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シンデブラ

2015/09/19 脹カム

 

 

 

「ほら、確りと働きなさいこのメス豚!」

「見てよこの埃。怠けているからいつまでもメス豚なのよ」

「そうよそうよ、全く手取り足取り、メス豚は目まで悪いのかしら?」

 絢爛豪華なとある一室にて繰り広げられる罵声。ただ働けしか言わない長女、それを詳細になじる次女、姉たちに加担するだけの三女。彼女ら猫族は異様に細かい所にまで、ある一人の犬族のメイドに指摘を投げつける。だがこんな酷い仕打ちは日常的に繰り返されており、今回のはその一片に過ぎない。

「すみません……」

 俯いて答えるボロボロのメイド服姿は、一層哀れみを誘った。だが一見身窄らしくも、元はコントラストのはっきりした白黒の模様がその境界をなくすほどに汚れ、スカートのレースは千切れ過ぎて解れた糸の塊にしか見えない服の下には、体型だけでいうなら三姉妹全員合わせても勝るぐらいの大きさのものがあった。それこそ、彼女がメス豚と言われる所以でもあった。

 一方三姉妹らは、今日は特別派手なドレスを着飾り、これでもかと宝石を身に付けていた。

「あたし達、今日はお城で王子様のパーティーに参加しなきゃならないの」

「もしかしたら、王子様が私達の家に来ちゃうかも! だからしっかり綺麗にして貰わないとね」

「そうそう。私達が恥をかかないよう、ちゃんと働きなさい、このメス豚!」

 そして三姉妹が外出すると、メイドは一人、広い屋敷内を重い体なりに機敏に動き、はたきを持って隅々まで再度埃を落としたあとは、水を入れたバケツに布切れを浸し、床がピカピカになるまで磨き続けた。だがそれは、お腹が妨げになる彼女に取って大変重労働である。

「ふう、ふぅ」

 額から垂れる汗が床を塗らす。立ち上がって腰に手を当て、背筋を伸ばし、しばし休憩を挟みながらまた作業を続ける。

 

  カーン カーン カーン

 

 呼び鈴が鳴った。時計を見るとまだ夜の九時。パーティーは十二時まで続くと聞いていたが、まさかもうお嬢様方が王子様をお連れになったのかしらと、メイドは慌てて手をスカートで拭き、玄関戸をあけた。

「こんばんは」

 ゆっくりと挨拶をしたのは、三角帽に黒装束をまとった狐族のお婆さん。この界隈で考えても、いかにも怪しい風貌である。

「こ、こんばんは」

「お主、今日はなんの日か知っておるかい?」

「……えっと、なんの日でしょうか?」

「王子様が婚約者を探すため、一年に一回開かれるパーティーの日じゃよ」

 ああ、とメイドは頷いた。

「あんた、お城のパーティーには参加しないのかい?」

「私は……私は、このお屋敷のメイドですし、それにお嬢様方に、屋敷内を綺麗にするようにとのご指示がございますので」

 お婆さんは覗くように室内を見渡すと、

「とても綺麗にされておるように見えるんじゃがな。お主、名前は?」

「私は、リンギィと申します」

「リンギィ。良ければあたしが、お前さんをパーティーに連れて行ってやるぞ」

 メイドのリンギィは、目を円くした。

「で、でも私……王子様とは会ったことも、見たこともないですし、それにこのような身なりですし、体型も——」

 次々と出て来る卑下に、お婆さんは呆れたように割り込んだ。

「そもそも王子様はほとんど人前に姿を見せん。パーティーに参加しない限り、誰も王子様の姿は知らんじゃろう。それに体型とて、好みは人それぞれじゃろう」

「そう、なのですか?」

「答えが欲しければ、自分でパーティーに参加して見るんじゃ。まっ、身なりだけはなんとかせんとな」

 するとお婆さんは、手を上に翳し、何もない空間から宝石の付いた杓を掴み取ると、それをリンギィに向かい振り下ろした。リンギィは思わず目をつぶり避けようとしたが、体が反応しきれなかった。しかし、痛みなど何も感触はなく、彼女はゆっくりと瞼を持ち上げた。

