ちょっとうだうだと内容が水増しされているような気もしますが、ムープの話は続きます。
固有名詞
男 緑竜 ムープ Moop
男 赤竜 ガンヴァ Ganva
レストリート Restaureet 大型ショッピングモールにある料理店が軒を連ねる道
バーグバーグ Burg-Burg ハンバーグ店
ムープの暮らし 〜第一月目 午後〜
自宅に帰ると、早速ムープは処方箋の紙袋から胃薬を食前に飲んだ。するとさっきまで気分を悪くしていた
悪心 が、嘘のようにすぅっと消えた。「あのお医者さんの言う通りだったのかぁ。見た目はあれだけど、やっぱり医者は医者だね」
正直あの太り方は尋常ではない(ようにムープには“まだ”見えるだけかも知れないが)ので、失礼ながら少し安全策を取っていつものレストリートでの食事は控え、自宅で昼食を取ることにしていたのだ。
しかし薬が効いたとなればあとは問題ない。ぐぐぐぅーっとムープの腹の虫は鳴り、彼は早速出前のチラシを手にした。
「今日は、あのハンバーグでも食べようっと」
彼は携帯電話でバーグバーグに注文すると、いつもの立派な太鼓腹の配達員が30×15×5cmのハンバーグセットを運んで来て、いつものようにムープはそれを、TVを視聴しながら平らげた。
しかし……
「……うーん、物足りないなぁ。また胃袋が膨らんだのかな」
仕方なくムープは、小腹を埋めるために、今度はピザを注文した。小腹にしては多いと突っ込まれるかも知れないが、残したら残したで晩飯用に残せるので、彼にはそういう意図があっての注文だった。
届けられたピザは島では定番の直径45cmサイズ。それをムープは、またTVを鑑賞しながら腹10分目になるまで食べることにした。
1ピース、2ピース、3ピース。その速度配分は、然程変わらない。4ピース、5ピース、6ピース。まだまだ行ける。7ピース、8ピース、9ピ——
「——あ、あれれ? ピザ、全部食べちゃったの?」
8等分されたピザに9ピース目はない。まあ食べたりないのにと、名残惜しそうに空箱を捨てたムープだったが、ふと何か違和感を覚えた。いつもはあのハンバーグセットで満腹。調子の良い時は確かに+αで追加を食べることもあったが、ピザ丸々一枚は彼にとって1食分である。即ち今、彼は普段の2食分——2倍の量を平らげていたのだ。お腹を見ると見事にパンッパンに膨れており、胃袋が勘弁してくれと言っているようだ。しかし脳内では、まだまだ食いたいという信号を送り続けている。
なぜだろう。あの胃薬が影響しているのだろうか。ムープは処方箋に同封されたお薬説明書を読んでみた。
左から順に薬の写真、薬品名・用法、飲み方・使い方はよくある記述。効能には「このお薬は、胃の調子を整えます」。そして注意事項には……
「アルコール類は、薬の作用を強めることがあるので避けて下さい。また副作用として、眠気、集中力の低下、食欲亢進があります……」
ムープはもしかして、と思った。だが時既に遅し。
「うー、冷蔵庫に何かあるかなぁ」
冷蔵庫には、たまたま昨日ガンヴァか貰ったソーセージ1kgの半分が残っていた。これは丁度良かったとムープは、業務用袋に入れられたそれを持ち出してソファーに座り、もぐもぐと口に運びながらファイナーで飲み下した。
本当にこれで良いのだろうか。色々と天秤にかけながら苦悩する彼。けれども母国での出来事を思い返すと、結果は出そうだった。
母国ではストレスで体を壊した。今よりも痩せていながら。でもここではストレスなんて無いに等しいし、薬のおかげか医者も絶賛したファイナーのおかげか、体は重いのに全然気軽である。
「そうだよ。健康であれば問題ないじゃないか。うん、そうだそうだ」
一人で納得したムープ。胃袋がなんと叫喚しようと、脳内が満腹で満たされるまで彼は食べ続けることにした。スナック菓子に手を伸ばしてまでも。
一時間後。
「うーっぷ。く、苦しい……この薬、効き目が凄過ぎるよぉ」
再び心配になったムープ。けれど処方されたのは1週間分。薬の使用が終わればこういうのには悩まされないはず。
そんなことを考えていると、彼は苦しさからか、はたまたこれも副作用からか睡魔が襲って来た。どうせこの状態で動いても気持悪くなりそうだしと、彼は脇のゴミ箱にゴミを捨て、ズボンのベルトを最大限に緩めると、ソファーのリモコンでいつもの寝る体勢に入った。
あっと言う間にムープは、眠りに就いた。
次にムープが起きたのは夕方前。この時間帯はいつものように晩飯を出前で頼むが、その前に例の胃薬を彼は飲んだ。するとやはり、先ほどの過食が完全なる副作用であると実感した。
今回は念のため、彼の夕食の定番であるハンバーグセットを2つ頼んだが、ぺろりとそれを平らげてしまい。その勢いでまたピザを追加注文してしまった。流石に全部は食べられないだろうと思っていたが、脳内の赴くままに食事を進めた所、まさかのピザ完食を果たした。それでも脳内はまだ食べれそうだと雰囲気を出していたが、こればかしはムープ自身も限界を感じており、冷や汗がじんわりと剥き出しの背を伝った。
「フー、フー、お、お腹がパンパンだ……こんなに膨れたの、今までにあったっけ」
お腹を摩ってその感触を確かめる彼。やはり類を見ないほど張っている。一番緩めたはずのベルトも、もう限界だ。明日には今朝とほぼ同じぐらいの大きさに腹部は戻るだろうが、一日の食事でベルトの穴が最大に達するとは。
こんな風になって、どれだけまた太ってしまったのだろう。そんなことを考えた彼は、ふと玄関にある台秤に目線が行った。そういえば最後に体重を計ってからもう少しで一月になる。たまには……とムープは、苦しいお腹を抱えて台秤に向かうと、そこに足を乗せた。
目の前のディスプレイが、刻々と急速に加算する数字を映し出す。
「えっ」
信じられないという面もちで、ムープは一旦台から降り、再び乗った。数字は激しく変動し、先ほどと同じ数値を表示した。
「ひゃ、130kg!? う、嘘、一ヶ月で25kgも太ってる」
このまま行くと、単純計算で一年に300kgも太ることになる。そうなると来年は430kg——テレビでそんな超太り過ぎた人達を見たことがあったが、誰しも空は無論地上での自由すら制限されていた。
(僕も、あんな風になっちゃうのかなぁ……しかも今は薬を服用してるし)
このままこの状態が続けば当然想像だけに留まらないが、薬の効果は本物。寧ろ飲まないで以前のように体を壊したくはない。
「まっ、一週間の辛抱だ。それからは少し、食事に気を付ければ大丈夫」
うんうんと頷いたムープは、いつしか腹の苦しさも忘れて再びソファーに戻り、満腹感を包み込む手中で気持ちよく床に就いた。
続く