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モンスター・ハローワーク

 

 

著者 :脹カム

開始日:2010/10/09

完成日:2010/12/09

更新日:2010/12/09

 

 

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「わー、かわいい!」

 女子高生の蜥蜴が、デブモーグリの体に抱き付いて来た。そう、あのファイナルファンタジー7で活躍?を見せた、そのシリーズだけの独特の姿をしたあのデブモーグリである。

「ふわふわして、ぷにぷにして、気持ちいぃー!」と、友達の輪に戻ってきゃぴきゃぴしているのを、彼はただ眺めていた。そして自分が掲げている看板を(=おもむろ)に見て、複雑な気持ちになった。

『キャバ嬢募集中!』と書かれた看板。溜め息を漏らすデブモーグリ。それからまた、彼はいつものようにその場に立ち続けた。

 

 

「ご苦労だったな、デモグリ。今日まで色々とありがとな」

 社長が直々に、給料の入った封筒をデブモーグリことデモグリに手渡した――すると、今月は普段と違って二枚の封筒があった。一枚目はいつもの給料袋。そして二枚目は「寸志」と表に書かれたものだった。

「少しばかりの気持ちだ。お前の見た目はなかなか女性に受けてたし、おかげで良いキャバ嬢が沢山手に入ったよ」

「ありがとうございます」

「それじゃ、これからも頑張れよ」

 デモグリは頭を下げると、踵を返し、そしてこの会社を出た。

 いつもなら、この給料で大好きな食事をしたいところだが、仕事の期限が切れたので新しい職を探さなくてはならない。こういう時彼は、例のあの場所を訪れるのだ。

 

 

    モンスター・ハローワーク

 

 

 決してデブモーグリがモンスターであったわけではない。寧ろケット・シーのしもべとして世界を守った存在の一人である。

 モンスター・ハローワーク、通称モンハロの起源は、随分古くからあったが、主にゲームというものが世に浸透し始めた頃に成長し始めた。その中身はいたってシンプル。ゲームで出番が一時的でしかないモンスター達の再雇用を目的としているのだ。そこから派生して現在では、主人公と共に旅を経験しながらも名が薄れてしまった者達や、完結してしまったマンガやアニメなどの登場人物も、このモンハロの会員に登録している。勿論「モンスター」と名を売っているだけであり、ここには人間などいない。というよりそもそも、モンハロがある世界自体、森羅万象それ以外の生きものなのである。

 しかしそんな世界では、あまり定職という概念は浸透しておらず、一般的な職業安定所、即ち職安とは違ってやや派遣に近い形になっている。その為か、一部でモンハロのことを「ギルド」と呼ぶ人達もいる。

 そんなモンハロに、デモグリは足を運んだ。前と同じようにパソコン使用の整理券を取って立ったまま待機し、その番号が呼ばれると受付から番号カードを貰って、そこに記された数字と一致する席に着くと、肘掛けのない椅子に腰を下ろして職探しを始めた。気になる求人票があればその場で出力し、ある程度印刷し終えたら番号カードを受付に返して、今度は相談受付の整理券を手にソファーで待ち始めた。

「お、デモグリじゃねえか」

 後ろから肩を強く叩かれ、一瞬びくりとしたデモグリ。その反動でお腹の肉が少し揺れたのを感じ「あっ、また太っちゃったかな」と思いながら、隣にどかりと座った大柄なドラゴンに顔を向けた。

「あっ、バッソ先輩。お久しぶりです」

 バッソ……シャイニング・ザ・ホーリー・アークにて登場する、紺色の体に腹部が淡いエメラルドグリーンの、ごっつい鎧を身に付けていたドラゴンである。正直、仕事をする上でそのような武具は不要なので装着していないが、今の風貌からではお腹が邪魔になっているとも感じられる。

「なんだ繁々と。俺が太ったとでも言いたいのか?」

「い、いえ、そんなつもりはないです」

「そうか。だが現実、また腹が出て来たみたいだ。長らく酒や摘みをカッくらい過ぎたせいだろうな」そうバッソは、自身の蛇腹式太鼓腹を摩った。デモグリもその通りだと心中で答えた。

