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  暗殺者パポップ 第一話 〜容易い任務〜

 

 

「パポップ? なんだそりゃ、変な名前だな」

「ですが腕は確かでいやす。<土無き殺し屋>、(=)たの名を<命取りのフィーダー>とも呼ばれていやす」

 トカゲの言葉に、葉巻を咥えたオオカミは少し考えた。

「本当にそいつが、確実に任務をこなす、噂の異星の殺し屋なのか?」

「へいボス、(=)ちがいありやせん」

 ボスのオオカミは更に考え、おもむろに口を開いた。

「そいつに仕事を依頼しろ」

「かしこ(=)りやした!」

 急いで部屋をあとにしたトカゲを、オオカミはしかと見届け、右腕のシャチに尋ねた。

「おい。フィーダーってのは、要は太らせる奴のことだろ? 土無き、ってのはどういう意味なんだ?」

「パポップ氏の生まれた母星には『相撲』というスポーツがあるそうで、相撲において負けることを『土が付く』と言うそうです」

「……なるほど。土が無い、つまり土が付いてないから、一度も失敗したことがないというわけか」

 オオカミは葉巻を吸い、静かに煙を吐いた。

 

 

「さぁてと、どっこかな〜」

 タッチテーブルに映し出された、とある屋敷を中心とした地図を、非常に肥えたウサギが座って眺めていた。それは実に詳細で、彼の母星の有名企業のそれとは全く異なるGIS(地理情報システム)であった。

「んー……あっ、ここら辺」

 屋敷から少し離れた箇所に、小さな集落があった。一見ただの村だが、彼はそこに一つの疑問を抱いた。

「どーしてこんなにも、無駄に栽培施設や畜舎が多いのかなぁ。村の人口と割に合わないし、もしかして大量に出荷とかしてるのかなー?」

 首を傾げながら地図を眺めるウサギ。暫くして彼は、その<重い>腰を持ち上げた。

「とりあえず行こっと。なんだか料理が美味しそうな国だし」

 そう独り言ち、彼は太り過ぎた人特有の歩きで、先にあるアコーディオン式扉のエレベータに乗り込んだ。

 上昇するや否や、天井のスピーカーから声が流れた。

『パポップ、おはよ』

「おはよー」

『もう任務、確認したのか』

「うん。今から向かうよ」

『行けそうか? 今回の内容、かなり手厳しそうに見受けられるんだが』

「確かにそうかもねぇ。難攻不落の屋敷で、その外壁はシェルターと同じ構造で核にも耐えられるらしいし」

『それに周囲のだだっ広い中庭は地雷の大盤振る舞い。唯一それが無いのが、玄関へのアプローチのみと来た』

「勿論そこのアプローチには警備網が厳重に敷かれてるから、簡単には中に入れないと」

『ていうかお前のようなデブが、そもそも侵入なんて出来ないだろ』

「ひっどーい。これでも僕は、立派な殺し屋なんだからね?」

『分かってる。成功率が100%だってことも知ってる。だけどなぁ、ほんと、目を疑うよな。あの有名な殺し屋が、まさかこんな見てくれだなんて』

「人は見かけによらないってこと。それじゃ、行ってくるねー」

 エレベータが止まり地下駐車場に着くと、ウサギのパポップは特注の自家用車を運転し、先程地図で確認した村へと向かった。

 

 

 壁にCGの町並みを投影した窓の無い部屋で、カエルが豪華なテーブルで食事を取っていた。脇には側近の女性のタカがおり、ふとカエルは彼女に聞いた。

「おい、奴らの動きは?」

「今日も無しです。妙ですね、ここ数ヶ月なんの動きもないなんて」

「やはりこの屋敷を改良して正解だったな。このまま籠城を続けていれば、俺の命がなくなることもない」

「ですがイグリシャス卿。外から隔離された空間にずっと居座るのは、気が滅入りませんか?」

「お前には分からんだろ、いつ誰に狙われているのかを考え続け、見えない死へのカウントダウンを見続ける人生を。俺は生きたい、そのための最善策がこれなんだ。それ以上のものがあれば別だが」

「……失礼致しました」

 タカは深々と謝罪し、カエルは食事を続けた。

 

 

