グレース・タウン　Grace Town
ノガード　Nogard
　　男　竜　筋肉質→肥満→超肥満　俺
フロウ　Flow
　　男　狼　痩せ→痩せ気味→普通　俺
タール　Tar
　　女　鼠　ふっくら　私
ドレイジル　Drazil
　　男　蜥蜴　痩せ→痩せ気味　自分
ニプロッド　Nihplod
　　女　海豚　痩せ→痩せ気味→普通→むっちり　あたし
タブ　Tab
　　男　蝙蝠　痩せ→痩せ気味　俺
イザーラ　Izara
　　男の子　蜥蜴＋鼠　ふっくら　僕
ルエイソレット　Ruasoretp
　　男　翼竜　俺　筋肉質→超肥満→ぶくぶく
　ノガードが、このグレース・タウンの頂点になってから六ヶ月。下克上を起こそうとした者達はたった一グループ。ルエイソレットを崇拝していた輩だ。だが彼らは、奴の真の姿を知らなかった。彼らが牢屋に連れてこられ、その際ルエイソレットを初めて見た時の顔は、驚愕と落胆に満ち溢れていた。
　だが、それ以来目立って事件はなく、ノガードの部下達はみな、この頃は少し怠け癖がついていた。それはノガード自身が、まるでルエイソレットのように大きなお腹に至福を肥やし続けていた体。しかし実際は、確りと手足の筋肉を維持しており、少なからず元ボスの二の舞になることはなかった。
『ボス、おはようございます』
　ロビーで、ノガードの部下達が団欒所で食事をしていた時、ボスが三階から降りて来たので彼らはさっと立ち上がり挨拶をした。そういう習慣だけは、今も確りと行なっていた。
　ノガードの方はというと、階段を降りるのはまだ苦になっておらず、片手を挙げて無言で合図を返すと、そのまま食料庫へと向かった。
「それにしてもボス、今日の下着は凄いな」とドレイジル。
「だな。あんなにもきれいにシャツが丸く浮き出るものなんだな。だがあの筋肉は、さすがボスと言ったところだ」
　フロウが関心した面持ちで頷いた。
「本当よ。正直あたし、ボスのこと段々好きになってきちゃったわ」とニプロッド。一月前よりもまた肉がついて、着ているノースリーブが、ノガードのようにぴっちしとなっている。
「ニプロッドは、ああいうタイプが好みだものね」
「勿論じゃないタール。最近ボスのこと、あまり直視できなくなっちゃったもの」
「へへ、そりゃあいいじゃないか。ここに二つ目の夫婦が誕生しても、いいんじゃないのか？」とタブ。
「や、変なこと言わないでよタブ！」
　ニプロッドが、顔を赤らめ、そして肉厚な手で彼の背中をバンと叩いた。なかなかの衝撃で、彼は飲んでいたお茶を思わず噴出してしまった。
「おいおい、少しは手加減してくれよ！　ただでさえお前はでかいんだから」
「じゃあ変なこと言わないでよ。もう、照れちゃうじゃない……」
　彼女が両手を頬に当てて俯くと、周りが一斉にわっと笑い、今日も和やかな一日が始まっていた。
「おお、ノガード。相変わらずありがとうな」
「構わんさ。それにしても、体調大丈夫か？」とノガードが、ルエイソレットの牢屋に段ボール箱を４箱置いた。
「頗る良いぞ。お前が間食ついでにドーナッツとか配ってくれるのは、本当に助かる」
　そういいながらルエイソレットは、既に一箱目を貪っていた。今の彼は、完全に座った状態から立ち上がれないでいた。全身に付いた肉が、完全に脚を地面に押し付けているからだ。しかも脚そのものにも多量な脂肪が付いているため、もはや脚を地面から浮かすことは不可能になっていた。
　だから彼にとって、歩行とは、翼と腰を「ふん、ふん！」と勢い良く振りながら尻歩きすることになっていた。しかし脚と同じように、翼にも、膜を覆うほどの多量の肉がついており、腰に至っては腕を乗せる土台として、また脚を隠すほどにも広がり、それらを振るだけでもかなりの重労働なのだ。
　なのでここ最近は、ルエイソレットは次なる段階に入っていた。それは、自ら定位置を決めること。そして目の前にダンボールを置いて貰うことで、動くことすら無くそうとしていたのだ。ただ四箱もダンボールを置けば、どうしても手の届かないところにそれが置かれてしまうので、数十センチの移動と数十度の回転は、未だに必須であった。
