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M ドルフィニアン Dolphinian 僕 アーニー Earny 

M 熟年フォールスオルカン Middle Age False Orcan 俺 コウフ Cofe 

M 中年シャーカン Middle Age Sharkan 私 ウィスフィ Wisphe 

F 中年オルカン Middle Age Orcan 自分 パル Pal 

F ホエリアン Whalian 私 カドル Kador 

M フィンレスポーポィスン Finless Porpoisen 俺 ディープ Deep 

M 子ホエリアン Child Whalian 僕 コウフ Cofe 

エンテヨ Enteyo

万能機器

母宇宙連盟

調査船ネオクレイザー


 あたりには、壁一つなかった。暗くて先が見えず、天井も見えない。そしてエレベータ役となった部屋以外の床は、赤い何かがうごめいていた——いや、床ではない。

「……ング、ムグ……グゴ、ゲ……」

 どこからか、くぐもった重低音の声が聞こえて来た。しかしその声の主は見えない。だがそれが聞こえる度、赤く柔らかい周囲の床は揺蕩っていた。

「こ、これが神、なのか?」と宇警のリーダー。

「そうだ。惑星クレイザー出身、十億年前から変わらぬお姿だ」

「惑星クレイザーだと? つまりこのわけの分からんやつは、そこにいた海洋族だと言うのか?」

「なんと無礼な! いいか、神は十億年間も生き続けてきたんだぞ。私たちと同じ海洋族かも知れないが、私たちからしてみれば始祖とも言える存在だ。正に神という名に相応しいのだ」

「だが、どうやって生き続けた? 現代の医学でも、そこまで長生きは出来ないぞ」

「言っただろ、エンテヨだ」

「しかしそれは、やがて自重で自滅すると言っていたではないか」

「ああそうだ。しかし神は、偶然にも本物の不死を手に入れたのだよ」

「ま、まさか……そんなこと、不可能だ!」

「いや、現実にそうなのだよ、宇警さん。しかし問題は、未だにその要因が不明であることだ。なぜ神以外の全員は、死んでしまったのか。それを私は研究しているのだ」

「……なるほど、だからアーニーが実験体になってるのね」と今度はパル。

「その通りだ。教えたとおり神もアメーバを持っている。そのため、アメーバが何らかの作用を起こしているのではと私は考えているのだ」

「しかし、この神とやら、一体どれほどの食事を取るんだ?」再びリーダー。

「一日八食、一食ごとに百トンのエンテヨ食を要する」

「なんてこった。そんな生活を十億年も続けてたら、惑星を覆い尽くしてしまうぞ」

「現にそうだ」

「なんだと?」

「この広大な新惑星は、地表を一層目とすると、その下の二層目には巨大な無の空間があり、そして再び三層目からは通常の地層へと戻る。そのあいた空間が、正にここなのだ。そして神は、自らの体で新たな層を作り出したのだ」

 宇警やパル達は、わずかな言葉も出なかった。この醜い姿を神とは認めたくないのだが、宇宙的に言えば、十億年も生きた生命体は恐らく初。つまり神と名付けても、紙面上(正確には電子紙面上)は認められる存在なのだ。

「……この施設は、母宇宙的にも重要な場所となるな。十億年前の海洋族が住む場所なのだから」

「勿論そうだ。私を逮捕することは当然だが、この新惑星をいかすことが、世のため人のためだぞ」

「そうかも知れないな。お前のやった罪は、何があっても免れることは出来ない。だが、この施設をしっかりと運営して活かすことは重要だ。それに家畜たちは、どうやら意識がないようだし、倫理的にも問題は生じないだろう」

 宇警のリーダーの言葉に、ウィスフィはうんうんと頷いた。そしてこう切り出した。

「さてと、そうなると誰がここの施設長となるかだ」

「そんなの、母宇宙連盟から、選りすぐりの教授達を選ぶまでだ」

「いや、精々助手程度に留めておけ。今のところまだ、ここの施設長は私だ。後任は私が決める」

「まさかそいつも、犯罪者じゃないだろうな?」

「いいや、寧ろ被害者だ」

「どういうことだ?」

 するとウィスフィは、パルの方を手で示した。

「彼女だ」

「なんだと、パルがか?」

「じ、自分?」とパルも目を見開きながら、自分で自分を指さした。

「さっきも言っただろう。君は息子のため、ここに居ざるを得ない。そして正直なところ、息子が不死でいられるかどうかは分からない——人はいつか死ぬ、だが息子を愛する君なら、どうにか不死にでもさせたいんじゃないのか?」