 パポップがやって来た村は、山に囲まれた盆地だった。道は殆ど舗装されておらず、そんな悪路と長い旅路で泥にまみれた車から、太ったウサギが何度か体を揺すって降り、この村唯一の食堂に入った。誰もいないそこは、厨房を除いて10畳ほどしかなく、パポップにとっては非常に狭かった。

「すみませーん」

 二人掛けの椅子を一人で占領しながら彼は言った。あいだを置き、奥からタカの女将がやって来た。

「いらっしゃい。あんた、ここは初めてだね」

「分かります?」

「そんな大きな体、一度見たら忘れないさ」

「へへ。じゃあ注文ね。ピザみたいなこれを4枚と、それから肉団子スープ。全部大盛りにできます?」

「で、できるけど……本当にそれで良いのかい?」

「え? じゃあ——あ、このデザートも! これも大盛りにして」

「……分かったわ」

 女将は腑に落ちないまま、枯淡な様子で厨房へと戻っていった。

 料理が来るまでの間、パポップはタブレットを使い何やら調べ物をしていたが、女将が戻ってくるなり彼女の手にしていた大皿にすぐさま目を奪われた。

「うわ、それ美味しそう! やっぱ僕の読みは間違いなかったね」

 テーブルに料理が置かれるや彼は、一目散にまずはピザを頬張り始め、全ての皿を運び終えた女将は再び裏へ戻ろうとした。

「あ、ちょっとすみません!」

 もごもご言いながらパポップは、彼女を引き止めた。

「喋るか食べるか、どっちかにしたら?」

「どっちもしたいんです。実は聞きたいことあるんですけど?」

 女将は溜め息をついて答えた。

「何?」

「ここら辺、施設園芸とか畜産用の土地が、ものすんごく広いじゃないですか? でも僕の見たところ、そんなにこの村の人口多くないでしょ」

「あんた、良くそんな失礼なこと言えるわね。でもまあ、異存は無いわね」

「だから野菜とか家畜とか、絶対に余りそーなんですけど。僕の知る限り、この村ってどこにも出荷とかしてないですよね?」

 デブウサギの見た目に似合わない鋭い指摘に、女将は不思議そうな顔で答えた。

「随分と詳しいわね」

「まさかこの村に、大食らいがいるとか?」

「残念だけど、あんたが一番大食らいよ」

 ハハハハ、とパポップは小馬鹿にされたことを気にも留めずに笑った。

「——ただ出荷じゃなくて、とあるお方にほとんどを納めてるのよ」

「それって、もしかしてイグリシャス卿とか?」

「……ほんとに何でも知ってるのね。ええ、その通りよ」

「大変ですねぇ。てことはその方のためにわざわざ、あれだけの量を収穫したり飼育したりしなくちゃならないんでしょ?」

「仕方ないわ。この村はあの方なしじゃ滅びていたし、そう考えれば今の苦労なんて大したことないわよ」

 今度は女将の言葉に、デブウサギが反応した。

「そうなんですか? そのこと、僕もっと知りたいんですけど」

「物好きね、あんた。別にいいけど、ずっとそうやって食べ物を口に入れ続けてるつもり?」

 こくりと頷いた彼に、女将は呆れ顔で語り始めた。

 

 

 光の差し込まない部屋で食事を終えたカエルが、満足そうにナプキンで口元を拭いていた。

「ふむ、今日の飯も実に美味い。お前の村はちっこいが、至高至善なこの料理と素材があれば、世界にも通用するぞ」

「恐れ入ります」とタカが会釈した。

「さてと、次はデザートだったかな」

「失礼ですがイグリシャス卿。食前に一品、甘味を召し上がったのでは」

「あれは単なる間食だ。どうして気にする?」

「ずっとこの部屋に閉じ籠っていては、さぞかしお体に不具合が出るのではと思いまして」

「大丈夫だ、なんの心配もいらん。ここに立て籠り続けるのは確かに精神が病みそうだが、お前らの美味い飯のおかげで何とかなっているからな」

 側近のタカは、本当はそうじゃないと言いたげにイグリシャス卿との目線を下げ、カエルの白いお腹の、真ん丸とした膨らみに視線を移した。しかし、それ以上のことは何もしなかった。

 

 

