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 まだまだ準備に急がし気味だが、着実に太膨話は書いてます。最近は色々と新しいネタが浮かんでいますし。

 それと勿論、双葉さんの兎の絵を元にした話も進行中です。やはり人様のものは丁寧に書きたいので、少し時間がかかってはいますが、とりあえず下書きは終わったのであとは校正をして文を整えたら完成です。

 でもその前に、本日もまたSSS(=ショートショートショート)をどうぞ。そしてまた今回も海洋族です。


「ひぃ、おゆるしおぉ……」

 痩せっぽっちの鯨が(=ひざまず)き、目の前の大柄な鯱に謝っていた。

「はん! お前のような奴が俺から逃げれられると思ったのか?」

「そんな、そんな愚かなことはしません!」

「実際してたじゃねえか! んだったらなぜお前の家は(=もぬけ)の殻だったんだ、ええ?」

「そ、それは……」

「かれこれ何回目だ、こんな状況。お前はもう信用ならねえ。良し、連れて行きな」

 鯱は後ろに控えていた筋肉質な鮫に手で合図した。するとその鮫はのしのしと鯨に歩み寄り、腕を引っ掴むとずるずる別室に連れて行った。

 

 

 鯨は、壁の高い位置に手足を拘束されていた。開口器を嵌められ、舌圧子(=ぜつあつし)を固定させられ、喋ることは愚か、口を閉ざすことすら出来なかった。首も固定されてなんの拒否も出来ず、尻尾はだらりと垂れ下がった先で、縄による縛りを受けていた。

「ああ、ああ……あ、ああ——」

「あーあーうっせーぞ!」と鮫が鯨に怒鳴り散らした。そして彼は、やって来た手下の海豚から、何かの液体の入った注射器を受け取った。鯨は目を瞠って拒もうとしても、身動き一つ取れない。

「さぁてと、新製品の登場だ。今回はどうなるだろうな。因みに前々回は、生憎の成功で干涸(=ひか)らびちまったが」

「——! あ、ああ、あああ!」

「黙りやがれ! この糞ッ!」 

 そして鮫は、ずぶりと注射器の針を鯨の尻尾にぶっ刺した。鯨は一瞬体をびくんとさせ、中身を注入し終える前に、そのまま意識を失ってしまった。

「ああん? これも失敗かぁ?」

 すると手下の海豚が、後ろからこう答えた。

「違いますよ、そんな即効性は無いはずですし、恐らく普通の失神でしょう」

「なんだ、単に肝がちっさかっただけか。ったく、鯨のくせに小心者だな」

 そして二人は、鯨を背に部屋を退室し始めた。だがその背後で起きていることに、彼らは何も気付かなかった。失神しても尚、鯨の体がびくびく突発的に動いていたことを。

 

 

 

 

(……んっ……)

 意識を取り戻し、ゆっくりと瞼を持ち上げた鯨。あの謎の発作は既に治まっていた。

 目の前には、大きめの扉がある。首が固定されていたので瞳だけを動かすと、どうやらここは倉庫のようだ。

(ああそうか、私は捕えられていたんだよな……)

 言葉を発することも出来ず、鯨は悲しく「はぁっ」と溜め息を漏らした。

 ——ぴゅん! 目の前で水の筋が飛んだ。そして向かいのドアノブにそれがびちゃりと着いた。

(うわ、なんだ涎か?)

 しかしそれにしては、水鉄砲のように綺麗な弧をえがいていた。彼はもう一度、今度は軽く深呼吸をしてから、思い切り息を吹き出してみた。すると今度は「びゅー!」っと、まるでホースのように水が飛び出たのだ。まさか、マンガみたいに口から水を吐けるのか?

 鯨は次に、もっともっと深く息を吸い込んでみた。だがそこにも、また別の異変が現れていた。

(幾ら……幾ら息を吸っても苦しくならない?)