「んでよデモグリ、お前また仕事探しか?」

「はい。でもそれは、先輩も同じですよね」

「ガッハッハ! その通りだ」

 するとここで、デモグリの番号が呼ばれた。彼は立ち上がりざまバッソに会釈すると、指定された窓口へと向かった。そこではまず、現状を知るために身体検査を行ない(ここもまた職安と違う所)その後、予めプリントアウトしておいた求人票を担当者に差し出し、常連のデモグリは相談や説明無しに早速、面接のお願いを電話でして貰った(これもまた普通と違い、履歴書などは書かない)。

 今回デモグリは、五つ求人票を提出したが、実際に面接許可が出たのは一社だけだった。あまり力仕事が好きじゃないのでそれ以外の業種を選ぶが、如何せん体型が体型だけに合格率が悪い。なのでこの一社からまた確率との戦いが始まるわけだが、初めは悪戦苦闘していたそれも、今じゃ慣れたものである。最悪一つも受からないことだってあるのだから。

 そんなこんなで、デモグリは担当者にお礼を言うと、モンハロを立ち去ろうとした。すると入り口で、なんとバッソが彼のことを待ち受けていた。

「どうだ、面接は行けそうか?」

「はい、どうにか一社だけ。それにしても先輩、僕のことを待っててくれたんですか?」

「久しぶりにあったんだし、一緒に食事がしたくてな。お前も食費が大変だろう?」

 そう語尾を上げられ、そしてお腹をワサワサされて揉まれたデモグリ。ちょっと恥ずかしそうに顔を俯かせた。

「まっ、そういうわけで今日は、俺が全部奢ってやるぞ」

「ほ、本当ですか!?」

 嬉しそうに擡頭(=たいとう)し始めたデモグリ。その肩にバッソは腕を回し、彼を適当な店へと先導した。そして梯子した。

 

 

 

 

 

 

 翌日。早速仕事場に向かったデモグリ。そこはとある中規模のレストランで、従業員室に入るや否や、店長から即効でOKが出た。話によれば、急に二人のモンスターが過去のゲームに再登場することになったらしく、それで人手が足りなくなったとのこと。デモグリにして見れば歓喜雀躍のタイミングである。

 そんな彼の情報は、モンハロから事前にこのレストランに届けられており、前もって用意されたビッグサイズのエプロンを彼は早速身に付けた。そしてすぐ様、厨房の食器洗いを担当することになった(太った体で腰を痛めないかって? そんな柔なほど、僕はゲームで戦ってこなかったわけじゃないよ)。

 ここなら長く続けられそう、なんて思い始めたデモグリ。その理由は、何故かここの従業員達は全体的にぽっちゃりしているからだ。そんな従業員達が横から、使用済みの食器を続々と置いていき、シンクの中に食器がないことがなかった。

「よっ、これも頼む」

「はい」

「さてと――ってんん!?」

 皿を渡して来た、メインの体色が露草色で、腹部や尻尾の裏などが白色の鰐のような生きものが、ぐっとデモグリの顔を覗き込んで来た。

「これは吃驚した! もしかしてデモグリ先輩じゃあないですかい?」

「うん、そうだけど……って、アンジ!?」

 アンジ、それはバッソとは違い、メイプルストーリーというアニメの世界からやって来た者である。

「お久しぶりです。一瞬体が大きかったんで、分かりませんでしたよ」

「あっ、そ、そう」

 やはり、と思ったデモグリ。しかし彼はこう言い返した。

「アンジも、なんか太ってない?」

 するとアンジは、顔を曇らせた。

「そうなんすよ……実はここ、一つだけ大変なことがありまして」

「それって?」

「今はエコと環境保全がブーム、というか事実上の規則でして、食材とかを捨てちゃいけないんですよ。だから残ったものは、飼料にするか従業員達で食べるかしないといけないんですが――生憎何処の酪農家も充足してまして」