「それは、当たり前じゃない。大好きなたった一人の息子なのよ?」

「だが彼女で大丈夫なのか?」と宇警のリーダーが問うた。

「一つ言っておくが、パルはこれでも、三代目クレイザー船長の元部下で、惑星クレイザーの発見者の一人でもある。研究者として、トップとしては申し分ないと思うが」

「しかし、仮にそうだとしても、彼女の本心でなければ施設長には出来んだろ。法律上後任を選べるお前も、強制は出来ないからな」

「分かっている。それで、パル、どうだい?」

「……自分が、ここの、施設長?」

「そうだ。確かにここで、コウフが家畜となり、昔の同僚達もそうなって、君には辛い場所かも知れない。だが息子さんを考えてみろ、もう彼は、このまま太り続けるしかないんだ」

 パルは悩んだ。しかし答えは、一番目に用意したもので充分だった。

「分かったわ。自分がやる」

「そうと決まれば、これを君に」

 ウィスフィは、何かのカードを差し出した。

「私のIDカード兼記憶媒体だ。これで今までの研究内容、そして神が語った十億年の歴史を見ることが出来る」

「ありがとう……いや、その言葉は不適切ね。アーニーやコウフ、そしてクレイザーの船員達までもあんな目にあわせたんだもの」

「そうだな」

 これが二人の会話の区切りと見たのか、宇警のリーダーが割り込んだ。

「それではウィスフィ、お前を母宇宙法に則り、逮捕する」

 ウィスフィは頷いた。そして部屋を元の場所に戻すと、宇警達はウィスフィを連れ、外へと通じるエレベータへと乗り込んだ。

「パル。本当に君は、ここの施設長になるんだな?」

「はい」

「それとそこの護衛。お前もここに残るのか?」

「はい。私は宇警ではありませんし、彼女の護衛が任務ですので」

「そうか。それでは後々、ここに最高の研究員と教授達を送ろう」

「お願いします」

 そして宇警達は、ウィスフィを連れてエレベータを上っていった。パルは、それを見送ると、護衛に言った。

「ありがとう、態々残ってくれて」

「気にしないでください、これも仕事のうちですから。それではまず、やるべきことをやりましょう。この施設のことを把握し、そして今いる研究員達にもこのことを告げなければ」

 五年後。新惑星は、メインの施設の長、パルにより、惑星アーニーと名付けられており、そんな息子の溺愛っぷりが見て取れる中、今日も彼女は、愛する息子のために全力を尽くしていた。

「——でも、本当に助かってるわ。護衛だけのためかと思ったら、今じゃ自分の仕事も手伝ってくれてるし」

「いえいえ、少しでもあなたの負担を減らすのが護衛ですから。これも仕事の内ですよ」

「ママぁ、げぷ、お代わりちょうだい」

「分かったわ、何がいい?」

「全部ぅ」

「うふふ、もうアーニーったら」とパルは、万能機器で注文を始めた。

 アーニーは今や、コウフのように、家の殆どの床を埋め尽くしていた。彼のより家は大きいものの、あの短期間の肥大スピードに比べれば、やはりアメーバを保持しているのといないのとで、太り具合には大差があった。しかしその代わり、日増しに増大する食欲に耐えるべく胃袋は巨大化して行き、今ではパルの身長よりも高くにまで膨らんでいた。

 一方パルはと言うと、再び息子へ誠意を尽くし始めてから、肥大化は収まっていた。あの大きなお腹は今尚健在だが、四肢は昔のような、あの筋肉質なものに戻っていた——いや、寧ろ以前よりも一層立派になっているようだ。

 しかしそんな彼女でも、やはりベッド三台を包み込むような脂肪の成れの果てな息子を動かすことは出来ず、重なりあった肉襞を持ち上げるのがやっとだった。逆にアーニーは、そこまで太っているため、もはや万能機器すらいじれず、食事以外の全てが他人任せとなっていた。

「アーニー、来たわよ」

 するとロボットアームが、アーニーの元へと差し出されて来た。そこには大好きなピザ、ステーキ、スクランブルエッグ、ホットドッグ、ドーナッツがそれぞれ100個ずつあり、そしてコーラも10リットル用意されていた。アーニーはそれを、いじきたなくも豪快に頬張り、はしたなくこぼれる食べ滓は、いつも通り母親に拭いて貰っていた。