 どんどん、どんどん空気を吸う。十秒、二十秒、三十秒、でも一向に苦しくはない——と思ったら、やっぱり苦しくなり始めた。でもその苦しみ方も、どこか想像と相違している。

 だがその時だった。

「バキイィーン!」

 まるで金具が破壊されるような音が倉庫内に鳴り響いた。同時に彼の体が地面に落ち始めた。するとまたまた体におかしな点が。それなりの高さからの落下なはずなのに、すぐに着地してしまったのだ。しかもその衝撃はまるでウォーターベッドのように、少し弾んだのだ。

 ふと気が付くと、手足の拘束が解かれていた。しかしここでも何かおかしい——そうだ、全身が変なのだ。まるで別の何かに押さえつけられているような感覚……

「……!」

 何気なく見た自分の腕。しかしそれは、細身の鯨からは想像も付かないほどパツパツに膨れていたのだ。自由になっても少し窮屈な首を使い、自身の体を舐めるように見回すと、全身が水風船の如く膨らんでいた。特に腹部は、大岩並みの大きさでパッツンパツンである。

 まさか、と思った鯨。目の前の扉目掛け、彼は勢いよく息を噴き出した。するとなんと、大洪水のような水量が口から放たれ、その水圧でなんと扉が打ち破れたのだ。

 暫く口からは、余韻として水が流れ出続けた。そして全身を押さえつけていた何らかの力も、いつしか消えていた。今一度腕を見てみれば、以前の細さに戻っていた。

 鯨は、舌圧子と開口器をを取り外して投げ捨てた。

「まさか、あの注射のせいなのか?」

 あれこれと浮かぶ色んな考えと推理が、彼の脳を混乱させた。しかしそれは、たった一つの物音で覚めた。遠くの方から盛大な足音が聞こえていたのだ。

 やがて、扉からは多勢の海洋族達が現れた。そのあとからは、注射を用意した海豚とそれを打った鮫、更にはリーダーの鯱までもがやって来ていた。

「てめぇ、一体どうやって拘束を破った!?」と鯱。

「そ、それは……」鯨はしどろもどろだ。

「しかもおめぇ、扉まで壊しやがったな。ただじゃ置けないのは承知してんだろうな、えぇ!?」

 すると手下達が、じりじりと鯨の元に歩み寄り始めた。

 絶体絶命……でも、もしさっきと同じ事が出来れば——

(——賭けるしかない!)

 鯨は、それはもう必死に息を吸い始めた。すぅーーーーーー……その吸音が途切れないことに、異変を感じ始めた手下達。

「な、なんだありゃあ!」

 鮫が大きな声で、鯨のお腹を指さした。そこでは、鯨畝(=くじらうね)の凸凹の間隔がどんどんと開き、横に手前にとどんどん膨張し始めていた。それだけじゃない、四肢の方も風船のように膨らみ、手下達は歩みを止めて呆然とその様子を立ち見していた。

「……まさか、あの薬……だがあれは、体内から水分を奪うはずじゃあ」と鮫。その自問が聞こえた海豚は、こう漏らした。

「もしかして、何かの拍子で効果が逆転した?」

 鯱はその言葉を聞き逃さず、彼に問うた。

「どういう意味だ?」

「つまり、原子レベルにおけるベンゼンとの化合物が——」

「分かりやすく説明しろ!」

「簡単に言いますと! 簡単に言いますと、マイナスにマイナスをかければプラスになる。ちょっとした違いでも、効果が真逆になることだってあるんです」

 その答えで、鮫はあることを理解した。

「てことは、体内の水分を奪うのとは逆に、あいつは水分を吸収するってことなのか? だがどこから?」

「恐らく空気中など、周辺にある細かい水分からでしょう。しかも彼は、それをまるで……そう、まるで自分の能力の様に扱っている。これは、これは世紀の大発見ですよ!」

 海豚の歓喜の声も束の間。目一杯体内に水を溜め込んだ鯨は、一気にそれを口から吐き出した。それはレヴィアタン(=リヴァイアサン)やバハムートの起こす大津波のように、目の前のあらゆるものを掻っ(=さら)い、そして破壊した。

 

 

 実は怖くて目を瞑っていた鯨。水を噴出させたタイミングも見計らったものではなかった。そのため再び目をあけた彼は、目前の激変ぶりに戦々恐々としてしまった。そしてしばしの間、壁の穴から見える海岸線をぼんやりと眺めていた。

 

 

 

 

    完


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