張ればまだ入る感じである。いつの間に、シュヴァインより大食家になったのだろうか。

けど、こうやって何かしらの優位に立つのは、どんな状況でも気持ちが良いものである。

 

 

シュヴァイン「…ぅぶ」口を抑え。「…後、食べて、いい」どうやら本当に限界になってしまったらしい。顔色も真っ青だし、腹はてかてかしそうにパンパンで…

 

 

エルゲ「分かりました。それじゃ遠慮無く」

満面の笑みで相手に勝利を見せびらかそうとしたが、実際は中途半端に歪んだ顔だったに違いない。俺だって限界なのだと、でもシュヴァインに比べたらまだいけると、エルゲは残りもきっちりと食べ切った。

エルゲ「げっふぅ……ひ、久々に食い過ぎ……た;」

 

 

シュヴァイン「(ぐびり)ぅげぇぶ…」珍しく、胃薬をあおっているようだ。実際エルゲよりは1、2回りは小さいとはいえ、文字通り腹太鼓として皮がはち切れ爆発しそうな腹は苦しいようで。表情も険しい。やはりサイズ負けな悔しさもあるだろうか…。

 

 

けれど買ったエルゲも、正直全然胃袋が落ち着かない。

エルゲ「……うぷっ」

ちょっと無理しすぎただろうか。

エルゲ「で、でも……シュヴァインにようやく勝てたって感じだわ」と、ぱんぱんなお腹をさすさす。フワフワな羽毛がそのボリュームを更にかき立てている。

エルゲ「大丈夫ですか?」

 

 

シュヴァイン「ふっ…ははは、確かに…」うぷうぷ、とまだ苦しげながらも、勝てたというエルゲに軽く笑いかける。「いつの間にか追い越されてるな…やっぱり素質があったんだな、それが花開いたってわけだ…ふふふ、今まで手塩に、かけた甲斐がある…お前も飲んどけ、アスターゼ草とかいう植物から作られた消化剤だ。楽になるぞ」エルゲにも薬を渡してやる。

 

 

エルゲ「へぇ……ごくり」

違和感なく飲み下したが、その草自体は初めてだった。

少しして、窮屈な胃がすぅっと軽くなり、ほとんど元のような状態になった。

エルゲ「すごい! こんな草があるんですね。これなら、団長の目標もたやすくなりそうだ」

 

 

シュヴァイン「だろ?よく効くんだこれが」今にはち切れそうだったシュヴァインの腹もやや柔らかさを取り戻し「よし、次は何にするか」レシピと再びにらめっこだ。

 

 

エルゲ「おお、まだ行きますかぁ?」

若干挑発的な態度でエルゲ。さっきまでの苦しさが嘘のように、シュヴァインと同じく食欲は湧いていた。

 

 

でも、次も俺が勝つだろうとエルゲは自信満々。もうシュヴァインに打ちのめされることはないと自負していた。実際今の体が、それを呈しているといっても過言では無かった。

 

 

シュヴァイン「勿論よ。ペースはガンガンいこうぜ、でなっ」むっふっふ、と鼻を鳴らし、腹をぼゆんっ!と揺らし鳴らす。エルゲの張り強い肉にくらべやわらかいたるみ肉は、ぼちゃんっと弛んだ水風船みたいな音をたてる質量だ

 

 

となると、あそこに横になれればウォーターベッドというわけか……まあ、今の俺の体じゃあ支えきれないだろうが。

それに比べて俺のは相変わらずのパンパンな腹。羽毛のおかげで柔らかそうに見えるが、皮膚下は完全にシュヴァインとは異なり、大きな塊がずでんと垂れ下がった腹なのだ。

 

 

さらにはその身体を支えるべく、シュヴァイン以上に筋肉は維持されながらもその上に脂肪を詰め込み、パンパンに皮膚を張らせながら更なる肥満化を重ねている。シュヴァインはさわれば柔らかいが、エルゲは触れば宛ら相撲取りのようにミッチリ詰まった固い質量を返すだろう…

 

 

これも体質というものだろうか。とにかく団長の思惑は、彼ら二人の潜在的な肥満力を予期していたように見事達成しつつあった。

エルゲ「それじゃ、どんどん行きましょう。次こそ負けませんし、何よりあのアスターゼ草があればガンガンなんて余裕で行けそうですしね」

 

 

シュヴァイン「おう!」どすん!と再び山盛りにされる料理。アスターゼ草の薬剤の力もあり、今やそれを平らげたその先に到達せんばかりの二人。日に日に、シュヴァインは柔らかそうに弛む肉を蓄え、人の形状をじわじわと逸脱し…。エルゲは肉弾とばかりにみっちりパンパンに【球】の体型を維持しながら、その体格を巨大化させていった。

 

 

エルゲはきっと尊敬とか感心されたいと思ってるでしょうから、やまりゅさんの案でお願いしますっ!

