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  著者  :fim-Delta

 作成日 :2008/09/10

第一完成日:2009/01/03

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 あれから三ヶ月目の夕方、食事の量は初期の三倍になった。それまでは何とか、テーブル二台分の料理を平らげることが出来たが、今では三台分になり、また苦しい生活を強いられることになった。でも自分は、無理にでも頑張って食べた、何故ならナンムスも苦しんでいたからだ。それに何より、後々知ったのだが、食べ終えない限り食堂からは出られず、ヘマをすれば次の食事が追加されてしまうのだ。それを知った時は、やはりここは監獄、被験者の身なんだと実感出来た。

 何とか夕食を平らげた自分は、その日ぐっすりと寝た。そして翌日、起きたのは朝の八時だった。いつもは七時に起き、八時頃にはここにナンムスが、朝食の知らせを持って迎えに来る習慣になっていた。しかし今日は、その時間になっても来てなかった。恐らく昨晩の、初めての三台分の食事で更なる限界を超過したからに違いない。何せ自分だって、今日は一時間も遅く起きてしまったのだから。

 しかしながら、何十分待ってもナンムスは来なかった。そこで思い付いたのが、エムボディアで連絡を取り合うことだった。自分は意識を集中させ、エムボディアを起動させた。目の前に半透明のウィンドウが現れ、自分はナンムスの個人ID――ここでは外部との通信を遮断するため、通話は個々の番号で行う――をイメージで入力した。

「ナンムス、起きてるか?」

 だが、反応は無い。自分はおかしいと思った。それは、向こうと回線が繋がってるマークが、画面に表示されているからだ。その時、自分は(=かす)かに「はぁ、はぁ」という息遣いを聞き取った。

「ナンムス?」

「……はぁ……て、テグロス?」

「大丈夫か? 何処か体でも悪いのか?」

「い、いえ……ふぅー。ちょっと、色々と問題があって……」

「問題?」

「ええ、でも大丈夫、すぐそっちに向かうわ」

 そう言って彼女は通信を断ってしまった。どう考えても大丈夫そうではなかったので、自分はまず足をベッドから下ろし、そして「よっ」という掛け声と共に立ち上がった。今ではすっかり沖巨頭としての風格を失い、成り金になって急な贅沢で太った、映画で時折見かけるような贅肉を、彼は体中に身に付けていた。腕を一振りすれば、垂れた二の腕が余韻を残して揺れ、脇腹は割れるどころか、覆いかぶさるように垂れ下がり、大腿も歩くたび、ぶよんぶよんと踊るのが感じられた。加えて、すっかり出てしまった腹は、見事に自分の下の視界を遮り、爪先まで完全に隠していた。

 そんな重い体を、自分は大仰な仕草で揺り動かし、部屋の扉に向かった。そして扉を開けたのだが、あまり動かない家での閉じ(=こも)り生活のおかげで、この時には既に、少し息が上がっていた。そんな状態で自分は、廊下に出て、食堂のほぼ真向かいにあるナンムスの部屋へと向かった。そこに着く頃には、やや長めの階段を上ったかのように、自分は完全に息切れを起こしていた。なので自分は、何回か深呼吸をし、息を整えてから扉をノックした。

「ナンムス?」

 しかし返答はない。もう一度呼び掛けたが、駄目だった。電話もここで掛けるのはなんだと、自分はそのまま、扉を開けることにした。運良く扉には鍵がかかっておらず、横幅が自分より三倍程もある扉を、自分はゆっくりと開けた。

「――な、ナンムス!?」

 自分は驚いた。目の前にいるナンムスは、特注ベッドにすらその体を収め切れず、脇腹がだらりと横から垂れていたのだ。幸い横に伸ばした腕は、両側にあるチェスト(=整理箪笥)に支えられており、また同じく横向きに広がった脚は、適当な椅子をベッドに寄せて乗せてあった。そんな彼女の姿は、如何に彼女が太り過ぎているのかを示していた。たったの一日で、彼女は一体どれだけ太ってしまったんだ、と一瞬思ったが、考えて見れば昨日の晩まで一緒にいたわけで、そんな急に体が変わるわけがない。

 ……なるほど。たった半日の間を空け、改めて彼女の姿を見ると、こうも客観的に見られるのか。確かに昨日の彼女は、少食である自分――あくまでも料理の量から換算してだが――のために、一気に増えた料理の大半を食べてくれた。三ヶ月前の時とは違い、彼女は本当に苦しそうで、自室に戻る時は、動くのもままならない状態であった。つまりこれは、良くある現象の一つで、時間辺りの変化量が少ない程、その変化に気付きにくいものなのだ。

 だがそれも、昨日のテーブル三台分の夕食を食べたあとでは、明確なものになったようだ。

「大丈夫か、ナンムス?」

 (=ようや)く衝撃から覚めた自分は、声をかけながらナンムスの元へ向かった。彼女のぼっこりと膨らんだお腹が邪魔で顔が見えず、自分は彼女の横の方に立つことにした。

「て、テグロス……ごめんなさい」

「何で謝るんだ?」

「私……私、ベッドから起き上がれなくなっちゃったの。さっきまで何回もやったけど、もう無理みたい……」

 そう悲しげに言う彼女の目には、うっすら涙が浮かんでいた。正直なところ、良くここまで動けていたと思うが、動けなくなった彼女も、個人的には好きだった。それは肥満化終焉への極みであり、落ち込む彼女には失礼だが、内心自分はかなり興奮していた。

