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固有名詞

男 緑竜 ムープ  Moop

 

男 赤竜 ガンヴァ Ganva

 

 

 

レストリート Restaureet 大型ショッピングモールにある料理店が軒を連ねる道

 


 

 

ムープの暮らし 5 〜第半年と一週目〜

 

 

「おうムープ。相変わらず朝は遅いな……んっ、新しいズボンを買ったのか! 似合ってるじゃないか」とガンヴァ。ムープは少し戸惑いながらも答えた。

「は、はい。ちょっとベルトじゃあきついので、オーバーオールにしたんです」

 薬を使用して1週間。その後は確かにあのような爆食はなくなったが、それによって胃袋が拡張されたのか刺激されたのか、それまでのズボンのフックとベルトが遂に締まらなくなってしまった。

 食べては膨らむそのお腹。そんな自身のためにウエストゴム入りの大きめのズボンと、それに合わせたかなり長めの穴無しベルトを購入したが、それも昨日とうとう限界を迎えたのだ。なのでその日、初めてオーバーオールを買って着てみた所、ぶかぶかでありながらサスペンダーがしっかりと支えてくれ、余裕を持たせた腹囲のおかげで鱈腹食べても大丈夫——と思ってしまうのだが、その精神がそもそも駄目なのだと、ムープは毎回心に言いつけている。胃薬を使用していた時のような増量速度はなくとも、一月に必ず15kgは太っているからだ。

 即ち現在、彼の体重はなんと205kgにも達していた。この島に来て僅か半年で体重が倍弱。さすがに少し歩くだけで疲れ易くなり、ガンヴァの店からショッピングモールまで歩き店内を散策する時間よりも、休憩中の食事時間の割合が高くなりつつあった。

「そういやお前、半年前より随分と体格が良くなったよな。それもこれも俺の料理のおかげだな」

 嬉しそうにガンヴァが言う。しかしムープには彼のような筋肉質な恰幅の良さはなく、単に脂肪太りしている。そこらを一緒くたにする島の風習もまた、ムープの腹周りを成長させる一因になっていた。

「ですねぇ。じゃあガンヴァ、いつものハンバーガーセットとピザセットをお願いします」

「了解。おっと、それと来週俺の誕生パーティーをやるんだが、是非お前も参加してくれないか?」

「えっ……ぼ、僕ですか?」

「そう。他の奴らにムープを紹介したいからな」

 今まで、こんな風に招待を受けるなんて、思えば無かったかも知れない。ムープは嬉しくなり、笑顔で頷いた。

 

 

「んー、ガンヴァのハンバーガーとピザは最高だなぁ」

 満面の笑みで道路を進むムープ。反対側にある自分の家を通り越し、そのままショッピングモールへと普段通り向かった。だが到着するや否や、彼は入り口付近に設けられたカウチに早速腰掛けた。

「ふぅ……」

 火照った体からは汗が滲んだ。しばらくそこで休息し、彼はいつものように辺りをぶらりと歩いた。だが半年前と違ったのは、行く先々で何かしらの食べ物を購入していることだった。時折体のことは気にかかるが、口にそれらを運ぶたび、その不安は消えていた。

「ここのロールケーキは美味しいなぁ。もう一本買っちゃおうっと」

 そんなこんなで本日の彼は、散策時間よりも食べる長さが追い越していた。

 時刻は14時。ムープのお昼時だ。彼はいつものレストリートを歩くと、見慣れない店舗が一件あるのに気づいた。漢字の連なった店名と外装から、中国料理屋だと一目で分かる。そういえばここに来てから中国料理系は一度も食べてないなと、彼は早速店内に。

「ようこそ来たアルネ。さっ、あそこの席が空いてルヨ」

 片言で出迎えてくれたのは、世にも珍しい(?)東洋竜だった。

 何が普通と違うのか。それは見たまんま、この島そのものの体型である。細身ですらりとした胴体のイメージがある東洋竜だが、目の前にいるのは顎から脂肪が肉付き、コックコートをパツンパツンにするほど全身が膨れているのだ。

 空席まで歩く龍の姿。その珍しい大お腹は、腰から下腹部に向かって下がる腰紐の支えを借り、左右に気持ちよく揺れていた。しかし腰紐にとっては余計な負荷である。

「早く来ルネ」

 東洋竜に促され、我に返ったムープは慌てて案内された席に着いた。

「我はリモウ言うネ。ここの店長アルヨ」

「て、店長なんですか?」

 ガンヴァと真逆で尚且つ体重が彼よりも、そしてムープよりも断然ありそうなそのお腹でどうやって調理をするのか。ムープは思わずカウンター奥の厨房を覗いてしまった。そこには二人の東洋竜がおり、どちらもリモウの半分ほどの体格だ。