「てことはつまり、余りは全部ここで食べてるんだ」

「その通りっす。だからと言って食材を減らして、いざ足りなくなったら大変ですし、ほんと板挟み状態ですよ」

「なるほど。あっ、だからアンジだけじゃなくて、他の人達もぽっちゃりしてるんだね」

「はい」

 その時突然、

「アンジ! 早くホールに戻れ!」との怒鳴り声。アンジだけでなくデモグリも、びくりと飛び上がった。

「すみません先輩、それじゃ俺もう行きますわ」

「うん」

 デモグリは作業を再開した。モンハロで知り合い、盗賊の長という経歴から色々と苦労はさせられたものの、今じゃ温厚に確りと働くアンジの事などを考えながら。そしてその脳内には、先ほど話に聞いた賄い料理の事が常に浮かんでいた。これなら毎日食費には困らなさそうだと、彼はたまらず舌舐めずりをした。

 

 

 そして仕事終わり。

「さて、今日も余った食材を全て使い切るぞ」そんな店長のお言葉に周りが渋々料理を作り始めたが、どうやら店長本人はその賄いを食べてはいないようだ。なにせ体格がほっそりとしているからである。

 残った食材を使い切って料理が完成すると、厨房の作業台にはずらりと山盛りの皿が並べられた。これらを計十人の従業員で食べ切るのは、正直容易ではない。店長も既に厨房を去った中、ここで新人で且つ一番体のでかいデモグリが、密かに周囲の注目を集めていた。いつもなら満場一致で苦しさが漂うこの場所で、ただ一人嬉しそうに賄い料理を頬張っていたのだ。

 やがて、一人の従業員がデモグリに歩み寄った。

「なあデモグリ?」

「んぐ、なんですか?」

「良かったらこれ、食べないか?」

「えっ、いいんですか!?」

「勿論さ。ほら、全部食っていいぞ」

 デモグリは急いで自分の料理を掻き込むと、その人から皿を笑顔で受け取った。量は大凡3分の1である。するとまた別の従業員がデモグリに言った。

「じゃあさデモグリ、俺のも大丈夫か?」

「勿論ですよ♪」

「だったら僕のも食べてよ」

「私のも!」

 続々とやって来る従業員達。例え全ての残りが3分の1だとしても、総計十人前は軽い。だがデモグリはそれらを喜んで引き受け、その大きなお腹にまるで残飯処理専用の機械の如く、待機中の皿を次々と綺麗にし、シンクの中へと流れ作業を繰り返した。

「す、凄いっすね、デモグリ先輩……」アンジはその様子に瞠目状態。因みに彼は仕事場では後輩とは言え、人生の先輩であるデモグリには配慮し、自分の食べる分は黙々と減らしていった。けれども苦しそうな態は隠せず、それをデモグリに見て取られた。

「アンジ――げぷ。良かったら僕が、代わりに食べようか?」

「で、でも先輩にそんなご迷惑は掛けられません。それにもうお腹いっぱいじゃないんですか?」

「確かにちょっとは苦しいけど、でもぜーんぜん大丈夫。どれも味が違ってて飽きないし、鱈腹食べれるなら大満足だよ」

「うーん、でも……」

 ここでアンジは、デモグリの顔を窺った。そこには、気を遣ってアンジを思ってるというより、寧ろ彼の料理を食べた気な感じがした。あっ、本当に先輩は料理を食べたいんだなと、彼は自らの心遣いの誤解に気付き、デモグリに残り4分の1の料理を手渡した。

「それでは先輩、お先に失礼しますね」

「うん。お疲れアンジ」

 そしてデモグリは、厨房でたった一人となり、最後までお零れを食べ続けた。量が量だけにさすがにお腹は苦しかったが、大食らいな彼には喜ばしい第六感である。しかもこれから毎日こんなことが出来ると思うと、彼の微笑みは止まらなくなった。

 こうして、デモグリは仕事が終わるたんびに毎回従業員達からお余りを頂戴し、日に日に彼らはそれに甘んじていった。

 

 

 

 

 

 