 

 

 

 

はい、初リハでお願いします~。あとシュヴァインがどうなってるのか……こちらもワクワク

 

 

そうして、数ヶ月。脚本も出来上がり、いよいよリハーサルの段階にやってきた。

オペラ座に向かう二人の体型は…人間離れ、もとい、獣人離れしていた。

シュヴァイン「ぶふぅ…」腹回り、数m…いや十数mはあろうか。柔らかく垂れ下がってしまう肉を支えるために、サスペンダーを3重につけた異様なサイズのズボンで腹から背中にかけての肉を持ち上げている。顔はますます柔らかな肉で丸くなり、愛嬌は増した形だ。腕はだるんだるんのまるで振り袖みたいな有り様であり、足は使い古し他サンドバッグのように、太く、肉が垂れていた。歩めばずしずしと音が響く…

 

 

エルゲ「だ、大丈夫ですか、師匠、ふ、ふぅ」

異なる体付き、だがシュヴァインと同じかそれ以上の体躯で形を維持するエルゲ。

どんなにオペラに通じる肺活量を持てども、あらゆる重量級の乗り物以上に重い体を動かすのには莫大な酸素が必要だ。逆に言えばそれだけの肺があるからこそ、今の体がある。

 

 

シュヴァイン「あぁ…ふぶぅ、何とかな…」ずしんっ!ずしんっ!と歩む毎に、ぷよん ぶるん と柔らかく膨れ垂れる肉が揺れて…。動かぬ地位を演ずる為に全身とてつもないサイズ。それが動けば凄まじい柔らかさを発揮して

団員「凄いなお二人とも…」こちらは逆に、激しく動き回り剣劇や立ち回りで観客を煽る役割。歌声よりも、動きが必要な為に細身を維持している団員たちだ「シュヴァインさんは柔らかそうだけど…エルゲさんの方はまるではち切れそう…大丈夫です?」二人とも汗をじっとり滲ませているのをタオルでふきふき。侍るかのようだ

 

 

エルゲ「ふぅ、ちょっと、歩くのは、つらいかな?」

と一息つく。動かなければその内部から繰り出される声音は凄まじいが、ここまで歩いた分に補給すべき酸素量を取り込むのは相当である。

エルゲ「俺達の体、支えるだけの、乗り物とかあれば、ふぅ、良いですけどね」

 

 

団員「そこは任せてください」「俺達が現在ガンガン作ってますから…シュヴァインさんのほうは台車的なあれで、エルゲさんのほうはゴンドラ機構に載せるような形になりますよ」こんな感じ。と完成予定を見せる。

シュヴァイン「確かに台車…っていうか戦車…?」確かシュヴァインは権力者的なポジション。つまりはそういうイメージなのだろう。ゴツい台車に大量の装備がついたような感じ。いかにも「悪い奴専用装備」といったふうだ

 

 

エルゲ「おお、師匠かっこいい」

少しでもシュヴァインが楽できるような機能もちゃっかり備えているところがまたミソ。大きなお腹が邪魔な者に訪れる試練、下の物に届かない系は、彼の域ではもう届く範囲が狭い狭い。それを補う機械は事実上四肢を可動域をあげ、食事に困らない=更なる飛躍が望めた。

 

 

団員「このレバー引いて動かして…」とレクチャーレクチャー。わりとしっかりした機構だ

シュヴァイン「なるほど…こりゃいい」すいー と滑るように滑らかに稼働だ。「エルゲにも作ってやってくれ、俺よりパンパンになってるから俺以上に動くのタルいだろうから」

団員「あいさー。んじゃちょっと採寸します」エルゲにメジャーやら体重計(数トンまで測る機材用のやつ)を運んできたり。

 

 

正直それだけでも相当苦労していたが、一番はやはりあのエルゲを体重計に乗せることだった。勿論彼自身が乗ろうとしたが、如何せんサイズがサイズなだけに、結局は団員の力を借りたのだ。

エルゲ「これなら今後、食べるのとか苦労しなくて済みそうですね」

と、フラグ的な言葉をサッと口にした。

 

 

団員「ええ、できれば、いいんですけど」メジャーは10mまで余裕なものを使うし、体重計には十数人がいっせーのーせぇ!と乗せてやって…。そうして図られた数値は…

 

 