 パポップは山中の湖で、何やら機械を設置していた。

「あそこをあーしたから、あとはここをこーすればっと……よし、完了! なーんだ今回の任務、それほど難しいものじゃないね。あとは様子を見てるだけでオッケ〜♪」

「おお、出来たか?」

 湖上でまた別の作業をしていた年寄りのオオカミが尋ねると、パポップはうんと頷いた。

「これでこの村に、作物を荒らす害虫は来なくなりますよ」

「だがほんとに、わしらに害はないのかね?」

「はい。そもそも灌漑用水だって、微少であれ最終的には僕達の体に、その一部が入ってくるわけですから」

 確かに、とオオカミは頷いた。

「それじゃ、これで失礼しますね。あと機械の説明書は、この中に入れて置きましたんでー」

「ありがとう、助かったよ」

 パポップは踵を返し、近くに駐めていた自家用車に乗り込むと、山道を抜けて畦道を通り、この村を去っていった。

 その後、近くの町まで向かった彼は、途中で車を降りて不動産屋に入った。

「いらっしゃいませ。お部屋をお探しですね?」

「はい」

「ではどうぞ、こちらへ……」

 店員はパポップの姿に少し思考を巡らし、近くのカウンター席ではなく、奥の応接間に彼を案内した。カウンター席はパイプ椅子しかなく、彼の体重を支えられるのか不安だったのだろう。一方パポップはそのような待遇に慣れた所作で、案内された部屋のソファにどっかと腰を降ろした。

「それではお客様、どのようなお部屋をお探しで?」

「うーんとねぇ〜、まずは——」

 

 

 電話でのやりとりを終えたオオカミは、受話器を置くなり椅子に凭れ掛かった。

「どうでした、ボス?」隣のシャチが彼に聞いた。

「どうしたも何も、万事順調だ。……そういや、あいつの件はどうなってるんだ? かれこれ三ヶ月は経ってると思うが、未だになんの情報も入って来ないじゃないか」

 すると、斜向かいに立っていたトカゲが口を開いた。

「お言葉ですがボス。あのお方の任務遂行期間は、早くて半年から一年ほどと言われていやすし、仕方がありやせんぜ」

 それを聞いたシャチが、言下に言った。

「初耳だぞ」

「あれ、言ってやせんでしたか?」

 シャチが鬼の形相をしたので、トカゲは慌ててその場に(=ひざまず)き、オオカミの方を仰いで喚いた。

「ももも、申し訳ございやせん! あっし、大事なことをすっかり言い損ねてやした! おお、お許しを!」

「……まあいい」

 オオカミは静かに答え、手で払う仕草をした。トカゲはすっくと立ち上がり、深く一礼すると、バタバタと部屋をあとにした。

「ボス、本当にいいんですか? 何かあるたびにあやつが絡んでますし、あまり甘やかすのも——」

「俺が良ければ、それでいいんじゃないのか?」

 横目で見るオオカミに、シャチは「失礼しました」と頭を下げた。

 

 

「ぐふぅー。しっかし相変わらず、この村の飯は美味いな」

 野菜と肉の盛り合わせをがつがつと口に突っ込むカエル。その白い腹は見る見る膨れ、まるでイソップ寓話の「カエルとウシ」のようである。その様子に側近のタカは、

「イグリシャス卿、さすがに食べ過ぎでは——」

「黙れ! こう引き籠ってちゃ、やることがねーんだよ」

 息遣い荒く怒鳴り、カエルは再び料理を頬張り始めた。それを見た彼女は、近くの電話でまた(=・・)、追加の料理を厨房に依頼した。

 手下達の忠誠心は実に見事だった。こうも醜く膨れ上がったイグリシャス卿でも、確りと言いなりになっていた。だがそれがある種、仇となっていたのかも知れない。今やカエルの体は緑よりも白が大半を占めるまでになり、次第に歩くことも、立つことも、座ることさえままならなくなっていく。

 数ヶ月が経ち、状況は更に悪化。ベッドで寝たきりになり、カエルは自重で一日中苦しそうに喘ぐも、食事だけはやめなかった。そしてそれを、誰も止めることはなかった。

 

 

