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太りたい

痩せた自分の体が嫌いだった

 

 

ある日、両親が亡くなった

僕はその悲しみを解放すべく、食べたい物を好きなだけ食べた

お金はある。遺産の分もある。

一日中家で過ごし、食べ物は出前で済ました

家から一歩も出ない。出たくは無かった

その結果、僕は徐々に太り始めた

すると、今まで着ていた服はもちろん入らない

だけど着れない服は通販で注文出来るし

通販でなら、特注サイズの指定も可能だ

僕は安心していた

 

だがある日、僕はとうとう外出を余儀なくされた

……公共料金の支払いだ

これをしないと、水、ガス、電気が使えなくなってしまう

さすがにそれはまずいと考えた僕は、ついに家の外へと出た

三ヶ月ぶりだった

僕は周りに見られたくないという意思から、とても緊張していた

何故なら、両親が無くなって以来増えつづけた体重は、その時のほぼ3倍

突き出たお腹と、弛んだ二の腕の肉が、とても目立っているからだ

 

難関はエレベーターだ

ここは15階建てのマンションで、僕が住んでいるところが10階

上からも、下からも誰かがやってくる可能性が高いのだ

しかもエレベーターに乗れても、途中で誰かが乗ってくるかもしれない

僕はエレベーターに、横幅にもうちょっとでぴったりになりそうな体を入れた

緊張

だが運良く、誰とも出会うことなく1階に辿り着いた

 

近くにあったコンビニで支払いを済ませ、家へと戻った

戻るときも、運良く誰とも出会わなかった

時間帯を夜中にしたのが正解だった

だが、コンビニの店員には確実に見られる運命だった

店員は、僕が入ってくるや否や、僕の体をちょくちょく凝視していた

それに僕は、コンビニまで歩いてきただけで息切れをするほど体が怠けていたので

そんな姿まで相手に見られてしまった

きっと僕がコンビニを出たところで、一緒に居た同僚と、僕のことについて話をするのだろう

 

 

僕は、僕は痩せた体が嫌いだ

だから、今の体がとても気に入っている

だけど周りからの視線は、正直嫌だった……

アメリカでは、僕以上に太った生き物なんかいっぱい居るのに

日本では、僕の体はとてつもなく太ったように見られてしまう

 

――そうか!

 

単純なことだった

僕がアメリカに行けばいいことだ

そうすれば、僕はこんなに縛られる必要はないんだから!

英語はなんとかすればいい、そうやってアメリカに住み始めた生き物だっているのだから

僕はすぐさま、アメリカに住む準備を始めた

 

 

あれからもう、五年になるのか……

アメリカに住み始めてすぐの時はなかなか大変だったが

一ヶ月もすれば日常行動ぐらいは、ニヶ月もすれば日常生活に支障が無くなるくらい

英語の能力を身につけた

やはり、いざとなった時の集中力は伊達ではなかった

 

僕は、太り始める前は55kg

アメリカへ住むことを決意したときは150kg

その時は、一ヶ月で30kgのペースで太っていた

だがアメリカに住み始めてからは、そのペースは一気に加速した

住み始めのときの苦労とストレスを、食欲へと回したためでもあったのだが

僕が住んでいるところは、肥満大国アメリカの中でも

特に肥満率が高く、アメリカの中でナンバー1の州であったからだ

おかげで僕は、自分の太りたいという欲求を意のままに実行できた

さらにアメリカには、デブ専門の会社があったので、僕はそこに入った

 

今では、デブ会社ナンバー1の存在だ

ここに入社している生き物は、皆僕を尊敬している

僕は、空腹と言うものを知らない

しいていうなら、満腹と言うのも知らない

僕は一日中食べ続けたって、絶対に満腹にはならない

一度、アメリカのテレビ局が、アメリカ中の大食い自慢を集めて

一日でどれだけの量の食事を平らげられるかという大会を行った

僕はそこで、見事チャンピオンに勝ち取った

僕は食べることをやめることなく、一日中食べ続けた

一時間で5kgのペースを保ちつづけ

結果一日で、120kgを平らげた

僕以外の皆は、必ずペースダウンしたり、休憩を取ったりしていた

なので、一度も手を休めなかった僕が、圧倒的な差で優勝したのだ

 

そんな僕は、今では一ヶ月で100kgのペースで太っている

いや、もしかしたらもっとかもしれない……分からないのだ

今の僕には、そんな数字は些細なものでしかないのだから

僕は、僕は今では、体重は優に20tある

しかし、現在に存在する体重計では、そんな大きな数字は扱えないので

正確な値とは言えない

ただ一つ言えること、それは……

 

僕は、世界中で最も太った生き物であるということだ

 

僕を越えるものはいない

もしいたとしたら、そんなの僕があっというまに抜かしてやる

……そんなことが可能なのかだって?

前にも言ったとおり、僕には満腹と言うものが無い

つまり、今僕がくわえている、食料を流してくれるホースの

流れる速度を上げればいいことだ

それだけ僕の体はすぐに太ることが可能な環境にある

 

 

……どうやら僕を越えるものが現れたらしい

だがあいつは、特殊な薬を使って太っただけだ

何が35tだ

僕の、自然体であるこの体の魅力を、やつに思い知らせてやる

 

さてと……

僕は肉に埋もれた腕を伸ばし、手を体の肉から出した

そしてその手を、ホースの流入量調節部分に伸ばし、それを回した

 

「ぉぉおぅぃ……もっとぉ、しょくりょうをぉぉ」

 

とても低く、伸びた声で、僕は流入量を調節したことを周りに知らせた

これで、これでやつもすぐに崩れ落ちるさ

 

何せ、僕が、世界で一番、太った生き物だからだ


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