エルゲ「ふぅ、ふぅ……ありがとう。どんな感じかなぁ?」と、団員の言う「できる」を切望するように聞いた。

 

 

団員「え~と…1500Kg」「…1500Kg。」「1トンと半分!ひぇー!」「それだけ抱えて動けるんだから本当凄いったらありゃしないな!」やんややんや。ただの肉塊なら【デブ】の一言で切り捨てられるだろう。だがエルゲとシュヴァインは、【役】の強みのために自らこの肉体を作りあげ、日常生活も無事行えるようにしている。その並大抵ならぬ凄まじい努力が、団員達から持て囃される今を作りあげたのだ。

 

 

エルゲ(まあ、体重計には自力で乗れなかったけど――でもこの体で生活できることは、世界中で俺達だけだろう)と、細かいことは気にしないようにした。

エルゲ「けど、シュヴァインに用意したような機械があれば、もっともっと重く出来るさ」と、褒められる喜びからつい鼻を高くし背伸びした。

 

 

団員「そんじゃこの寸法…とちょっと大きくとって作るんで」「出来上がったら運びますっ」

 

 

エルゲ「ええ、楽しみにしてます」

そしてエルゲは、シュヴァインが楽に行動できているのを羨みながら、自分用の補助器具が拵えられるのを楽しみ待った。

 

 

 

 

そうして完成した器具は、腹が前に左右につきだして屈むのも難しくなったエルゲに取ってはまさしく手足の延長のように日々をサポートし…いよいよ公演の数週前に至る。

二人の体格は…ますます加速していた。

シュヴァイン「ぶひー…」すっかり息荒く、豚獣人らしい息を吐くことが増えた。垂れる肉は吊り上げるサスペンダー状の器具でなんとか接地は免れているが、マフィントップなんて可愛いものではなく…言わばドレスフリルとでも言わんばかりに広がり柔らかく揺れていたり

 

 

その下に潜って雨宿りできるなと弄られる事もあるほど。一方のエルゲはその柔らかさと無縁で(表向きは羽毛でそう感じるが肉体的には)今にも破裂しそうなほどの風船体型だ。しかもその風船は一般家庭用、業務用の大きさを凌駕し、揺れる時はその塊が一体となり、まるで鉄球のような衝撃を周囲に与えた

 

 

シュヴァイン「もうすぐ…公演だな」ぶふーっ、と一段落。「いよいよこの「肉」体を御披露目して、一世一代の演技…だ」にぃ…と楽しげに笑えば、ほっぺたにたるんたるんについた肉が柔らかく歪み…。互いに合わせて数トンだったのも、かなり昔に思える。今や二人を会わせれば10トンを越えるのだ。シュヴァインはたるみ柔らかく広がるためにまさしく肉の塊だが、エルゲはそんなシュヴァインとの対比もあり…詰まって爆発しそうな風船をぎゅっと摘めたような、ますます立派な身体だ

 

 

その体を証明するように、出番前でも二人は例の機械の補助で何かを常に口に入れざるをえない状態だ。

エルゲ「ふぅー、そうですねぇ。団長が言っていたように、大成功になると、願いましょう」

今思えば、昔想像した主役像とはだいぶ違った。だが主役は主役。ここで名を馳せれば時代の寵児間違いなし

 

 

シュヴァイン「よっ、し」機械の助けを借りながら、衣装を羽織る。如何にも権力に凝り固まった、と言う感じの、シュヴァインには着なれた雰囲気の[悪の]雰囲気を纏う。服の裾からたるんたるんと肉のスカートじみた柔らかな襞が覗く。

団員「エルゲさんもこっちに」と見せるのは、昔のエルゲの体格なら数十人は包めそうな布地。神話の神を思わせる、優雅な衣装だ。「多分サイズは合ってるはず…」

 

 

そんな団員の不安な言葉の中、正直ここまで体が大きくなれば傍目小さいのか分からないので、とりあえずシュヴァインと同じように機械の力で衣装をまとった。

エルゲ「んぐ……ちと、きついかも」

団員たちは二人が巨大化するのを想定して寸法していたが、どうやらエルゲは想定がだったようである

 

 

団員「…あ、ちゃあ」みっちりパンパン。

ダンチョー「想定以上だねぇ」うーん、とちょっと悩ましく「…よし、ちょっとプランをずらそう。「デウスエクスマキナ」式に出てもらうから、大事な箇所やらを隠す薄布みたいにあえて留めずに…」衣服、の役割を果たすボタンを外せば、着るというより羽織るように。確かにきつくはない、が…露出が激しい。「腰はこうしてと」スペア予定だったらしい衣装を、やはり留めずに被せるように。動いたら落ちそう…

