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闇の地下牢

Oubliette

 

目を覚ますと、そこは漆黒の闇が制する暗がりの中だった

体を起こそうとしたその時、僕は天井に頭をぶつけた

(僕ってそんなに背が高かったかな?)

しかしその原因は、すぐに判明した

体を下ろして再び横になり、上へと手を伸ばす

すると肘がまだ曲がっているにも関わらず、手が天井に触れたのだ

(――なんてこった! これじゃあ体を起こすことすら出来ないじゃないか!)

僕は寝返りを打ち、うつ伏せになった

どうやら天井は低いが、寝返りぐらいは打てる様だ

僕は軍人宛らの匍匐前進で辺りを探索した

暗くて何も見えなかったため、全ては手探りで行われた

そしてついに僕は、自身がいる場所を知ることになる

それはなんと、牢屋の中だったのだ!

高さは先ほど判明した通り、寝返りが打てる程度しかなく

広さはおよそ3m。そして四方の一方に、鉄格子があるのだ

「ど、どうして僕はこんなところに……」

すると奥の方から、幽かな灯りと共にコツコツという石畳を歩く音が聞こえてきた

その音は次第に大きくなり、やがて鉄格子の前で止まった

「……目覚めたか」

「お、お前は誰だ! 僕が何をしたんだ! 早く出してくれ!」

「そんなに一変に言わないでくれよ。俺はジョー、食料の配給係さ。

んで、お前が何をしたかというと、何もしちゃあいない。

それとお前をここから出すことは出来ない」

「何故だ! お前の目的は一体何なんだ!」

「それは秘密さ。ま、とりあえず飯でも食いなよ」

そういってジョーは、地面と水平に開いた孔からお盆を差し出した

幽かな灯りを頼りに、僕はそのお盆の上に乗っている料理を見て目を丸くした

お盆の上に乗っていたのは、香ばしい香りがするステーキ、ポテト、スープ

そしてデザートとして、様々なフルーツが盛られていた

明らかにこの場所の雰囲気と異なった食事に、僕は吃った

「ど――どういうこと? な、な、何でこんなに豪華な料理が……」

「まあ気にするなって。せっかくおいしい料理が出されてるんだから、しっかり食べろよ」

そう言ってジョーは、その場から立ち去った

それと共に灯りは薄らぎ、辺りは再び漆黒の闇が制した

にも関わらず僕は、この明らかに異質な状況から意識が離れられなかった

僕は目の前の料理を、疑いの念も無く食べた

それはあの配給係ジョーの、怒りも軽蔑も無い友達と話す口調も原因の一つだった

 

 

 

その後もジョーは、まるで貴族が食べるような豪華な食事を毎回持ってきてくれた

さらに僕が何かを要求すると、可能な範囲でそれに答えてくれた

灯りが欲しいので、と、鉄格子の前に松明を置いてくれたり

本やマンガ、はたまたテレビまでもを、この牢屋に持ってきてくれたり

仕舞いにはゲームなどで一緒に遊んでくれたりもした

ただ一つだけ、どうにもしてくれないことがあった――牢屋のことだ

体を起こすことすら出来ず、寝返りを打つ程度しか出来ないこの天井の低さ

このことに関してジョーは、いつもあやふやな返答しか返さなかった

そして何日か過ぎたある日、僕はいつものようにうつ伏せになり本を読んでいた

だが最近僕は、この体勢に少しばかり息苦しさを覚えていた

不意に、僕はあることを閃いた

すぐさま仰向けになり、顎を引いて自分のお腹を見た

するとどうだろう、お腹は見事なまでにぽっこりと出ていたのだ

強いて言うならビール腹、ゲーム腹とでも言おうこの形

考えて見れば、こんな狭い牢屋じゃあまともに動くことが出来ないのに

毎日運ばれてくるあの豪華な料理を平らげてれば太るに決まってる

このままだとそのうち、寝返りさえ打てなくなってしまう!

僕はこのことをジョーに相談した

「……そうか。じゃあ城主に聞いて見るよ」

そう言ってジョーは、牢屋を離れて行った

僕はその間、暗闇に目を凝らした

いつも聞こえてくる幽かな声、僕は毎日それが気になっていた

しかし目を凝らせども、やはり目の前には暗闇が広がるばかり

唯一映るのは、仄かに光る松明の灯火が映し出す石畳と鉄格子のみ

一体この声は何なのだろうか? 僕と同じ様に牢屋に収容されている者でもいるのだろうか?