「げぶぅ!」

「おいしい、アーニー?」

「うん」そう言っただけで、再びアーニーは食に没頭し始めた。

 するとここで、自分よりも高い彼のお腹を拭いていた護衛が、お腹の山の中腹から降りてきた。

「ふぅ、また一段と太ったな」

「ありがとう。ねえ、少し休んだらどう? ずっと朝から体を洗いっ放しじゃない」

「はは、こんな床にまで体が広がってたら、一日中やらないと全部は洗い切れないぞ。それに君だって、一日中付きっきりじゃないか」

「いいのよ、自分の息子なんだから。けどあなたは、少し休んだ方がいいわ」

 パルに再三言われ、護衛もそうした方がいいかと、ようやく納得した。

「分かりました。それでは少し、休憩に行ってきます」

 護衛は、アーニーの家を出た。そしてそのまま、彼の部屋がある寮へと向かうかと思いきや、なぜか彼は、監視室へと向かい、その中に入ったのだ。そこは今では誰も使っておらず——元々ここは十億年前の古い施設。当時はフィールドを用いなかったため、このような監視カメラなどを使っていたが、母宇宙連盟に加入した惑星アーニーは、規律によってフィールドを張られ、警備システムも備えられているからだ——即ち監視室に来ることは普通ならないのだ。

 そんな監視室のとある機械に、彼は近付いた。それは使われなくなった古き録音機(映像は無音なので、それを見て現状を口頭で録音するのだ)で、彼はそこの録音釦を押したままにした。

「……アーニーは、アメーバを持ちながら、パルの愛情を受け着実に成長。一方パルは、その息子のために全力を尽くし、肥大化は一旦停止、元の筋肉質な体に戻りつつある——但し、腹部の大きさはほぼ変わらず。

 それから、母宇宙規則に則り、被験者の志願を募ったところ、結果は五名。元々の家に、四隅の間にそれぞれ新たに四つの家を設け、来月から肥育を開始……ふふ、教授、寧ろ今の方が、いい結果が残せそうですよ」

 護衛は、録音釦を離した。

 長らくぶりに、自宅のピザ屋へと帰宅したカドル。

「ただいまー!」

 しかし、返事はない。彼女は、いつもの厨房へと入り、そしてカウンター裏へと入った。だが店内は閉まっており、いつもの定位置の大きな膝掛けのない椅子——膝掛けがあると、でかい体が挟まるどころか入らないのだ——を見たが、そこにもいなかった

「君の父さんは、留守なのかい?」

 同行していたディープが言った。彼は昔の望み通り、二代目クレイザー船長をこの目で見たかったのと同時に、調査中は体型が変わらなかったカドルも、その巨体を育てた更なる大巨漢に会いたかったからだ。

「いえ、そんなわけないわ。だって父さんは、ここを往復するだけでもやっとだもの。どうしたのかしら」

「そういえば、メールは届いてないのかい?」

「見てみるわ」

 カドルは、昔は郵便受けと言っていたメール受けを見た。するとそこには、多くのメールが入っており、長らくこの家にいなかったことが窺えた。

 彼女はその一つ一つを、しっかりと見ていった。するとその中で、五年前に届いていたパルのメールがあった。

「パルって誰なんだ?」とディープ。

「三代目船長の時の元船員よ。今はここの近くに住んでいて、アーニーの母親よ」

「ああ、例の子か。ドルフィニアンの十倍近く太ってるっていう」

「そう。そのパルさんからなんだろう」

 彼女は、内容を読み上げ始めた。

『こんにちは。突然の話で吃驚するかも知れないけど、お父さんは、あなたが調査に行っているあいだに亡くなったの。通例通り、遺灰は海に流したわ。連絡をしなかったのは、本当に申し訳ないと思うけど、お父さんが君の調査を邪魔しないようにって言われてたから、それで遺言通り、こうやってメールで知らせることにしたの。

