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M ドルフィニアン Dolphinian 僕 アーニー Earny

M 熟年フォールスオルカン Middle Age False Orcan 俺 コウフ Cofe

M 中年シャーカン Middle Age Sharkan 私 ウィスフィ Wisphe

F 中年オルカン Middle Age Orcan 自分 パル Pal

エンテヨ Enteyo

万能機器


 あれから、数ヶ月が経った。宇宙警察との提携もあり、パルとその警察部隊は、迷うことなく、アーニーが連れ去られた惑星を認められる場所まで来ていた。

「ようやく、着いたのね」

 パルが、スナック菓子まみれのベッドで横になりながら言った

「はい。……本当にあなたも、一緒に行動するんですか?」

「勿論よ。アーニーのためだもの」

 そう言って彼女は、身を起こそうとした。しかし、腕に力をいれても、その体はわずかにしか持ち上がらない。それもそのはず、彼女の切磋琢磨した逞しい両腕は、今や完全に脂肪に覆われ、さらには綺麗な曲線美を通りこし、弛みが発生していたのだ。そんな体で、そこ以上にたっぷりと脂肪の付いた胴体を持ち上げられるわけがない。彼女は、護衛の手を借りて、どうにか上体を起こした。

「ぷふぅー……」

「パルさん、ここで待っててもいいんですよ」

「嫌よ、息子のためだもの」

「ですがねえ、その体じゃあ——」

「行くのよ!」

 彼女が怒鳴っても、昔とは違って今や怖くはなかったが、気持ちを察した護衛は、彼女を連れて行くことにした。

 そして、その時が来た。宇宙船が惑星に着陸すると、警官達が先に施設へと向かい、護衛と彼女だけが、遅れて行くことになった。

「ごめんなさいね、自分のために……ふぅ」

「大丈夫ですか?」

「え、ええ」

 すると護衛は、持っていた床几を広げた。彼女はそこに座り込むと、息を整えた。他にも彼は、彼女のために陸に海洋族仕様ではない大きめのスクーターを用意しており、休憩を挟みながら彼女をそこに乗せると、一緒に施設へと歩き始めた。

「ここは、監視されてないのね」

「未確認惑星ですからね。でも、熱源は確認できませんが、この施設は結構綺麗なので、何かあるかもしれません」

 やがて施設内部に入ると、監視役の警官が入り口で待機していた。その人が言うには、工場らしき内装ながら、長年それらが稼働した様子はないという。捨てられた惑星か、絶滅した惑星か、もしくは地下に何かがあるのかもしれないとのこと。

 パル達は、更に先へと進んだ警官達を追い始めた。

「なんだと、侵入者が?」

 地下街は、中央がアーニーの超巨大な家、四隅の二つが巨大な家(一つはウィスフィ、もう一つはコウフのものだ)に加え、残りの二つは研究員用の寮と施設になっている。その施設内の監視室からの通報に、ウィスフィは眉を顰めた。

「文明に慣れると怖い物だ。すっかり私は、この惑星がフィールドに包まれていると誤解していた」

『いえ、わたくし達が本来そのことを知っていなければならなかったのです——本当に、申し訳ございません』

「気にするな。因みに今、彼らは何処にいる?」

『既にエレベータに乗り込んだ模様です。宇警を交えた警官達のようですが、その中に一人、とても大きな……女性、スクーターに乗ったオルカンの女性がいますね』

「大きな女性だと? まさかパルとは言わないよな」

『ご存じなのですか?』

「まさか、本当にそうなのか?」

『ええ。音声でそう言ってました』

「そうか……彼女は、アーニーの母親だ。かなり筋肉質な体だろ?」

『い、いえ……その、なんといいますか、その真逆ですね。まるで昔のアーニーみたいですよ』

「なんだと? だがパルには間違いないんだろ?」

『はい。確かにこの耳が聞きました』

「なるほど。どうやらここに来るまでのあいだ、相当怠けたらしいな。だからスクーターに乗っているのか——ふふ、これは面白いことになりそうだ」

『どうします教授? ここには護衛などはいませんし、それに宇警達が相手では……』

「入れるしかない。こうなっては、もう逃げることは出来んだろ」

 パルたちが巨大エレベータを降りると、目の前の大きな扉がゆっくりと開き始めた。するとそこには、白衣を纏った一人のシャーカンが立っていた。

「ようこそ、新惑星の地下街へ」

「お前は誰だ?」と宇警のリーダーが尋ねた。

「私はウィスフィだ」

 すると、今度はパルが言った。

「アーニーは、ここにいるの?」

「ああそうだ」

「なら今すぐ返して!」

「分かった。それでは付いて来なさい」

 ウィスフィは身を翻し、歩き出した。とても広大な空間だったので、目的地までは五分とかかってしまった。

 そしてやって来たのは、とても大きな大きな平屋だった。

「ここに、アーニーがいるのね?」と待ちきれずにパル。

「ああ、中にいるよ」

「じゃ入るわよ」

 パルの言葉に、ウィスフィは妨げることなく、むしろどうぞどうぞというように手で示した。

「アーニー!」

 彼女は誰よりも先陣を切って中に入った。するとそこには、三台並べたベッドとバスルームと映像機器だけと、必要最低限の物しかなかった。そしてその中のベッドに、アーニーが仰向けになっていたのだが……