そんな考えを巡らしていると、暗闇の向こうからジョーが戻ってきた

「今城主と話してきたんだけどね、後一ヶ月待って欲しいそうだ」

「一ヶ月だって!? そんなに待ってたらお腹で挟まっちゃうよ!」

「仕方が無いさ、他の牢屋が空かないんだよ。我慢してくれ」

他の牢屋――この言葉を聞いて僕は、絡まっていた糸が解けるのを感じた

そう、毎日のように聞こえてくるあの声は、僕と同じ牢屋に収容されている者達の声なのだ

「……ジョーがそう言うんなら、仕方が無いか」

「わりぃ。その代わり不憫な思いにはさせないからさ」

 

 

 

それから僕は、残り一ヶ月間この牢屋で我慢することにした

確かにジョーの言うとおり、不憫な思いはあまりしなかった

今まで以上にジョーは、僕とゲームをして遊んでくれたり

たわいも無い話をして、一緒に談笑などもした

それでもいつもジョーがいるわけでは無く、僕はその間ずっと食事を貪っていた

本当は食事を我慢して、出っ張ったお腹で牢屋に挟まるのを防ごうとしたのだが

近頃面白そうな新作が出ておらず、すでにジョーが持ってきた本なども全て完結して

食事以外にやることが皆無になってしまったのだ

食事はありとあらゆる国々の様々な料理を何でも注文出来たので

これに関してだけは半永久的に完結することは無かった

そのおかげで僕はさらに太り続け、ついにはお腹が天井に触れて挟まってしまった

その結果寝返りすら打てなくなり、一日中仰向けになって過ごす破目になった

なので食事は、ジョーに頼んで食べさせてもらった

さすがの僕もこれには躊躇したが、牢屋の移動まで後一週間を切っていたので、我慢した

そしてついに、牢屋の移動が始まった

ジョーは牢屋の鉄格子を全て取り外して

それから僕の両腕を引っ張ったりし、挟まった体を何とかして牢屋から抜き出した

――その瞬間、僕の口元に布が押し付けられた

僕は突然の出来事に驚きつつも、意識は徐々に遠退いて行った

まるで無限に続く谷底に付き落とされ、落ちた崖を見つめるかのように

――しかしながら、谷底は無限には続かなかった

 

 

 

僕はハッと目を覚まし、体を起こした

辺りを見回すと、いつものような漆黒の闇が広がっていた

だが僕は気づいた。僕は体を起こしているのだ!

どうやらすでに僕は牢屋を移動していたようだ

しかし何故、僕はあの時意識を失ったのだろう?

確か布を押し付けられ――!!

「ジョー、ジョー!」

「そんなに大声出さなくても聞こえてるよ」

「ジョー、君は何故僕にクロロホルムを――」

「仕方が無いんだ、ここの掟さ。この辺りは見られちゃまずいんでね」

「……なぁ、君達は一体何をしているんだ?」

「それはいつも秘密だと言っているだろう」

「でも――」

僕はそこで言葉を切った

不意に、ある考えが思い浮かんだのだ

「そうだ。お願いがあるんだけど……」

そう言って僕は、ジョーにとある材料を持ってくるよう頼んだ

その材料とは――光球を作る材料だ

このことを悟られないよう、僕はこの道具を原始的な方法で作ることにした

これなら手間はかかるものの、特殊な薬剤などを使用することが無いので怪しまれない

今頃になって僕は、化学の専門教科を取っていたことに誇りを持った

 

 

 

それから僕は、ジョーの前では何時も通りを装いつつ

ジョーがいない時は例の光球の製作に明け暮れた

そして一個の光球が完成した時、僕は作戦第一を敢行した

まずジョーがこの地下牢を出て、扉の閂を閉める

僕はその数秒後、作った光球を目の前の石畳に叩き付けた

それと同時に光球からは、凄まじいまでの光が解き放たれた

その光は、僕の目に長時間残像を残すほど強いものだった

だがそんな強い光に、ジョーは気づかなかった

つまりこの地下牢からの光は、扉の外へ漏れないのだ!

この事実を知った僕は、作戦第二を行うための準備をすぐさま始めた

それは光球の光を持続させ、この地下牢に灯りを灯すことだった

これほどの強い光さえあれば、きっと地下牢を見渡すことが出来るだろう

僕は新たな光球を作り、再びジョーがいなくなったのを見計らって作戦第二を実行した

今度は目の前の石畳ではなく、暗闇の向こうへと光球を投げつけた

光球は綺麗な放物線を描き、そして地面へ接触した

その瞬間、強烈な光が地下牢を照らした

一瞬目が眩んだが、徐々に光に慣れ……そしてついに、地下牢の様子を窺うことが出来た

――僕は、言葉を失った

 

 

 