 どちらにせよ、彼女が好きなのならば、傷つける言動だけは避けたいので、偏向のない優しい言葉を、自分は彼女にかけてあげた。

「なんで泣いてるんだ? 君は、太ることが好きだったじゃないか。そこまで行けば、相当太ったってことだぞ?」

「そうじゃないの。だって、こうなっちゃったら私、あなたと食事が出来ないわ。一人で食事なんか嫌よ」

「なんだ、そんなことか。ならこの部屋で一緒に食事をすればいいだろ? それとも、ここで食べるのが嫌か?」

「いいえ……でも、私はこの体勢から動けないのよ? どうやって食事をすれば……」

「自分が手伝ってあげるよ」

「……いいの?」

「なんで自分がここにいると思ってるんだ? 自分はデブ専だぞ、君のためならどんなことでもするよ。それに最悪、メイド達に手伝って貰えばいいじゃないか」

 すると、彼女の目に涙が(=たた)え始め、すーっと頬を伝い落ちた。その涙を自分は、そっと指で拭き取った。

「ありがとう、テグロス」

「どうってことないさ。君は自分とって、最高の妻なんだから」

 それから自分は、久々に食堂より先の廊下を進み、大広間に出た。そしてそこから左――玄関から見ると右――にある、執事と召使い達の部屋へと進んだ。到着すると、自分はぜぇぜぇと息を切らし、どれ程自分の体力が落ちたのか、まだどれ程自分の体が重くなったのかを、痛く実感した。

 それから自分は、下役の部屋の扉を開けると、どうやら召使い達は調理場にいるのだろう、ムン・スラの執事ことマヌナンスだけが、そこで待機していた。

「おや、テグロス様。珍しいですね、一体何のご用でしょうか?」

「ふぅぅ……その、実はだな」

 自分は、ナンムスの身に起きたことを説明し、食事を彼女の部屋でするよう頼んだ。

「なるほど。分かりました、それでは今から、入る分だけのテーブルをナンムス様の部屋に配置し、料理をそこに運びますね。それと、テグロス様、宜しかったら今椅子を持って来ますので、少しここで休んでは如何でしょうか?」

 執事に促され、自分はたまらず頷いた。額からは汗を大量に垂らし、ポタポタと地面に落ちる程、今の自分は立っているのがやっとだった。さすが執事、気が利くなと感心しながら、彼が用意した三幅対の椅子に、自分はどっかりと座り込んだ。今まで、食堂の大きな椅子にしか座ってなくて分からなかったが、自分の体はもう普通の三倍近くになっていたんだなと、そう悟りながら自分は、額の汗を拭って、暫しの休息を取った。その間マヌナンスは、食事処(=しょくじどころ)の移動を指示、手伝うためか、この部屋を出て行った。

 

 十分ほども掛けて完全に気息を戻した自分は、ナンムスの部屋へと向かった。部屋の扉に着くと、少し息が切れていたが、休憩したおかげでまだ体力が残っていた。扉を開け、中に入ると、そこには食堂のより短めな、三台の食卓が並べられており、ぎっしりと料理が載せられていた。そして召使い達と執事のマヌナンスがいて、マヌナンスが自分に説明をして来た。

「テグロス様、お待ちしておりました。この部屋は食堂より狭いので、短めのテーブル三台が限界です。食事量を変えることは決して許されませんので、すみませんがテーブル上の料理を完食致しましたら、召使いが追加する形で、今後からやらさせて戴きます」

「そうか、分かった」

「それでは私達は、一旦ここで失礼します」

 数十人もの召使達が、彼と同じくして自分に会釈をしながら、横を通って部屋を出て行き、そして最後に彼が、再び深い頭下げを行うと、扉を閉めて部屋を出て行った。だが部屋には、未だ召使達が何人か残っており、妻のナンムスに色々と手を施していた。ベッドリドゥン(=寝たきり)な彼女のため、不動の状態でも日常生活を送れるようにしてくれているのだ。

 そんな中、自分は彼女に声を掛けた。

「ナンムス、調子はどうだい?」

「全然いいわ。ただお腹が空いちゃって――お願い、早く食べましょ!」

「はは、まさか君が急かすとはな。何故だか知らないが、自分のデブ専(=さが)のフィーディング魂が(=うず)くよ」

 そう言って自分は、早速料理皿を幾つか手に取ろうとしたが、その前を召使い達が(=はばか)った。

「テグロス様、宜しかったらナンムス様の横にある椅子に、座って戴いても宜しいでしょうか? お二方が一緒のテーブルで食事が出来るよう、小型のテーブルをナンムス様の横の、手の届く範囲に(=こしら)えました。料理は、そこのテーブルが完食ごとに、わたくし達が皿を交換致します」

「いいのか? 結構な回数だぞ?」

「はい、わたくし達はなんと言っても、あなた様方の召使いなのですから」

 そうか、と自分は頷き、そして指示された席に着いた。召使い達が確りと配慮してくれたのか、自分が座る席から、ナンムスの顔がちゃんと(=うかが)えた。なるほどこれで、食堂と同じように顔を合わせて食事が出来るわけだな。常にそばに召使い達がいるのはどうかと思うが、それを気にしなくなれば、きっと二人の愛はもっと深まっているに違いないと、そんなプラス思考の考えを持つよう、自分は(=ほぞ)を固めた。

 

 しかしながらその後、一歩も動くことのないナンムスは、今まで以上に、新しくなった食事量も重なり、驚異的なスピードで太り始めた。それは、アースリングより体が強靭なムン・スラでさえ、身体に応えるものだった。


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