 

 

エルゲ「ま、まぁ……団長がおっきくなれよ的なことを言ったわけだし、別に良いよね」

と、ちょっとした罪悪感を忘れようと言い聞かせた。

何より今大事なのは初の大舞台を大成功におさめること。それに……まぁ、シュヴァインと違って羽毛があるから、最悪は……ね。

 

 

ダンチョー「よしっ。…それじゃ、この衣服をまとった状態で上からスルスルとおろすから、降り立ってスポットライトが照らされたところで…よろしくっ」ぽんぽん、とおなかを軽くたたいてやり。ぼうんっとまるで狸の腹鼓もかくや、といい音が響く。

団員「ラストのシメ、よろしくお願いしますよ」

シュヴァイン「うっし、それじゃ俺が先に行くから…ゲップ」ぼるん ぶるん、と柔らかな肉ヒダを揺らしつつ「気を楽にしていけよ?」にっ、とでっっっぷりふくらんだ顔でほほ笑んでから、先に舞台へと向かっていく。エルゲは団員たちの案内で天井裏、降下装置のほうに移動だ

 

 

正直団員がこさえた器具がなければ、到達は不可能だったろう。

今まで見た事のない巨漢。巨漢はこれまでにこの世界に何人もいたが、今回の舞台ではその歴史をことごとく打ち破るだろう。今シュヴァインが演技してるさなかでも、観客は息を飲み、感銘している。やがて訪れるエルゲの発現も知らずに。

 

 

シュヴァイン「さぁ、者共よ!我が言葉は神の御言葉なり!真に富める我等こそ正義!貧者を討ち据えるのだッ!」

波打つ巨体を揺さぶりながら、ビリビリと壁が震えんばかりの声を張り上げる。団員達扮する2つの陣営が、今正に破滅の戦いを始めんとする場面。…今こそ出番だ。

ダンチョー「(今!)」裏方フロアから合図を送る。照明がゆっくり暗転し、スポットライトの角度がエルゲのゴンドラに向けられる…後はエルゲの一言があれば、照明は一斉に照らし…『待て…!』の一言から始まる、一世一代の演技を今こそ振るうときとなる…!

 

 

エルゲ「私の言葉こそ、神のお言葉――」

シュヴァインより大きな体は存在するはずがない、何故なら彼が今日、この舞台で歴史を塗り替えていたからだ。

そんな観客は、よもやそれが、新手の主役にすぐさま更新されるなど思ってもみず、驚愕し、頭が真っ白だった。そこに、彼の演出がトドメを差した。

 

 

観客「う…わぁ…」「デケェ…」「それに…な、なんだありゃ、まるで風船みたいにパンパンだ」「なんて神々しい…」

観客たちは、釘付けだ。

シュヴァイン「馬鹿な、いや、まさか」今まで堂々としていた悪は、舞い降りた神に照らし出され、恐れ戦く。

神…エルゲの紡ぐ歌声は、シュヴァインの威圧感を丸出しにした声色と違い、身体をビリビリと震わせながらもどこか暖かい言葉として場を支配する…

 

 

エルゲは自身に陶酔していた。役に自惚れていた。これが、主役という立場、そしてその場を操る力(演技上での)なのかと。彼は、もはやシュヴァインを足元に置くような様で、その役を演じた。

シュヴァインは抗った。だがそれが招くのは定番の終焉。彼の大いなる力は、上回った力に為す術がなかった。

 

 

そして、最後は…歌で終わる。

声高に紡がれるエルゲの語りを追うように、争いを諌められた戦士達は歌声を響かせる。狼狽え、追い詰められたシュヴァインは。蓄えた自らの「力」により、(実際には舞台の下の空間にだが)奈落へと堕ちて最後を迎える。

暗黒に支配されんとした世界には光が満ち…クライマックスは、無事に幕を下ろした。

…後は、幕越しに割れんばかりの喝采が響く。勿論、それは劇団全体に向けての拍手。しかし、今は間違いなく…ここまでかけ上がり、ラストを見事に飾ったエルゲを賞賛し、褒め称える天上の祝福であった…!