「あー、にー?」

 そう聞き返してしまうのも無理はない。まず第一に、アーニーの顔が見えなかったからだ。しかしそれは、太り過ぎのお腹ではよくあること。だが一番の問題は、彼の腕すらすっかりお腹で隠れていることだった。パルが最後に見た時は、彼の体重は1tを超えてはいたが、それでも母親の倍ほどだった。しかし大きく大きくなったその息子は、同じくでっぷりと肥えてしまった彼女の四、五倍ほどにまで膨れあがっていたのだ。

 そんなドルフィニアンから、以前よりも低く籠った声が聞こえて来た。

「ま、ママ?」

「アーニー、なの?」

「そうだよ、ふぅ」

「大丈夫?」と彼女は、彼の脇に近付きながら言った。

「うん。ちょっと小腹が空いて、今おやつ食べてるところ」

 しかし彼の両脇には、ドーナッツが百個ずつ置かれ、明らかに小腹とは言い難い量だった。

 だがパルは、そんなことを気にもとめなかった。息子だと視認出来たことで、もはや感無量だったのだ。彼女は、スクーターから頑張って自力で立ち上がると、抱き締めるどころか、腰に手を回すどころか、お腹の一部分しか抱えられないほどにまで巨大化した息子を、ひしと抱きしめた。

「うぐ……ま、ママ、重いよ」

「ああ、ごめんなさいアーニー。ふぅ、でもママは嬉しいの」

「……けど、ママ。僕、どうしよう」

「どうしたの? 病気にでもなっちゃったの?」

「ううん、違うよ。僕……もう、動けないんだ。体が重くて、辛くて、動きたくなかったんだ。けどそうやって、ずっとベッドで食べてたら、動けなくなっちゃったんだ」

 その言葉に、見た目から予想していたとはいえ警官達は驚かされた。だが次のパルの言葉に、彼らは完全に度肝を抜かされた。

「何言ってるの! そんなこと関係ないわ、ママを見なさい。ふぅ、スクーターがないと殆ど動けないんだから」

「そうなの?」

「ええ。だからもう、心配は要らないわよ」

 こうしてパルは、息子との再会を心ゆくまで味わった。それから彼女は、再びスクーターに座り直すと、内玄関にいたウィスフィの所へと戻った。

「いきさつを、話して頂戴」

 ウィスフィは頷いた。宇警などに黙秘しても、その後の網膜からの記憶映像を再生させられるので、現代ではあまり意味がない行為なのだ。それなら素直に答えた方が、一番身のためになるのだ。

 彼はまず、コウフを使ってアーニーを連れ出したことなどを語った。この話を聞いたアーニー本人は、初めて聞く事実に吃驚したが、彼女もコウフが裏切っていなかったことを知り驚いた。そしてそのことをすごく喜んだ。それからウィスフィは、コウフに教えたエンテヨのことなども彼女たちに教えた。

「……ねえ、ちょっと待って。どうしてアーニーの体にエンテヨがあるの? 夫とのキスでアメーバが体内にいた胎児のアーニーに行ったのは分かるけど、夫にはエンテヨがなかったんでしょ? じゃないと、あんな風に餓死するわけないもの」

「いい質問だ。その答えは、ずばりコウフさ」

「え……じゃあやっぱりあの人も——」

「いや、君の考えは違う。全ては、私が神のお告げに従ったまでだ」

「さっきから言うその神って、一体なんなのよ?」

「それは今のところ秘密だ。しかし神は、私に色々なことを教えて下さった。そもそも私は、エンテヨという物質をこの新惑星で入手していた。だがその使い道が分からず、効果も不明で、それが入ったカプセルを開けられずにいた——何せそれは、パンドラの箱をあけるようなものだからな。

 しかし私は、ここで神と出会い、そしてエンテヨのことも教わった。そして神は、私に十億年という長い長い歴史を教授してくれる代わりに、ある条件を提示した」

「条件って?」

「食料だ。神は十億年という長い歳月をかけ、その存在と知識を大きくしていった。つまり神は、生きる宇宙データベースというわけだ。それを保つためには、厖大なエネルギー——即ち食料が必要となる。