 数年後。今では従業員達の賄いを、丸々全てデモグリが担当していた。そして計約三十人前のそれらを連日完食する状況が続けば、変化がおきないわけがない。

 まず一つ目は、周りの従業員達(アンジも含め)が普通体型に戻ったこと。中には半分以上も体重を減らした強者(=つわもの)もおり、二年ぶりに来店したお客が本人だと気が付かない程であった。そして二つ目は、当然の如くデモグリの重量が増したこと。最近シンクでの皿洗いに疲労するようになり、全身を覆う獣毛が拍車をかけて汗が止まらなくなっていた。それでも本人は、今も尚今晩の賄い料理を目に浮かべている。

 しかしそれらは、あくまで自分だけの問題である。だが最近では、他の人にまでその問題を押し広げていた。

「よっこらしょっと!」

 何か重い物を持ち上げた――のではなく、デモグリは単に昼食の席から立ち上がろうとしただけであった。しかも出っ張ったお腹がテーブルをも一緒に持ち上げ、がたんとそれを引っ繰り返してしまった。幸い食器類は全てアンジが片付けてくれていたが、こうなってしまえば些細な行動も大きな因子である。

「デモグリ先輩、大丈夫すか!?」物々しい音にアンジが慌てて駆け寄り、そしてテーブルを元に戻した。だが当の張本人は、休憩時間を名残惜しむように最後の超ギガント饅頭を頬張りながらこう返した。

「あー、ごめんごめん、ありがとう」

 そしてのそのそと、彼は厨房に戻っていった。

 

 

 今日も、みんなが残した賄い料理を、がらんどうのホールにある大人数用の回転テーブルに座りながらデモグリは貪っていた。窓の外は暗く、店内は節電のため電気は消灯済み。ただ月明かりだけが、彼の食事風景を映し出し、食む音の正体を明かしていた。

 いつもの光景。しかし今日だけは、何やら違う雑音(=ノイズ)が混じっていた。回転テーブルには賄い料理が全て載せられ、それと空になった皿を交換する度にそれは聞こえた。ようく見聞きすれば、それは彼の立ち座り時に発生する、彼のお尻の下から出た軋みであった。

「んー、久々のデザートだぁ。美味しそう♪」

 立ち上がって手にしたのは、幅30cm、奥行きと高さが10cmある大きなロールケーキだ。中には溢れんばかりの生クリームと、余った果物全てが詰め込まれている。既に10皿ある内の半分を平らげた所でこの量は、誰もがげんなりしてしまうが、デモグリは小さな尻尾をこれでもかと動かし、喜びを露わにした。

 彼は、再び席に着席した。だが次の瞬間、ミシッという(=ひしゃ)げるような音が聞こえ、一瞬彼の体がぐらついた。

「えっ――」

 席にどっかりと座ったデモグリは刹那、支えが砕けて一瞬体が宙に浮いた。そして気付かぬ内に彼は地響きを起こし、床に(=ひび)を割らせていた。幸いロールケーキは無事だったが、暫くそのまま彼は放心状態になった。まるで股を開いて座るお人形や縫いぐるみのようで、色合いを兼ねると、まるでもっちりふわっふわな桜餅のようでもある。

 やがて自分の身に起きた状況を(=)すと、とりあえずこのデザートを平らげてから事態を考えようと、ロールケーキを手で掴み取り、そのまま大きな口へと、恵方巻きを思わせる丸囓(=まるかじ)りをした。口の中に広がる甘さと数々の果物の独特な風味。両頬には淡い体色で分かりづらいが、たっぷりの生クリームが引っ付いており、それを器用に舌で舐め取った。

 ロールケーキを完食し、彼はようやく重い腰を持ち上げようとした――が、ここ最近地べたに座ることの無かった彼は、この図体を如何にして立たせるか、皆目(=かいもく)検討も付かなかった。とりあえず左手を脇の床に添え、腰を左に(=ひね)り右手を左側の床に置こうとした。けれど上手く行かない。

「うーん、仕方ない。恥ずかしいけど、人がいないからいっか」

 その試みとは、尻移動の事である。太り過ぎた者や怠け者が億劫さを出す時の行動で、デモグリも同じくして左に体重を移して右尻を浮かせ、それを前に押し出し交互にその動作を繰り返そうとした。けれども彼の質量がぐっと地面に彼を押さえつけ、一向に彼のお尻は上がらない。