 

 

勿論、幕が下りればまた舞台上を整えるためにわたわたと戦士…に扮した団員達は道具を舞台袖に追いやり、一旦また舞台上は始まりのための用意がなされる。エルゲの載せられたゴンドラも持ち上がり…再び、舞台裏の控えに戻った。未だ身体には最後の大盛り上がりが染み渡っている…。

ダンチョー「いやぁぁぁ…良かったよエルゲ君ッ!」早速戻ってきたダンチョーの熱いハグだ。「皆拍手喝采だよ!大成功だ!やはりこの役が最適だったよ!」ばふばふばふ、と腹にハグして叩いてくる。感極まってるらしく非常に強い(勿論今のエルゲにはむしろ気持ちいいくらいの刺激だが)。

 

 

エルゲ「ありがとうございます……これも、全ては師匠のおかげです」

あとで喜びを分かち合う予定のシュヴァインに思いを馳せた。全てはあの時から変わったのだ、彼に弟子入りした時に。

 

 

あの時は思いもしなかった。嫌厭してたし、八方塞がりなエルゲの投げやりなラストチャンスだったと思う。

だが、その後の生活が彼を大きく変えた。そう、大きく。まさかここまで大きくなるとは思ってもみなかったが(彼についても同様だ)。

エルゲ(結局のところ、シュヴァインってやっぱ凄い人だ)

 

 

ダンチョー「うんうん…彼はなんのかんの見る目があるし、チャンスには貪欲だからねえ」実際、狼族やらにも引けをとらぬ嗅覚や勘に冴える種もまた豚族にはいるという話である。「きっとエルゲ君の中の輝く物を見つけたんだろうねえ」

シュヴァイン「ぶふーぅ…お疲れ、よかったぜ」ぶよよん、と肉を震わせながら、エルゲを此処まで引き上げた立役者の登場だ。「修行した甲斐があったな」むにゅん。と挨拶代わりにするように腹をお互いに軽く押し付けたり。柔らかい。「どうだった、「トリ」を飾った気分は。劇場の視線が一身に向けられたのはすげぇだろ?」師匠として、弟子の晴れ舞台を誇らしく語る。

 

 

エルゲ「えぇ、凄く気持ち良かった。全てはシュヴァインさんのおかげです。でなければ、こうも『トントン』拍子にいきませんでしたから」

したり顔で答えたエルゲだが、彼には本当に感謝してたし、心から抱擁でそれを示したかったが、生憎それは不可能ゆえ、同じく腹を押し付け返すことで代替した。

 

 

シュヴァイン「ぐふふ…、明日の公演でもしっかりな」ばふっ、と自分の腹をたたき、なで回し。エルゲと違い柔らかいため、腹太鼓は響かない。柔らかそうに全身は揺れるが…

 

 

 

 

そうして、上演を重ねるうちに、次第に二人の体躯はますます膨れ上がって…

【シュヴァイン】「ぶふうう…っ、そんな、ばがな…」 ますますでろんと肥え太った体を揺らし。もう何度目にもなるラストシーン。あとはエルゲが、大きく歌いだす…だけなのだが。

   ミシッ   バキッ…!と、機材が、悲鳴を…

 

 

エルゲ「あぁぁー!」

歌い出しがコーラスだったので歌詞的には良かったが、声が上擦りみっともなく、エルゲがなんと落下したのだ。

勿論、それは機械が彼の重みに耐えかねたゆえだ。シュヴァインに向かい直滑降で落ちると、トランポリンのように広く膨れたシュヴァインがそれを(必然的に)受けた。

 

 

シュヴァイン「え」一瞬、固まり「ぶぎゃあぇ!?」びったあああああああああん!と数トンの質量爆弾。…さすがに、シュヴァインと言えど、それに耐えられなかったか、ピヨピヨと気絶している

団員「………お、おお、神よ!真なる神よ!偽りの救世主を打ち砕き…」挙動不審になりつつも、団員たちは…なんとまあ。アドリブで場を繋いでくれたり

 

 

エルゲ「う、うむ。これこそ天罰に他ならない。不確かな世においても、天罰はあらゆるものによって決定的に下されるのだ。それ即ち、誰しもが神によって見守られている証である」

どうにか団員たちのの努力を無駄にしないよう台詞を取り繕い、威厳を崩さぬよう発言した。窮地は、一応は脱したようだ。

 

 

…締まりはしたが

あはは…と子供やらは笑ってしまい。

シュヴァインがぴくぴく、とまるでアニメーションのオチみたいな有り様は伝播し…

あはははっ。と笑いが広がってしまったり

 

 

とりあえず白けるよりはマシだった。受けはあった、ということなのだから。

エルゲ「すみません、師匠……」

下で伸びてるシュヴァインに呟いた。しかしまさか、あれを壊しちゃうほど俺、太ってたんだな、とこの時、改めて自身が如何に太っているかを自覚したエルゲなのだった。

 

 

この後。復活したシュヴァインに飯をたんまり奢らされることになったり、ダンチョーからも新たな劇の提案で喜劇もやるかな?という展開も交えることになるのだが…またそれは別の話


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