 そこで私は、神と綿密な作戦を練り、そしてコウフのピザにエンテヨを忍び込ませた」

「でも、ピザは即席だし、すぐに食べられるから、それを密かに入れる暇なんてないんじゃない?」

「そこが盲点とも言えるな。即席なら、その前段階で入れてしまえば問題はない——だが他の国々に支障が出ては、工場が怪しまれて生産中止になりかねない。そこで私の部下が、コウフのピザ屋への配達員となり、秘密裏にエンテヨを注入させたのだ。

 するとどうだろう、あの地域一帯では、住民達が少し太り始めた聞く。元々脹よかで大らかな場所ゆえ、彼らはそんな細事を気にすることもなかった」

「なるほど、ね。だからコウフも、あんなに太っちゃってたのね。てことは自分の中にも、エンテヨが入ってるってこと?」

「アーニーと一緒にピザを食べていたのなら、そうだろう」

「けど自分も、アーニーが小さい頃からずっとピザは食べ続けてるし、コウフや住民達もそうだろうけど、どうしてアメーバがいないのに、それで栄養の吸収率が悪くなった息子の方が断然大きくなるの?」

「それもいい質問だ。実はエンテヨは、食欲増進作用があると言ったが、あくまでアメーバ対策用に開発されたため、それに反応しているだけなんだ。だからアメーバがいなければ、エンテヨそのものも刺激を受けず、効果は少しずつしか発揮されない」

「つまり普通の人たちなら、動けなくなるまで太るってことはないのね」

「誰しも、食べ過ぎ続ければいつかはそうなるが、エンテヨがそれを強制しているわけではないからな。だが逆に、普通にしていなければ、アーニー以上に太ってしまうのも事実だ」

「どういうこと?」

「アーニーはアメーバがあるおかげで、あれだけの食欲で済んでいる。だがもし、アメーバがない状態でエンテヨが活性化されたら?」

「……アメーバに抑制されず、食欲が邁進。そして大量に取ったエネルギーは脂肪、そして残りがエンテヨになるってこと?」

「素晴らしい答えだ。アメーバがいないことで、栄養の吸収率も変わらず脂肪とエンテヨが入り交じる。よく分かったな」

「自分を馬鹿にしないで頂戴。それで、これらが神の食料とどう関係あるの?」

「神が必要とされる食事量では、並みの食べ物など塵のようなものでしかない。だから家畜を育て——更にその一端で、私はエンテヨの不死についても研究しているんだ」

「家畜って、まさか……海洋族達、なの?」

「察しが鋭い。だがそのまま食べては、悪魔になってしまう。神が食べるのは、彼らが体内で増殖させたエンテヨだけだ。多少脂肪が入り交じってても問題はないが、神はもはや、自らを支えるエンテヨ以外口には出来ない。しかもその量は厖大で計り知れず、今も尚神の存在は大きくなり続けており、それに合わせて家畜の量も増やさねばならないんだ」

「つまり……! まさか、アーニーを!?」

「残念。アーニーはあくまで、私たちの研究材料に過ぎん。何より彼には、肥育を邪魔するアメーバがあるからな」

「じゃあ今回、一体誰を家畜にする予定なの?」

「もう名前は言ったぞ。君の知っている奴だ」

「……ま、まさか……コウフ、だって言うんじゃないでしょうね? だってコウフは、自分と同じで、アーニーほどには太ってないわよ」

「だが、今の君はどうだい? 海洋星出発時と比べ、かなり太ってしまっただろう——それは寂しさなど、過食症の発端となるストレスが原因だ。実はこれが、アメーバ飢餓状態と同じく、エンテヨを触発させるものなのだ」

 ごくり、とつばを飲み込んだパル。彼女は今、良からぬことを脳裏に浮かべていた。

「百聞は一見にしかず。彼の家に案内するか?」

 パルは、静かに頷いた。

「その前にウィスフィ、この施設を調べさせて貰うぞ、いいな?」

「勿論だ。宇警には反論出来んさ」

 そして宇警や警官たちは、地下街の調査へと向かった。パルは、護衛と一緒に、ウィスフィのあとに続いた。

 再び五分ほど歩き、この地下街の隅とも言える場所にやって来た。そこには、アーニーの家ほどではないが、それでもでか過ぎる平屋が建っていた。

 ウィスフィは、中に入らず、あとはパルに任せた。彼女はおそるおそる玄関に近付くと、ゆっくりと開く扉の先に目をやった。

「……こ……う、ふ?」

 パルは、スクーターに座りながら、表玄関で固まってしまった。


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