「ハハハ、我は料理しない接客専門アルヨ。なんだってこの腹があるからネ」

 軽快に自分のデカ腹を叩いたリモウは、言葉を続けた。

「さて、注文は何すルネ?」

 ムープは、テーブル脇にあるメニューを開いて料理を一瞥した。するとリモウは、彼の隣のテーブルにドシンと腰掛けた。

「軟酢子鶏(鶏腿肉の唐揚げ)、菠菜扣肉(豚肉の角煮)、蒜苗牛肉(牛肉とニンニクの茎の炒め)、それと油淋鶏(鶏肉揚げソース掛け)に高麗香蕉(餡入りバナナの卵白揚げ)。おっと、麻球(揚げゴマ団子)も頼むアルヨ」

「えっ!? ぼ、僕はまだ何も頼んでませんが——」

「違うネ、これは我の昼食アルヨ」

 あ、ああなるほど。そういえばガンヴァとかも、ひとけの少ない時間帯に食事をしていたなとムープは納得。けれども聞いたことのない料理名ばかりで、しかも大量に頼んでる。いったい何がどれくらいの量で来るのか検討もつかない。

 ムープは悩んだ末、冒険しないで定番の料理を注文することにした。

「僕は、北京ダックと回鍋肉をまずはお願いします」

「ここは肉まんと餃子もお勧めネ。良かったら一緒に頼んで見るアルヨ」

「そうですか? でも全部食べ切れるかどうか」

「残したら我が食うから安心すルネ。でも代金はそっちが払うアルヨ、ハハハ」

 単にリモウが食べたいだけのような気もするが、しかし色々味を確かめるのも悪くはない。ムープは結局店長の誘いに乗り、いきなり4品も注文してしまった。

 

 

 リモウは、東洋竜の特徴である長い髭を伸ばすように爪で弄りながら、お腹の稜線を描くキツキツのコックコートを反対側の爪でなぞった。彼は自ら注文したこってり系の料理群を堪能したあと、予想通りムープの料理にも手を出していた。一方ムープは、北京ダックが結構な量だったこともあり、それと回鍋肉で充分だった(何せ入店するまでに色々と間食しているゆえ)。それプラス店長お勧めの肉まんと餃子を食べたもんだから、もう腹十分目は越えていた。

「うっぷ……もう食べられないや」

「でも美味しかったダロ?」

「はい」とムープは笑顔で答えた。そして軽いおくびとともに、ずっと抱いていた疑問も一緒に吐き出した。

「それにしても珍しいですよね、東洋のドラゴンでそんな大きな体をしてるのは」

「中国料理は油物が多いネ。我みたいな大食いは、あっと言う間にこの腹ナルヨ、ハハハ」

 終始明るく言葉を返す店長に、ムープは些かの謙遜もなく語り合え、ガンヴァと同じように気楽でいられた。

 それから談笑も程々に、ムープはここいらでおいとますることにした。会計を済まし、家に帰宅したのは16時。18時の夕食迄は、お馴染みのまったりしたテレビ番組を観賞しながら、おやつ片手にリラックスした。

 しかし18時。普段ならこの時間にはすっかり空腹がやってくるのだが、今日は胃袋の膨満感が取れずにいた。

「油物で胃が凭れちゃったかなぁ。そういえば来週はガンヴァの誕生パーティーだっけ。その時までは体調に気を配っておかないと」

 だがその意志や励行に反し、この胃凭れは翌日も、そのまた翌日も続いた。まるで何ヶ月か前と似た症状である。折角ガンヴァにお呼ばれしたの初パーティー。少しでもそれを楽しみたいと願っていたムープは、やや憂いながらも後日、ショッピングモール隣のあの病院に診療して貰うことにした。すると診察医は前回と違えど、でっぷりと太ったその医者は机に自前のチョコバーボックスを設置しており、結局は似たもの同士なのか同じ薬を処方されてしまった。

 以後、薬を服用して食欲の倍増という副作用が再来したが、それ以外は健全でいられたことで、ムープはパーティーを前日に控え、気持ちも胃袋も舞い上がっていた。

 

 

    続く


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