目の前には巨大な牢屋がいくつも並んでいた

大きさは区々で、僕が前にいた天井の低い牢屋も確認できた

だが僕を驚かせたのは、それが原因では無かった

牢屋にはそれぞれ――それぞれ、牢屋一杯にまで膨れ上がった生き物達がいたのだ

その体のあまりの大きさに、鉄格子からは肉がはみ出ている

「な、何なんだこれは!」

僕は衝撃のあまり、思わず叫んでしまった――だがそれが間違いだった

この地下牢は外に光は漏れぬものの、音は換気口を伝わり外へと漏れるのだ

声はすぐにジョーの元へと届き、ジョーはすぐさま地下牢へと戻ってきた

「……見てしまったんだね」

喘ぎながらジョーは言った

「一体、一体何なんだ、これは!」

「……仕方が無い……全てを明かそう」

ジョーは僕に、この城の全てを話した

この城は全ての大陸から孤立した、地図にすら載っていない離れ島にあり

そしてこの城の城主は、極度のデブ専なのだ

特にその太った体が、部屋一杯に埋まっているのが好きだという

なるほど、だから牢屋には、鉄格子から体がはみ出てるほど太った者達がいるわけだ

そして城主は、色んなところからこの太らす対象者を拉致していたのだ

「そんな……こんなことのために僕は人生を捨てなきゃならないのか!」

「まあまあ、ここには食べたいものが自由に食べれる。心置きなくな

それに欲しい物は何だって手に入る」

「何言ってる! こんな悪趣味に金を費やす城主にそんな大金がある訳無いだろ!」

するとジョーは、とある機械を地下牢の奥の方から持って来た

その機械は、巨大なカプセルを横たえた形で、上半分をガラスが覆っていた

ジョーはその機械の下半分にある操作パネルをいじり、そして右端の赤いボタンを押した

その瞬間、カプセルの中から鋭い雷光が煌いた

程なく雷光が消えると、そこには高級レストランで見かけるような豪華なディナーが現れた

「こ――これは!?」

「これは城主が開発した機械だ。この機械があれば、どんな食べ物でも作り出すことが出来る」

「……つまり、この機械で食べ物を作り出し、そしてそれらを売って金にしているわけか」

ジョーが頷いた

「だけど……やっぱり拉致をするなんて――!」

「一つ言って置くが、別に俺達は遮二無二拉致している訳じゃあない。

その理由は、普通の生命体とは違う生き方をしているからだ。お前なら思い当たるだろう?」

「……」

僕は考えを巡らした

まず僕には、親も友達というべき友もいない

親はつい最近亡くなり、昔から引っ込み思案だったから友達も出来なかった

それと僕は化学の専門教科を取っていたが、別にそれに関する職に就く訳でも無かった

僕には目標が無かった。だから大学を卒業した後も、仕事を探す気にはなれなかった

つまり僕は――そう、社会から孤立した存在なのだ

「……皆、社会から孤立していたのか?」

「そんなところだ。お前と同様親も友達もいず、職にも就いていなかった。

そんな奴らからすれば、自分の欲求を満たすことが出来るここは正に天国だろう?」

「だけど……あそこまで太りたくは無い……」

「お前は分かってないなぁ。お前みたいな孤立した存在のやつが

あちこち動き回ったりするのが好きかい?」

ジョーのこの言葉に、僕は思わず心を動かされた

<太る>ということは、自分自身の<動き>を抑制してしまう

しかし僕のように外に出歩かず、暇さえあれば一日中家で過ごすやつに

<動き>という行為は必要だろうか?

彼らに必要なのはただ一つ、自分の欲求を満たしてくれる<物>だ

さらにここには、ジョーという腕の代わりをしてくれる者もいるし

周りにはぶくぶくと太った生き物だけしかいないから、<太る>ことに羞恥心はいらないのだ

つまり僕にとって<太る>ということは、無意識に呼吸するほど気にかけないものなのだ

僕は突如、胸が高鳴りするのを感じた

ここにいれば、自分の望む全てが手に入る!

「ぼ、僕は……」

「遠慮しなくて良い、ここは自由だ。それにどうせお前を外に出すつもりは無いんだし」

「……そうだね。よーし、じゃあ――」

 

 

 

この城の地下牢は一体どのくらい広いのだろうか?

牢屋一杯に太るのはいいが、結局いつかは限界が来る

その度に僕は、牢屋を移動しなくてはならないし

その度に僕は、ジョーに牢屋から機械で引っ張り出される破目になり

その度にここの城主が、その様子を窺って来る

前にも言ったように、ここの城主はデブ専でかつその体の挟まった姿が好きなのだ

なので僕が挟まった牢屋から出ようとする度に、その様子を見て楽しんでいるのだ

全く、飛んだ変わり者だな、と僕は思った

だけどそんな変わり者が好きな体になっている僕も、そう変わらないだろう

一体僕はどのくらい太ったのだろうか?

この地下牢は暗くて辺りが見えないが故に、自身の体すら垣間見ることが出来ない

仄かに光る天井からの灯りも、今や僕の巨躯には敵わないのだ

だけどそんなことは関係無い

僕に必要なのは、自分の欲求を満たしてくれる<物>だけなのだから……


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