 悲しいかも知れないけど、お父さんが残したピザ屋を、出来る限り継いであげて。それがお父さんの最後の望みよ。

 パルより……」

 カドルは、ゆっくりとメール受けを閉じた。ディープも、どう慰めて良いのか分からず、言葉を詰まらせた。

「……ごめんなさいね。父さんに、会わせられなくて」

「い、いいんだ。それと、俺もごめん。どう言葉をかけていいのか……」

「いいのよ、気を遣わなくて」

「……なあ、お父さんの意向通り、ここのピザ屋を継ぐのか?」

「そう、ね……ネオクレイザーでの調査も楽しかったけど、でも、私にはここが一番大事な場所だから」

「そうか……」

 静かな沈黙が流れた。突然の出来事に、二人とも、交わすための言葉を用意していなかったのだ。

 しばらく、口を閉ざしていたディープ。ここはどうにか気分を変えてあげないとと、彼は思いきって口を開いた。

「なあ、カドル。出来たら是非、ここのピザを食べさせてくれないか? お父さんの味を堪能して見たいんだ。それに見たところ、在庫が結構あったようだし——賞味期限が切れていなければだが」

「ううん、大丈夫よ。百年は持つ保存食にもなってるピザだから、倉庫にも常に何千食って用意されてるの。じゃあ、今から作るから、店内のテーブルで待ってて」

「分かった」

 ディープは、厨房からカウンター裏と抜けて、店内のテーブルに着いた。そしてカドルは、父親がいつも使っていた専用レンジで、父の背中を真似ながら即席のピザを作り、そこへと運んだ。彼女も同じく席に座り、二人で静かに食事を始めた。

「……おいしいわ。即席のものとは言え、これこそ父さんの味よ」

「そうか。これ、随分と美味いんだな。ついつい食べ過ぎちゃいそうだ」

「うふ、父さんも同じことを言っていたわ。だから太っちゃったのね」

「俺も、君のお父さんみたいになるのかな?」

「それはないわ。だって父さん、物凄く太ってるんだもの」

「ははは、君がそう言うのなら、相当だってことだな」

「ええ」

 少しは盛り上がった話も、再び途切れてしまうと、あのどんよりとした雰囲気に戻ってしまう。ディープはどうにか言葉を出そうとするが、下手に言って彼女を傷つけたくはなかった。普段はお喋りな方だが、それが玉に瑕となりかねず、彼は今回そこの所に神経を張り巡らしていた。

 すると、そんな彼の心の努力を見たかのように、今度はカドルが沈黙を破った。

「ねえ、ディープはどうするの? やっぱり、調査船に戻るの?」

「うーん、それは、難しい所だな。だがもし、君が良ければ、俺もここで働くのも悪くはないかも」

「えっ?」と彼女は、彼の目を見つめた。

「さすがに、女一人店を任せるのは、男としてはどうかと思うんだ」

「……でも、あなただって、調査は好きなんでしょ?」

「ああ。けど君といるのも、結構好きなんだよ」

 彼の言葉の裏には、どういう意味があるのか。しかしカドルは、彼の優しさを素直に受け取ることにした。

「ありがとう、ディープ」

「いいってことよ。さっ、今日はたっぷりと、父さんのピザを味わいましょう」

「そうだな」

 そして二人は、お互いの過去や調査船のことなどで談笑しながら、ピザを食べ進めた。ディープは体が小さいので、頑張ってピザを半分平らげるのが精一杯だったが、カドルは、宇宙船では周りに影響されてか見せなかった大食ぶりをここで見せ、一枚、二枚、三枚、そして四枚も平らげ、序でに彼の残りも見事に完食した。そんな彼女を見て、何故かディープは微笑ましくなり、楽しい気分になった。

 それから、コウフのピザ屋は、新たにカドルのピザ屋として、翌月には夫婦で運営する形となった。

 あれから十五年。カドルのピザ屋は、今もしっかりと夫婦で運営をしていた。だが店内に入ると、以前よりだいぶふっくらしたディープ以外、店員の姿は見えなかった。

「カドル、パイナップルピザとデリシャスピザを頼む」

「分かったわ」

 厨房にいたカドルは、左手で持ったマジックハンドで冷凍ピザを二枚棚から取ると、そのまま前左にあるレンジに入れ、マジックハンドでスイッチをいれた。そして出来たやつを再びそれで持つと、向かいのカウンター裏にいる夫へとピザ二枚を渡した。

 一方、彼女の右腕はというと、コールドテーブルの上においた自分用のピザ一切れを持って、それを口へと運ぶ作業を繰り返していた。彼女は、ピザ屋に帰還してから、なぜだが食欲が増していたのだ。途中で子供が出来たことも大きく影響したのかもしれないが、彼女の体重増加はとどまることを知らず、ついには身動きが困難になってしまった。しかしながら、店を夫にばかし任せられないと、彼女はこの厨房を、父親が設けていたように定位置としたのだ。おかげで、コールドテーブルの冷凍庫部分は、彼女の大きな肉体で阻まれて使えなくなってしまい、冷凍ピザを棚へと移していた。