　そんなルエイソレットゆえ、ノガードよりも食事量が少ないにも関わらず、彼以上にぶくぶくとした、まさに肉の塊のようになっていた。
「良し、これでいいぞ」とノガードは、牢屋を出て鍵をしめた。
「今日も頼むよ、ノガード」
「当たり前さ、ルエイソレット」
　ノガードは無機質な表情をしたが、そこにはルエイソレットに対する友情関係が生まれているように見えた。なぜこんな彼に、とも思えるが、そこには何かがあった。何かがあるからこそ、こんなルエイソレットをも、確り待遇良くしているのだ。
　それからノガードは、いつものように地下から三階の自室へ、段ボール箱６つも持って、階段を上っていた。
　しかしながら彼は、ぜえぜえと、二階の廊下で一旦、壁に背中を預けた。だがその間にもダンボール箱はちゃんとと担いでいた。それは筋トレを兼ねていることもあるのだが、食料庫では、棚に載せられたダンボールを持つだけだが、この床にダンボールを置いてしまうと、再びダンボールを持つときに上体を屈ませなくてはならない。幾らノガードが立派な筋肉を持っていても、ぱんぱんに膨らんだ太った蛙のようなお腹があれば、屈むにもそれが突っかかってしまう。いわば、ここに来たばかりのルエイソレットのように、椅子に腰掛けた時よりも、地べたに座った状態から立ち上がるのが難しいのと同じような感じだ。
　ノガード自身はこのことに無意識ではあったが、彼の知らぬ潜在意識では、太った体において辛い行動は自然と避けようとしているのだ。例えるなら、捻挫をした足を自然と庇って歩くのと同じである。
　少し息を整えると、ノガードは最後の三階へと階段を上り始めた。
　やがて自室に入ると、ダンボールをどかりとテーブルに置き、真っ先に一つの箱をあけた。そして１ガロンのコーラの蓋をあけると、溢れんばかりの勢いで一気に飲み干した。この間十秒にも満たず、その時間内で彼の体は、凡そ３．８キロも増えたことになる。
「ふぃ～、生き返るなぁ――がぁっぷ！」
　豪快にげっぷをもらしたノガード。そしていつものように、彼はどでかいソファーに着くと、朝食を開始した。ダンボールの一箱目の肉を食らい、あっという間に平らげると、次からは肉とコーラを交互に、うまいこと食べ切って、次のダンボールに移る。
　二箱目、三箱目……次々の空になったダンボールが、辺りに投げ捨てられる。
「んぅ、むむう、美味いなぁ……全く、こんな場所でこんな幸せな生活が出来るとはな」
　四箱目、五箱目――
「ふぅ……なんだ、これで最後か。全く俺の腹は、とんだ大食らいだな」そういいながらノガードは、既に５０キロの朝食で膨れた腹をぽんと叩いた。ここの所スーツも着てないし、３メートルのベルトも使えなくなりそうだなと、ルエイソレットは思った。なにせ今着ている下着が、ついに彼のお腹を覗かせるようになってしまっていたからだ。
　だがそこで痩せようと思わないのが彼。また新しい３．５メートルのやつを買えばいいんだと、ポジティブ思考もいいところ、まで来ていた。
　そして結局、彼は六箱目を平らげた。いつもどおり盛大な噯(=おくび)をもらし、ソファーにぎしぎし言わせながら凭れ掛かると、山のようにこんもりと突き出たお腹を眺め、その稜線をなぞりながら、うとうととし始めた。
（たまには二度寝も悪くないな――トレーニングはあとでも出来るし）
　やがてノガードは、ぐっすりと、脚を大に広げた、お腹も下着から出したまま眠ってしまった。
　とある町中の路地裏。
「おい、聞いたか？　あの殺人鬼が、この施設に来るんだってよ！」
「う、嘘だろ？　あいつが来たら、ここで何されるか分かったもんじゃない！」
「ああ……ノガードが奴をどうにかしてくれればいいんだが」
「大丈夫だろ。あのルエイソレットを倒したんだからな」
「だけどよ……見たか、あのお腹？」
「どうかしたのか？」
「腕とか脚はな、すんごいムキムキなんだよ。けど腹だけは、日に日にでかくなってるんだ。ルエイソレットほど酷くはないが、まるで際限なく膨らみ続けてるんだ」
