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(※2012/10/14:セクション名を少し変更しました。)

久しぶりに良いネタが思い浮かんだんで、久々の小説投下です。

因みに体調は、眩暈がまた再発気味ですがとりあえず良好な方でしょうか。

気温の変化に敏感なので、一応そのせいだと思ってます。


<登場人物>

ソーシュ    Sorsh    臙脂色のシャーカン    男

ペル      Pel     紫竜           男

 


 

 

  ネイディア(Nadir) 序章

 

 

 俺の勤めている会社は、ダイエット関連の商品や施設を宣伝して販売・運営する会社だが、少し変わった特徴を持っていた。いや、ただ俺が世間知らずなだけ、もしかしたら他のダイエット関連会社もこれに近いことはしているのかも知れない。

「ふぅ、ふぅ、ソーシュ、おはよー」

 同僚の紫竜、ペルが挨拶一言すぐ隣のデスクに着いた。もう秋だと言うのに、彼はまだオーバーオールの下のシャツを汗で濡らしており、熱気や汗臭さがこっちまで漂っていた。

 それもそのはず、彼はサラリーマンとしてはありえないほど太り、先週聞いた時には体重が三〇〇キログラムに達していたという。しかも二.二メートルという高身長もあり、彼自身はやんわりした性格だが、初見では誰しもがその威圧感に戦きそうである。

「にしても随分と太ったよな。次の仕事は大丈夫なのか?」

「うん。次のは大仕事だからね。名付けて『超肥満からの大脱出!』って。正にこの体は打って付けだよね」

 そう言って彼は、デスク脇に常備してある食品を手にした。それは高カロリー高脂質の、本社で自給自足しているお菓子だ。しかもそれはどのデスクにも必ず設置され、毎日どころか無くならないよう常に補充されている。現に俺も既に何個も平らげていたが、いつの間にかその分が追加されていた。

 にしてもどうしてこんなものが用意してあるのか。それは簡単、社員を太らすためなのだ。というのも実は、俺のいる会社には大きく分けて三つのセクションが存在し、一つはジェネラル・セクション(=Gセクション)と呼ばれる、一般的な社員――つまりは事務や営業、企画などを行なう社員が所属するセクション。二つ目はマニュファクチュア・セクション(=Mセクション)で、先ほどのようなフィーディング(肥育)用の食品も含め、ダイエット関連商品の製造に携わる社員――これには研究者も含まれる――が属している。そして最後が、俺のいるパフォーマー・セクション(=Pセクション)で、会社のダイエット関連商品や施設、はたまた外部から依頼を受けての宣伝に出演する社員なのだが、単に演出するだけじゃあどことも変わりはない。そこでこの会社は、ダイエットなどの効果をよりよく明示するため、出演者自らが太り被験者となるのだ。常備食品は、そのための道具なのである。勿論、社員が病気にならないようそこは厳重に管理・研究されている。

 因みに今の俺は特番の「ぽっちゃり体型から見事な細マッチョへ」の出演後のため、体はすっきりどころか逞しい筋肉質となっていた。しかしそんな俺も、次の出演に向けまた太らなければならない。そう、それこそ隣のペルのように。ただいつ出演するかは上司の判断に委ねられるため、太る範囲はぽっちゃりから寝た切りに近い所まで幅広く、新入社員は数ヶ月程度から慣らしていくが、キャリアを積むと何年もかけて肥育されることが多くなる。

「ペル、ちょっと今いいか?」

 隣でペルが、上司に声をかけられていた。その間も俺は、常備食品を片っ端から食べ続けている。

「生憎だが、出演開始予定日がかなり早まってな。どうやら向こうのテレビ局が、特番の放送日を一ヶ月も誤解してたらしい。だから悪いが、今から現地に向かって貰いたいんだ」

「あ、はい分かりました。でもちょっと待って下さい、せめてこれだけ……」

 そしてペルは、名残惜しむように最後の食品にがっつくと、それをコーラで勢い良く飲み下して豪快にゲップを吐き、上司に従ってPセクションをあとにした。さっき言ったようにここはかなり特殊なセクションのため、スーツを着用する義務も無ければある程度下品な態度や怠惰も許されている。寧ろそこからの変貌ぶりを強調するための役作りと解釈出来るからだ。

 しかし聞くところによると、この会社は密かにブラック企業だと罵られているそうだ。ただそのブラックとは、中にたっぷりと砂糖の入った超甘いコーヒーのようなもので、他のブラック企業とは中身が異なっていた。それはダイエットしては太るというリバウンドを繰り返す俺達が、そのたびに脂肪細胞が肥大化し、太り易く痩せにくい体質になるからだと言う。だがこの会社のダイエット製品や施設はどれも一級品で、何年か前の俺は先ほどのペル並みにまで太っていたが、とある運動施設に一年間通うドキュメンタリー番組に出演したことで、見事二〇〇キロ近いダイエットに成功していた。

 そんなわけで、俺の周りにはダイエット後のスリムないし筋骨隆々な姿から、相撲取りやテレビで見る病的肥満者、はたまた現在増量/減量中の人まで様々な社員がいる。それを改めて客観的に見ると、やはり世間一般的では無いと思われる。

「ふぃ~、腹減ったぁ。なあ、飯買って来てくれよ」

「お前は相変わらず良く食うような。給料も全部それにつぎこんでんだろ?」

「だってよ、ここに来てからは食べることが何よりの幸せになったからなぁ」

「全く。んじゃ、いつものでいいよな」

 向かい二人の若い後輩の会話は、耳を傾けるだけだと、怠け者と世話役のありがちな話に聞こえるが、目を向けるとあまりにかけ離れた状況に見える。世話役は見事なマッチョ体型の、タンクトップを着た藍色のホエリアン。怠け者は何XLサイズか不明なインナーの下から堂々と腹を出し、そこに食べ滓をばら撒いた推定四〇〇キロ弱の黄竜。これはイメージ的には完全真逆の体付きをした二人の会話なのである。しかも彼らは、数年後には役どころが入れ替わり、様相や雰囲気もすっかりあべこべになるのだから驚きだ(余談だが、この黄竜は将来有望視されている社員の一人だったりする)。

 

 

 そんなこんなで俺は今、いつ始まるか分からぬ次への出演に向けて筋肉からおさらばし、やがては給料に還元されるであろう脂肪を温かく迎え入れていた。

 

 

    続く


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