「ボス、ボスぅ!」

 トカゲが大喜びで部屋に入るなり、シャチに怒鳴られシュンとした。

「……それで、何の用だ?」

 机に座るオオカミが、組んだ手の上に顎を乗せた。トカゲは再び笑みを浮かべ、手にしていた新聞を差し出した。

「やったんですよ、あいつが! やってくれたんです! 裏面をご覧ください!」

 新聞を広げ、無言でその場所に目をやるオオカミ。それを畳むと今度は、横のシャチに手渡した。

「よくやった。あいつも、それにお前も」

「ありがとうございやす!」

 嬉しそうな表情でお辞儀をしたトカゲは、身を翻し、颯爽と部屋をあとにした。それを見送ったオオカミは、ゆっくりと口を開いた。

「パポップというやつ、実に面白い。<命取りのフィーダー>は伊達じゃあなかったわけか」

「そのようですね。私達も、あやつの標的にだけはなりたくないものです」シャチは顔を強ばらせた。

「フッ。そうなったら、仕立て屋の採寸は無用だな」

 オオカミは静かに背中を凭れさせ、微笑した。

 

 

 降下中のアコーディオン式扉のエレベータに乗っていたパポップは、スピーカー越しにいつもの相手と会話をしていた。

『——んでさ、お前せっかくダイエットしたのに、また元通りになってるじゃないか』

「え〜、気のせいじゃない?」

『気のせいじゃねえって。ってことは今回の任務、相当余裕だったってことか』

「まあねー。何よりカエルの彼と同じ種族が周りにいなかったから、物凄くやり易かったよ」

『けれどよ、あいつの手下が絶対に、ぶくぶくに肥え太った状態でも命令を聞くって分かってたのか?』

「うん。正直イグリシャス卿は、死んでくれた方が彼らにとって都合が良かったからね」

『何? それはどういうことだ』

「イグリシャス卿の手下達は全員、近くの村民なんだ。その村はタカやオオカミで構成されてて、特に側近にもいたタカは、一族で代々あの村を治めてたんだ。けど五年前、村は大干魃に見舞われて壊滅しかけたんだ。そこへやってきたのがイグリシャス卿。彼は村を立て直す代わりに、自分の言いなりになることを条件に付けた。村長は村のためにと村民達を説得し、そして村は実質イグリシャス卿の天下になっちゃったってわけ」

『ふーん。でもさ、また同じような天災に見舞われる可能性を考慮すると、そいつの存在は重要だったんじゃないのか?』

「そこもキーポイントの一つかな。イグリシャス卿の財力のおかげで環境が元に戻ったあと、実は村に新たな問題が発生したんだ。イグリシャス卿は、自身の栄光と権力を乱用して村の女性達を自分の屋敷に引き込み、彼女達を強姦するだけに留まらず、遂には殺めてしまったんだ。因みに今回の依頼は、それと絡んでいたみたいだね」

『……なるほど、な。だけどよく、村人や手下達が反乱しなかったな』

「一応は村の救世主だし、良心が咎めたんだろうね。けど今回みたいに自分から死へと向かってくれるんなら、手下達はそれを拒む得なんてないし、だから見殺しにするって予想できたわけ」

『なるなる。けれどなんか、あいつも哀れに感じるよな』

「そうかなぁ? イグリシャス卿の悪行を加味すれば、死んじゃって当然だよ」

『うわ、ひっでー言い草! 言ってもそいつは、村の救世主じゃないか』

「じゃあ聞くけど、世界を救った英雄が大量虐殺していいの?」

『……』

 反論できずにいるスピーカーを尻目に、パポップは鋭い眼光で喋り続けた。

「マイナスをプラスで相殺するなんて馬鹿げてる。身勝手で人を殺したんなら、それ相応の対価は受けるべきだと僕は思うね。そう考えればあいつは死ぬべきだったんだ」

『……なんかお前、見かけによらず怖ろしい奴だな』

「だって僕、殺し屋だもん」

 それ以降、スピーカーは沈黙した。

 エレベータが静止すると、パポップはさっきの表情とは一転、拠点に用意されたお祝いのケータリングに歓喜雀躍とし、満面の笑みでそれらに食らいついた。一段と成長した彼が、また一つ立派に成長した瞬間だった。

 

 

    第一話 完


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