 リンギィは、自分の姿にまた目を円くした。何やら輝く星達が彼女にまとわり、やがて着衣を粉々に舞い散らすと、一瞬現れた豊満な肉体を覆い隠すようにすぐさま白いベールが光を放ちながら彼女の全身を包み込み、その明るさを維持したまま、何かに変形し始めた。

 やがて、先程まで襤褸の服をまとっていた彼女は、煌めく小さな星を数多く鏤め、三姉妹にも引けを取らない光華なドレスを身に付けていた。

「さて、これで良かろう」

「す、凄い」と、リンギィは右腕を上げたり左腕を上げたり、片足ごとに前に出して見たり、自分の姿に惚れ惚れとしていた。

「これでお主も、王子様のお后候補に挙がったわけじゃな」

「……でも、やっぱりこの体型では」

 そう。間違ってはならないのが、彼女の体型は以前となんら変わりがないのだ。

「まあ名目はパーティーじゃし、せっかくだから食事だけでも楽しむとええ。たまには人の残り物以外も食べてみたいじゃろ?」

 そう言われてみると、この屋敷に連れて来られて何年ものあいだ、リンギィは三姉妹が食べ残した料理にしか食事にありつけなかった。幸い三姉妹は美しい体型を維持するため毎度料理を残しており飢えることはなかったが、その総量による皺寄せが結果として、リンギィの今の体型を生んでいた。

「そう、ですね。ありがとうございますお婆様」

「では次に、乗り物を用意するかの」

 杓を振り翳したお婆さん。今度は何も無い空間に星々が光り集まる中、また別の形を作り出していった。

「こ、これは——素晴らしい馬車ですわ!」思わずリンギィが歓喜する。

「ささ、乗っておくれ」

 リンギィは、金の鬣が特徴的な白馬に繋がれたキャビンに乗り込んだ。彼女の体型でも悠々と乗車できるよう、ステップから何まで用意周到であった。

「……あっ、お婆様。出来たらで宜しいですのが——」

 

 

 

「あら、これ美味しそうね!」

 取り皿に思うがまま料理を載せるリンギィ。やっぱり王子様に私は似合わない、だったら美味しいものを食べられるだけで食べておきたいと、周りの視線などお構いなしに彼女は、料理をこんもり盛っては柱の陰で勢い良く頬張った。そしてまた、料理のあるテーブルへと足を進めるのだった。

「ちょっと宜しいですか?」

 突然声をかけられ横を見ると、そこには精悍な佇まいの狐族の男が立っていた。ここがお城のパーティーというだけあり、顔立ちもかなり整っており、立派だった。衣服も、周囲に負けない清雅さで、羽織ったマントも非常に美しかった。

 リンギィは慌てて口元をナプキンで拭いた。

「ここの料理、とても美味しいですよね」と彼が言う。

「え、ええ。私、こんなに美味しい料理初めて食べました」

「そうでしたか。どうりで沢山食べていたわけですね」

 その言葉に、ちょっと気恥ずかしそうにしたリンギィ。それを見た狐は、ニコッと微笑んだ。

「お気になさらず。多く食べていただけるだけ、ここの料理長も腕が鳴るというものです。それにわたくし——」

 

 離れたところで、あの三姉妹の姿があった。

「ちょっと見てよあれ、あの太った体——うちのメイドじゃない! それに何あの格好、シンデレラのつもりかしら、忌々しい!」

「ほんとだわ……でもさっきからずっと食べてばっかり。そのうちドレスが弾けて、恥ずかしい思いをするに決まってるわ」

「あはは、確かにそうね。その名も『シンデブラ』!」

 三姉妹は高らかに笑いだし、周囲の目も気に留めなかった。

 