「じゃ、じゃあ、あいつも単なるデブになっちまったってことか？」
「分からないが、その可能性が高い。あの状態であの殺人鬼が襲撃を仕掛けたら、どうなる？　ルエイソレットがやられたように、今度はノガードがやられ、あいつがこの町を統治する可能があるかも知れないぞ？」
「そ、それはまずいな……とにかく、ノガードには頑張って貰わないとな」
「ああ……」
　そしてここは、どこかの監視室。
「あいつが、とうとう入って来たな」室長が言った。
「ええ。先ほど刑務官が、奴を施設内にいれたようです」
「そうか……それなら、早速準備を始めるぞ」
「はい」
　職員達は、なにやらコンピュータを黙々といじりだした。
　しばらくして、ついに室長が口を開いた。
「こっちは準備が出来たぞ」
「こちらもです、室長」
「……なら、行くか？」
「ええ」
「後悔はないな？」
　しかと職員は頷いた。そこに迷いはもうないようだった。
「神よ、この行為をお許しください……」
　室長は、コンピュータのエンターキーを押した。同時に、あらゆるモニターに警告メッセージが流れた。
　監視室にいた二人は、纏めた荷物を手に、その場を去って行った。もう、二度とここへは戻ることがないかのように。
　それは、大きな衝撃だった。ぐっすりと眠っていたノガードは、たまらず飛び起きようとしたが、６０キロもの朝食を平らげた自らのお腹に弾かれ、どさりと背もたれに倒れ掛かった。
「な、なんだ地震か？」
　少し冷静さを取り戻すと、ノガードはソファーの肘掛に力を込め、同時に両脚の筋肉を隆起させると、ぐおんと勢い良く立ち上がった。下では既に、ばたばたと部下達が動いていた。
　ノガードは、出来る限りの早さで一階へと降りた。階段を降りるのは体重的に苦でもないが、少し急いだので、彼の息は乱れていた。
「はあ、はあ……一体どうしたんだ？」
　するとフロウが答えた。
「分かりません！　とにかく、大きく揺れた以外は――」
「他の奴らはどうした？」
「タブとドレイジルは偵察に行きました。タールとニプロッドは、子供達を守ろうと部屋に篭ってます」
「良い判断だ」
　その時だった。早くもタブとドレイジルが戻って来ていた。
「大変です！　あちこちで爆発が起きています！」
「なんだと!?　下克上やテロか？」
「違うようです。町民達がだれもかれも慌てふためいています」
「何事なんでしょう？」とフロウが尋ねて来た。しかしノガードに分かるはずもない。ただ分かるのは、未だに遠くや近くで爆発が起こり、ここに危機が迫っていようとしていることだった。
「どうしますボス？　このままでは俺達も……」とタブが慌てて言った。だがボスのノガードは、無言で何かを考え初めていた。
　一体、何が起きたんだ？　この町のやつらは誰も敵ではないとすると、敵は見えないところにいるってことか？　そもそもこんな大掛かりな爆弾は、この施設から貰える材料からでも不可能だ。つまり見えないところって――外から攻撃か……しかしなぜ、こんなところに攻撃が出来るんだ？　上空からバリアが張られている。なら内部的に破壊活動を行なっているとしか考えられない――
　そんなことを考えていたとき、ふとノガードは、あの老鼠にことを思い出した。「ルエイソレットの奴は、何かを隠している」と。これは、今のことと関係があるのか？
　ノガードは咄嗟に、地下へと向かっていった。
　地下に行くと、先ほどの衝撃で、あちこちの壁が崩れており、一番奥の牢屋の鉄格子が壊れていた。まさか！　と思いノガードは、奥までいくと、そこにいたはずの囚人がいなかった。そこから順番に、階段方面へと戻るが、最初の囚人の仕業か、牢屋の鍵が全て外されていた。
「くそ、まんまと逃げられたか！」
　だがその時だった。彼の耳に、聞きなれた声が聞こえて来た。
「ノガード！」
　ふと横を見やると、そこには肉肉とした体をどっしりと鎮座させているルエイソレットがいた。牢屋の鍵は外されていない。
