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  著者  :fim-Delta

 作成日 :2008/09/14

第一完成日:2008/09/14

 

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「ごぶ……げぶ……ぐぶ……がぶ……」

「……この怪物、信じられます? 鯱ですよ」

「全く信じられないな……一体どうやったら、こんなにまで太れるんだ?」

 雄鯱のアルカンは、今では腕乃至(=ないし)肩や首に付き過ぎた脂肪によって、顔が完全に埋もれていた。ただホースは確りと咥えているので、その先に顔があることは分かった。更に部屋の広さには限度があり、体中の贅肉は広がるのを止めて盛り上がっていた。その結果彼の腕は、四方八方から上へと押し上げられ、まるで海から生えた木のように垂直近く固定されていた。しかしそれも、やがては体中にたっぷりと付いた肉に呑み込まれることだろう。何せ彼の腕は、既に半分以上が埋もれているからだ。この光景を一言で言うならば、肉塊の肉海に生える二本の肉棒、と言ったところだろう。

 だが、今や食欲の化身(=けしん)と成り果てた彼にとって、自分も他人も周りの何もかもが無意味であり、唯一際限無き胃袋に食べ物を詰め込むことだけが、彼にとって無二無三の意味あることだった。

 

 アルカンの贅肉が支配する部屋の隣には、彼のための巨大なタンクがあった。そこには流動系のペースト状にした食べ物が溜め込まれており、それは改良された特別なホースを伝い、高窓を通して彼の胃袋へと流れていた。

 そんなタンクに今、とある老鼠がいた。その老鼠は、(=ふた)を開けたタンクの中に、何やら瓶から液体を注いでいた。それを終えると老鼠は、共にいた筋骨隆々の雄鮫にタンクを閉めさせ、キャットウォークに戻った。

「これで、アルカンの暴走は止まるんですか?」

「ああそうじゃ。じゃがあともう一つ、やらねばならんことがある」

「部屋の壁を壊すんですよね、一体何故なんです?」

「それが一種の(=せき)の役割をし、彼の体を上へと膨らませ、頭を埋めているからじゃ。そのままでは外部からの(=はずかし)めを与えられず、単に幸せ太りさせてしまうからの」

「つまり、アルカンのあの体を出来る限り(=なら)し、顔を出させるというわけですね。しかし……彼は本当に幸せなんですか?」

「自分の欲求が赴くままにしておるんじゃぞ。まあ確かに、欲求に縛られることは自由ではないかも知れんがの。じゃが例え見た目がどうなろうと、彼にとって今は至福の時なんじゃよ。しかしそれも、間もなく(=つい)えるがな」

「なるほど」と、雄鮫は納得して頷いた。

「さてと、儂等(=わしら)もそろそろ行くかの。もう<ビート>には用済みじゃからな」

「はい、インラージャさん」

 そして二人は、何処かに姿を消して行った。やがてアルカンがいる部屋の周囲で爆発が起き、壁が崩壊すると同時にそこから、彼の積もりに積もった贅肉が一挙に洪水となって流れ出た。(=つい)には、彼の顔が垣間見えるようになった。

 

 それから少しして、老鼠の思惑通りアルカンは自我を取り戻し、己の醜さに阿鼻叫喚した。そんな巍々(=ぎぎ)たる醜貌醜体に、いつしかやって来た報道陣達は無遠慮にも彼の肉山を登り、顔に向かってマイクを差し出した。更には、彼の神異(=しんい)な体を生検しようと、皮膚組織を採取する者達も現れた。そんな心置き無い人達に、アルカンはぶよぶよとした、大木のような腕を振り回そうとしたが、あまりの重さに動かすことが出来ず、脂肪を気持ち良く揺蕩(=ようとう)させるに終わった。

 恐らくアルカンは、これから一生この姿で生き続けなくてはならないだろう。動くことも出来ず、耳を塞ぐその行為さえ、一線を越えた太り過ぎの体には不可能で、自害することさえ出来なかった。正に、生き地獄そのものだった。

 時にアルカンは考える。こんなことになるのなら、いっそ留置所で刑期を過ごすんだったと。だが後悔先に立たずで、今では不思議なことに、彼は自殺者を羨むようになっていた。

 

 

 

見えない大富豪 -港町リーラ編- 喰い殺し編完結


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