「——なんです」

「そ、そうなのですか」とリンギィは、少し戸惑っていた。

「なので、あなたのようなお姿を見ておりますと、わたくしとしては非常に眼福いたすところなのです」

「でしたら私、このまま食べながらの方が宜しいのでしょうか?」

「わたくしとしてはそちらが嬉しいですが、それはあなたにお任せいたします」

 

 

 

 パーティーは、長く長く続いた。リンギィはそのあいだずっと食悦に勤しみながら、傍らに立つあの狐と会話をしていた。

 時は更に立ち、パーティーの終了を告げる鐘が鳴った。十二時だ。

「……あ!」

 食べるのと話すのに夢中になっていたリンギィは、突如として慌て出した。

「どうされたのですか?」と狐。

「じ、実は、その……」

 事前に彼には、ここに来たいきさつを例のお婆さん込みで話していたが、一つ隠していたことがあった。

「あなたは、私のことをお気に召してくださいましたが、王子様の要望には適えられないと思い……それで、せっかくのパーティーですからたんまりと美味しいものが食べたいとお婆様に——」

 すると突然、リンギィはお腹を抱え喘ぎだした。

「はぁ、ふぅ……あぁ、お、お腹が苦しいわ」

 どこからかミチ、ミチと音が聞こえ、それが大きくなるにつれ、彼女の喘ぎが一段と激しくなった。見ると彼女の体も、一段、また一段と大きくなっていた。

「んふぅ、はふぅ、んんぅ! ど、どうしy——も、もうだめぇ!」

 

  ビリリィー!

 

 壮絶な破裂音と共に、リンギィのドレスが弾け散った。更にそこから、一晩にして巨大に膨れ上がった体がぶよんと飛び出したのだ。その一糸纏わぬ肉玉な姿に、周りは驚愕の声をあげるなり息を飲むなり、また三姉妹は呆然とする彼女を指さし、ほらご覧と嘲笑した。その間、狐は急いでマントを脱ぎリンギィにかけたが、彼女の大きな体は隠しきれなかった。

 刹那、何を思ったのか狐は両手を広げると……彼女を、抱き抱えたのだ。

 ハッとするリンギィ。どよめく周囲。自らを盾にした狐は、彼女の耳元で囁いた。

「実はわたくしも、あなたに隠していたことがございます」

 その答えは、ここにいる誰もが知っていた。ただ一人、王子様を見たことがなかった彼女を除いて。

 

 

 

 それから何年もの月日が経ち、わがままな三姉妹に酷使され続けていたリンギィは、王様となったあの狐のお后として、今も幸せに暮らしていた。

「ほうら、ご飯を持ってきたよ」

「わぁ、ありがとう」

 たぷんと顎が揺れ、丸く膨れた頬が持ち上がる。何とも言えない可愛らしさに、狐は相好を崩した。

「はい、あーん」

 大きめなスプーンで料理を掬い、彼女の口元へと運ぶ。

「美味しいかい?」

「ええ、美味しいわ。でも私、こんなに手取り足取りしてもらって良いのかしら。一日中寝てばかりだわ」

「わたくしが良ければ良いのです。何せ——」

「王様だから。ふふ」

 狐は満面の笑みで頷き、再びスプーンを彼女の口へ差し出す。それを頬張っている暫時には、彼は更に立派に膨れた彼女の豊満な肉体を愛でた。この一挙手一投足が、彼にとって至福の時であり、またそれを肥やすために、彼女を肥やし続けていた。

 今や、リンギィは大きくなり過ぎ、その体の分水嶺に狐は跨がっていた。だが全身で味わえる体感もまた、彼にとって生涯最高の満悦となっていた。

「げふぅっ! あらごめんなさい」

「もう満腹かい?」

「そうねぇ、あとデザートが欲しいわ」

「それならもう用意してあるよ」

 狐が振り返ると、後ろには列を成す、料理を手にした従者達が層々と待機していた。

 

 

 

    完


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