「ルエイソレット、お前、逃げたんじゃないのか？」
「……それが、全員は逃げたんだが――」
　　「よっしゃ、これでここから逃げれるぞ！」
　　「だがこの荒れた様子の中、どうするんだ？」
　　「知るか！　とにかくこの牢屋から出られてだけでいいだろ！」
　　　そんな脱獄した彼ら。だがなぜか、ルエイソレットのところだけは素通りした。それに彼は慌てて叫んだ。
　　「お、おい！　俺も助けろ！」
　　「あん？　お前は、ルエイソレットだったか。ふんっ、お前のような肉の塊が何を言う？」
　　　その言葉に、ルエイソレットはわなわなと体を震わせ、怒号を放った。
　　「何だとその言い方は！　俺はお前達のボスだったんだぞ!?」
　　「知るか！　足手纏いもいいところだ、デブは飢え死にするのが一番さ」
　　　そして元部下達は、そそくさと階段を駆け上って行った。
　項垂れるルエイソレットの話に、ノガードは同情しながら頷いた。だが一刻の猶予もないこの状況に、時間の無駄は命取りだった。
「ルエイソレット。お前、何か隠してないか？」
　だがルエイソレットは、言葉を返さない。しかしノガードは、それに対し、終始穏やかに催促した。
「……なあ、あるんだったら教えてくれ。この状況、明らかにおかしいんだ。お前が何かを隠してるんじゃないのか？」
「……もし話したら、俺を置いてくんだろ？　あいつらみたいに……」
「そんなことするか」
「こんな俺でもか？　もう俺は、身動きが取れないんだぞ？」
「大丈夫さ、心配要らない。この俺がなんとかする」
「そう言って、俺を再び牢屋に閉じ込めるんじゃないのか？」
　ノガードはやれやれと首を振ると、牢屋をあけ、鍵を彼に向けて投げ捨てると、彼に近寄った。
「な、何をするんだ？」
「何もしねえよ」
　ノガードは、上体を屈ませると、なんとルエイソレットの向こうの肩に右腕を回し、左腕を彼の腹が大きく垂れ下がる根源である肉エプロンの中に突っ込んだ。
　するとノガードは、なんとぐっと力を込めて、彼を持ち上げようとしたのだ。すると、１ｔ近くあるノガードを優に超えている超肥満体を、なんと力みながらも浮かせ始めたのだ。だらりと彼の尻尾やお腹、脚などが床を滑るように徐々に上へと持ち上げられると、彼自身はもはや吃驚するしかなかった。だがノガードもノガードで、彼の体の幾つかの部分が未だに地面にまで垂れ下がり、まるで脂肪の滝だなと驚いた。
「お前も力を入れろ」
　ノガードに促され、ルエイソレットは、何ヶ月かぶりに、ぐっと脚に力を入れた。
「徐々に力を抜くぞ」とノガードは、彼を支える腕の力をゆっくりと緩めていった。
　するとどうだろう。何ヶ月も動いていない、しかもぶくぶくと太ったルエイソレットだったが、どうにか自らの足で立っていたのだ。常人なら重みに耐え切れず足が折れてしまうだろうが、ノガードと同じような翼竜という種族がら、かなり体が頑丈なようだ。
　だがそれでも、常識をはるかに超えた肉体に、それ以上のことは翼竜にも無理なようだった。
「の、ノガード……あ、歩け、ない……」
「全く、だから節制しろって言っただろ」
　ノガードは渋々、先ほどのようにして、掴み所のない脂肪まみれの体をうまいこと支え、ルエイソレットの本当の歩行を補助してあげた。するとどうにか、扉の方でやや体が引っかかりそうにはなったが、彼を牢屋の外へと出すことが出来た。そしてそこにある、看守用と思しき岩の椅子に、ルエイソレットを座らせた。これなら彼の体重でも壊れることはないだろう。
「はあ、はあ……はあ、ふぅ……」
　息を切らしているルエイソレット。補助があっても、こんな僅かな歩行でも、彼には多量の汗を出すものなのかも知れない。そして気付けば、彼の着ていた穢れたスーツは全て、びりびりに破けて地面に散らばっていた。
　その時だ。近くのところで爆発があり、この地下がぐらりと揺れた。
「……俺、見捨てられたんだな。あいつらにも」
「あいつらって誰だ？」とすかさずノガード。
　ふぅー、っと長いため息をついたルエイソレットは、ゆっくりと語り始めた。