「ふぅ、次は何にしようかしら」

 ピザ箱がからになり、彼女はそれを横にぽいと投げ捨てると、自分用にまたピザを作り始めた。まだ昼なのに、これでもう二十枚目のピザだった。

 それから、昼が過ぎると客足もなくなり、ディープが一端遅い昼休みを、厨房で妻と取る。その際、彼はピザを数枚食べる程度だが、彼女は先ほどのに加え、また更に食べてしまうのだ。そんな母親を見て育てば、一日中ピザで過ごすような子供達も、普通な体型でいられるはずがない。

「ままぁ」

 長女のフィンレスポーポィスンだ。五歳ながら、既に同種族の父親、ディープの昔の体重を超えている。

「どうしたの?」

「わたしにも、ピザつくって」

 するとその時、彼女の後ろから、何やら肉だるだるしいホエリアンがやって来た。息を少し切らし、入り口の両側に手をあてて支えながら前のめりになり、するとその巨腹が、妹を呑み込むように被さり包み込み始めた。

「ぼ、僕にも頂戴」

「おにいちゃん、おもいよぉ」と妹は、まるでフードのように乗っかる兄の鯨畝(=くじらうね)なお腹に困った。そんな彼は、これでもまだ十五歳だ。

「全くもう、さっきあんた達は昼飯食べてばかりでしょ。それで何枚?」

「いちまい!」

「僕は、五枚ほしいなぁ」

 するとカドルは、ちゃっちゃとピザを作り、まず長女に一枚渡した。長女はピザ箱を持ちながら、兄の柔らかい肉壁をぐいぐいと潜り込み、どうにか廊下へと躍り出た。

 カドルは、次に長男のピザを作りながら聞いた。

「そういえばコウフ、これからはどうするの? 今日で学校は卒業でしょ。進学するの、就職するの?」

 この海洋星では、卒業してから受験やら就職活動を始める仕組みになっている。そしてコウフと名付けられた長男が、それに答えた。

「店の手伝いじゃ、だめ?」

「それってあんた、ここのピザが食べたいだけでしょ? それに、何か仕事があって?」

「ほら、いつも朝、倉庫からここにピザを運ぶでしょ? ふう、それがいいな」

「それは一時間も満たない仕事よ。でもまっ、ここの手伝いをしてくれるだけでもありがたいわね」

「じゃあ、いいの?」

「いいわよ。ほら、早く部屋でピザでも食べてなさい。汗だくだくよ」と彼女は、五枚のピザをマジックハンドでコウフに渡した。彼は少しのあいだ立ち続けていたので、かなり疲労困憊しており、ピザ箱を受け取りながら、全身を流れる汗の一部を手で拭った。

「ありがとう」

 そしてコウフも、ようやく自室へと戻り始めた。しかし廊下が狭いのか、両壁に彼の胴体が摺れる音が聞こえていた。

「ふぅ、息子達のために、少し家を改築した方が良さそうね」

「だがそうすると、またコウフとかが甘えて太るんじゃないのかい?」

「いいじゃない。私の方針は自由なんだから」

「はは、さすがこの地域だけあるな」

 翌日。ピザ屋の居住部分が早速工事されてのは、言うまでもない。

「ま”ま”あ」

「どうしたの、アーニー?」

「ほっぐ」

 この意味は「ホットドッグ」だ。アーニーは太り過ぎ過ぎたため、三文字で言葉を終わらせるまでになってしまったのだ。

「他には?」

「どーつ」これはドーナッツだ

「じゃああとは、コーラで大丈夫ね?」

「う”ん」

 パルは、万能機器で打ち込んだ。

  ホットドッグ 10000本

  ドーナッツ  2000個

  コーラ    300リットル

 やがて、ロボットアームに続々と運ばれてくる飲食物を、アーニーは醜穢さを露わに(=むさぼ)った。

「——ごぇっぶ……ごぶ、むぐ、う゛ぐ……げぇ……ぶぶぅ——」

「うふ、アーニーったら、まるで神様みたいね」

「げっぶう!」

 母親のパルは、実年を過ぎたせいか、どうやらエンテヨの猖獗以上に、一人っ子の息子を舐犢(=しとく)しているようだ。それに答えるかのように、息子は更に大きく、そして更に醜く成長して行く。彼女の愛情は、彼の肉体のように、先が見えないものとなっていた。

  完


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