「あ、あれ……うーん、僕ってこんなに重かったっけ……」

 衝撃の事実も相俟(=あいま)り、彼はその場から動けなかった。

 

 

 デモグリは翌日、店に一番で出勤した店長に座り眠り姿で発見され、その後出勤した従業員達の手を借りてどうにか立ち上がったあと、即刻クビになったのは言うまでもない。その足でデモグリは、再びモンハロを訪れる事にした。だがそこまでの道のりで彼はハアハアと息を乱し、到着するや否や玄関口の柱に手を置いて、息を整える羽目になった。

 こんな状態で果たして仕事など見つかるのだろうか。先行きの不安に彼は、息が整ったあともモンハロ施設内に入る勇気が出ず、ただ顔を横にして内部を座視していた。

 その時である。後ろから誰かが彼の肩をポンッと叩いた。凄く優しい感触なのだが、振り返って見るとそこにいたのは、あの豪快なバッソ先輩。数年前に比べ、どことなく穏やかになっている雰囲気がした。

 ――いや違う、肉付いているのだ。顔が横にだけ広がり、下を見下ろせばお腹が凄いことになっていた。数年前のデモグリに匹敵する、だがまたタイプの違った蛇腹式の肥満体である。

「デモグリ、大丈夫か?」

「あ、は、はい」

「どうだ、仕事は見つかったのか?」

「あの、それが……」

 ややあって、デモグリは解雇されたいきさつを正直に語った。

「なるほど。それなら丁度良かったかも知れん」

「えっ?」

「宣伝村の仕事なんだがな。聞いたことあるか?」

「宣伝村、ですか?」

「ざっくり言えば、単に見せるだけの村さ。何かの事情があってそこに村という存在を作る、若しくは残す必要がある時があって、そういった際に村人役として人を募集するんだ」

「でも、そんな辺鄙(=へんぴ)な場所だと食事とか色々不便じゃないんですか?」

「場合によるな。俺が今いる所は、あくまで見た目が重要で、あとはそこに人がいるということが分かれば良いんだ。だから室内は驚くほど近代化されてるぞ。

 それともう一つ、お前には嬉しい知らせだ。偶然にもその村はかなり肥沃な土壌でな、野菜果物が余りにも収穫出来過ぎて価格破壊を引き起こし兼ねない程なんだ」

「価格破壊? でもそれは、僕にとって朗報なんですか?」

「大量に作物を作れば、それだけその価値が下がって儲けがなくなってしまう。だからと言って耕作放棄地にすれば土が駄目になる。俺のいる所じゃ、とにかく作物を年がら年中生産しぱなっしで、ここん所のエコブームのせいで余ったものは全部食ってるんだ。正にお前には打って付けじゃないのか?」

 この話を聞いただけで、デモグリは早々に答えを決めていた。

「じゃ、じゃあ、一日中ゴロゴロしててもいいんですか?」

「ガハハ! お前らしい発想だな。だがその通りだ」

「……でも先輩、そんな楽な仕事なら倍率も高いんじゃないんですか?」

「それがよ、見ての通り俺の腹はこんなになっちまっただろ? 平穏過ぎるから体もすぐなまるし、いざゲームに再登場ってなった時のことがみんな心配なのか、一縷の望みを持ってるのか、入ってもすぐ辞めちまうんだ。まっ、俺の場合は今更その業界に復帰出来る兆しなんて猫の額すらないんだし、とっくのとうにそんな希望かなぐり捨てたがな」

「あははは! バッソ先輩らしいですね」

「そうか? んま、そういうことだからよ、もしその仕事で良ければ俺に言ってくれ」

 その答えを、デモグリは瞬時に出した。その反応にバッソも再びおっきな笑い声を上げ、デモグリの懸念を遠くの彼方へと吹き飛ばした。

 そしてこの日から、二人はモンハロを訪れる事は二度となかった。

 

 

 

 

 

 

 アンジは休暇を取っていた。七年近く先輩のデモグリを見ておらず音信不通。あの解雇事件の事もあり、彼は先輩が気に掛かっていた。当時のデモグリは「大丈夫大丈夫」と明るく振る舞っていたが、正直あの状態で今後の勤め先が決まるとは到底思えない。そこで昔の盗賊で養えた情報収集能力を用いて、どうにかアンジは彼の居場所を突き止めた。

 そしてやって来た、宣伝村と呼ばれる場所。アンジは村人に聞き込みを開始したが、その都度彼は不安さを増した。

「あそこの村人も相当デブってたな……なんなんだこの村は、デモグリ先輩らしい場所かも知れないが……」

 村は相当広い。一ヶ所で情報を得ても、そこから途中で道が分からなくなる。その為彼は、三人目にしてようやくデモグリの居場所を突き止めた。情報を提供してくれたのは、遠目だと一瞬新手の色違いのフーセンドラゴンに見えてしまった、超ドデブな紺色のドラゴン――アンジも途中で気付いた彼こそ、あのバッソであった。今は言わずもがな見る影もない。ぐうたらと肉系の摘みを片手に、酒を一升がぶ飲みしていた。

「ヒック、デモグリなら向こうの家に住んでるぞぉー……ふぁ~、食い過ぎて眠くなっちまったなあ、悪いがもう寝かせて貰うぜぇ」

 そして悲しいかな、仰向けにごろんとなった時、節々が張った蛇腹が太陽の反射によって幾つもてかり出し、まるで後光のように光が輻輳(=ふくそう)したのだ。これが栄光の光かよと、内心で皮肉を漏らしたアンジは、真っ昼間から酒臭い彼からの元を離れ、教えられた近くの畦道(=あぜみち)から竹林を通り抜け、とある一軒の家を訪れた。平屋で土地は広いが呼び鈴はなく、彼は引き戸式の扉をノックと声で中に呼びかけた。しかし反応はない。だが中からは微かに生活音が聞こえていた。音楽を聴いているのだろうか。

 アンジは、その扉を引いた。ガラガラと音が鳴り、先には廊下が見えた。そしてその左側からは明かりが漏れている。ゆっくりとその場所へと近付き、彼は光の差す方を向いた。

「――! でで、デモグリせん、ぱい?」

 顎を外しかけたアンジ。目の前にいた物体は、顔をのらりくらりと動かして、彼に目を遣った。

「あれ、アンジ? うわぁ、ひさしぶ――がぇっぷ!」

 以前の可愛さはいずこへ。両頬にたっぷりの食べ滓を付けたデモグリが、みっともなく(=おくび)を発した。しゃくれ気味の弛んだ顎の脂肪がブルンと揺れた。大きく(=たわ)んだ胸肉を支える楕円形に大きく拡張したお腹が広がっており、そこの脇腹は少し離れたアンジの足下にまで“手”を差し伸べている。元々体は大きくとも細身のあった腕も、今や足と変わらぬ大きさ……というより足は何処にある、それに羽も!?

 もう少し観察して見ると、大きなお腹が彼の上体反らせ、それを何かが支えていた。その答えはというと、背肉、そして短くて飾り程度だったものが図太くなった、今じゃ彼の背凭れという大事な役を買った尻尾であった。

 衝撃のあまりアンジは、その場で気絶し倒れてしまった。そして運良く、デモグリの脇腹にボフッと落ちて事なきを得た。

「あれれ、アンジ?」

 デモグリは元より身動きの取れない状況である。しかもアンジの倒れた脇腹までは腕が届かない始末。そうと分かれば彼にはどうすることも出来ないため、アンジの事は二の次にし、水中トンネルにいるように頭上のビニールに沢山と積載された食べ物を専用の取り口から手にすると、再び食物を頬張り出した。

 

 

 やがて目を覚ましたアンジ。そこで目にしたのは、更に膨れたお腹に汗水垂らす、本当にモンスター化してしまったデモグリことデブモーグリ。もはやデブという単語をどんなに付けても物足りない、ある意味モンスターとしての真価を発揮したデブデブなデブモーグリ。その姿にアンジは再び意識を失った。そこでの最後の記憶は、轟くような空気の音と、フサフサな巨大玉コンニャクが頬を波打つ感覚だった。

 

 

 

 

 

 

    完


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